第120話 要塞にある常温核融合炉

 ――首相官邸


「総理! 残念ながら、船舶に乗っていた警官ならびに沿岸警備隊で、生存者は確認できません!」


 駆け込んできた人間の報告で、応接セットがある執務室の面々は一斉にため息を吐いた。


「そうか……。ご苦労! 何か判明したら、すぐに頼むよ?」

「ハッ! では、失礼します!」


 浅いお辞儀をした人間は、すぐに出ていった。


 バタンッ


 大扉が閉められ、改めて、非公式の打ち合わせに。


春風はるかぜ警視総監……。どうかね? このままでは日本としても、諸外国に示しがつかんのだが……」


「は、はい! 目下もっか、総力を挙げていますが……。その……。肝心のネスターに上陸できなければ、話になりません」


 警視総監ですら、かしこまるしかない。


 まさに、閣僚会議だ。


「ヘリは?」


「無理です! 確認できただけで、対空迎撃のシステムが山ほど……。実際に撃墜されるかどうかで飛ばすわけには参りません!」


 ここで、尋ねる相手が変わる。


「沿岸警備隊長官! 君の意見は?」


「ハッ! ……警備艇の重火器を使えたとしても、望み薄です! ネスターの沿岸部にある迎撃システムは、それを上回っています」


 集まっている閣僚は、ため息を吐いた。


 誰ともなく、意見を出し合う。


「あれだけの重火器を、どうやって集めた?」

「分析では、『大戦後のどさくさ』や『廃棄された兵器のレストア』らしい」


「レーダー連動ができない旧型でも、密集していると脅威だな……」


「弾薬は限られているのだろう? 撃たせ続けて、弾切れにさせろ!」

「だが、マスコミも黙っていないぞ?」

「下手すれば、東京まで攻撃される……」


「そもそも、ネスターのように、どこの国籍だか不明な領土を認めていたことが――」


 コンコンコン


「誰かね?」


USFAユーエスエフエーの武官である、ウィンストンさんです。「至急、お伝えしたい用件がある」とおっしゃっています』


 総理が、返答する。


「入りたまえ」



 ――30分後


 ウィンストンが去った後で、執務室の人々は頭痛に耐えている顔。


 奥の役員机にいる総理が、決断する。


「防衛大臣? 動ける人員と装備をリストアップしてください」

「はい、ただちに!」


「総理! せめて、書類を用意するまでは……」


「ネスターを制圧しなければ、日本は終わりです……。分かってください、総務大臣」



 ◇



『これでアイドルを引退するから……。絶対、見に来てね? ゲスト用の特等席にしたよ!』


「ああ……。次の予定があるから、もう切るぞ?」


 スマホの画面を触った男子は、悠月ゆづき史堂しどう


 川奈野かわなのまどかの催促で、自分のスケジュール帳を開いた。


「特に、問題はないか……」


 指で触れば、アイコンが並ぶ画面へ。


 ピ――ッ! ピ――ッ!


 緊急の呼び出しだ。


 小さな端末を取り出して、デジタル画面を見る。


 そこに並んだ数字とアルファベットは――


「コードレッド……」



 ――防衛軍のブリーフィングルーム


「諸君に集まってもらったのは、他でもない! 東京の沖合いに浮かぶネオ・ポールスターが、警察と沿岸警備隊に牙をむいた! さらに、USFAからの情報で、恐るべき事態と判明したのだ!!」


 壁を背にして立つ将校は部屋の明かりを消し、壁一面に、とある情報を映し出す。


 科学的なデータらしく、専門的な用語も。


「これは、常温核融合炉のテスト品だ! ネスターの地下で作動実験をしていたらしく、まだ回収されていない」


 とたんに、ざわつく。


「静かに! こいつが暴走した場合は、次に示すような結果になる」


 タンタンッ


 キーボードが叩かれた。


 ネスターを中心に、同心円状で、白色が広がっていく。


 それは東京どころか、日本海に達するまでの大きさに……。


「え?」

「何だよ、これ……」


 子供の落書きのような、本州が上下に分断された地形。


 それを表示したまま、部屋の灯りがついた。


「最悪のシナリオでは、日本が壊滅する! これを防ぐために、我々……いや、この中の志願者でネスターへ突入して、地下にある常温核融合炉を停止させる」


 将校は静まり返った場で、話を続ける。


「先に断っておくが、これは非正規のミッションだ! 戦死した場合でも軍人としての葬儀は行われず、二階級特進もないだろう! 悪ければ、テロリストやクーデターの扱いだ。ゆえに、志願制とする! この場で聞けば、ただの強制……。ひとまず説明を済ませ、指定した場所に集まった者だけで実行する!」


 前方で見回した将校は、決行する日から教える。


「ネスター制圧は、準備が整い次第、すぐに行う! 予定日は――」


 椅子の1つに座っていた史堂は、気づかれないよう、息を吐いた。


 それに対して、将校が宣言する。


「現時刻をもって、外部への連絡を禁止する! 制圧ミッションに不参加の場合も、機密保持のため、基地に拘束させてもらうぞ?」


 史堂は演説する将校に構わず、内心で嘆息した。


 あいつの引退ライブ。


 見られないな……。

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