第70話 後から思い出すと背筋が凍る

 菅原すがわら良盛よしもりの推理は、まだ続く。


片桐かたぎりさんを『アンチ桜技おうぎ流のリーダー』と見なした理由は、いくつか挙げられます」


 本庁のキャリアで、現場へ行ける最上位であること。


 父親を失っても、まっとうに正義を成そうとしていること。


「古今東西、リーダーには大義が必要です! どれだけ過激な集団であっても、そのトップは秩序を重んじて公平にあらねば、内部から崩壊します。片桐さんは、そのポジションにうってつけ……。そもそも、グループで下の立場なら、殺しはやり過ぎです」


 納得した萩原はぎわら一吾郎いちごろうは、首肯した。


「だろうな……」


「はい。ただ、このリーダーは、あくまで建前……。意思決定をしている存在が別にいると考えるべき。今回のケースでも、裏切った片桐さんを粛清したがいます」


 緊張した一吾郎は、良盛に尋ねる。


「お前は……誰だと思っている?」


「くどいようですが、これは私の想像……。警察庁にも顔が利くとなれば、政財界の大物とか、それぐらいの立場でしょう? 全く分かりません」


 脱力した、一吾郎。


 いっぽう、良盛はフォローする。


「片桐さんが1人で暴走しただけ……という話かもしれません。警察庁へ戻っても居心地が悪く、注意散漫で事故に遭った」


「そっちのほうが、普通だな?」


 ツマミを食べた良盛は、一吾郎に同意する。


「ええ……。先ほど、あなたも指摘しましたが、『桜技流の暗殺』と思われても仕方ない状況です」


「実際のところは?」


 首を横に振った良盛は、苦笑した。


「居酒屋で答えた通り、分かりません……。私は桜技流の人間ですが、全ての情報が届くとは限らず」


 槇島まきしま睦月むつきの御神刀を奪おうとしたから、暗殺する動機はある。

 

 実行した場合でも、弁護士の良盛には教えないだろう。

 


 良盛は、ただの事故と『桜技流の暗殺』の視点で、自分の考えを述べる。


「今の2つの説でも、警察は動きます! 現役のキャリアが殺されたことの報復や、片桐さんと個人的に親しかった人間が真実を知るために」


「どのルートでも、俺に話を聞く可能性が高いと……」


 後頭部を掻いた一吾郎は、天井を見た。


 良盛が、最後に忠告する。


「萩原さん……。現場の警官を犠牲にした桜技流を恨んでいる勢力は、警察内部にいます。その事実だけ、忘れないでください! 私の話を警察に流せば、桜技流と敵対するでしょう。他にも――」




 ――翌日


 ほぼ徹夜になった萩原一吾郎は、警官の服装で、美須坂みすざか駐在所にいた。


「今日は流して、早めに寝るか……」


 半分寝ている一吾郎は、プルルと鳴り出した電話の受話器をとる。


「はい、美須坂駐在所! ……お疲れ様です!」


 相手は、片桐と一緒に来た県警本部のキャリアだった。


『ああ、ご苦労……。実はだな、本庁のほうから電話が入っていて……。最後に片桐さんといた君から事情を聴きたいそうだ! すまんが、時間は大丈夫かね?』


「はい! ……どちらの方ですか?」


『それが、本庁というだけで……。いや、本庁からの電話であることは確かだぞ? とにかく、繋げる』


 保留のBGMから、別の回線に。


 年老いた男と思われる、低い声。


『忙しいところ、申し訳ない……。私は、高崎たかさきという者だ。萩原巡査長で、間違いないかね?』


「ハッ! 自分であります!」


『そちらへ出向いた片桐くんのことだが……。彼の動向と御神刀について、知っていることを教えてもらいたい』


「了解しました! 手短にまとめたほうが?」


『できるだけ詳しく、頼む……。電話料金の心配は不要だ』



 片桐と会っていた場面について、事実を述べた。



『彼は、君を巻き込みたくないと……。片桐くん、らしいな……』


 悲しそうに独白した高崎は、頭を切り替えた。


『御神刀については?』


「片桐さんを追いかけたものの、決定的な場面には間に合わず……。槇島まきしまとの話し合いで、『彼女が任意の提出を断った』と知りました」


『君の立場では、口を挟めないか……。よく分かった! ありがとう……』


「いえ。お役に立てたのなら、光栄です! それでは――」

『ああ、そうそう! 君にもう1つ、聞きたいことがあるんだよ』


「何でしょう?」

『君はなぜ、槇島の弁護士……桜技流の関係者と一緒にいたのかね?』


「そいつが後でノコノコとやってきたから、居酒屋で奢らせてやったんですよ! 高崎さんは、何がお好きですか? 俺、天ぷらが大好きで、ここぞとばかりに注文を繰り返して……。いやー、スッキリしましたよ! ざまぁ見ろ、です!」


 電話口の高崎は、呆気にとられたような雰囲気で、少しだけ沈黙。


 その後で、低く笑い出した。


『フ、フフフ……。私は、揚げ物が苦手でね? 昔は、よく食べたものだが……。うん。長々と済まなかった』


「いえ! 俺……片桐さんが亡くなったと聞いて、ショックです。もっと、何かできたんじゃないかと……」


 優しい声音になった高崎が、慰める。


『君の責任ではない……。私が言うのも何だが、あまり気に病まないように』

「お気遣い、ありがとうございます!」


『では、失礼するよ』

 

 ようやく、電話が切れた。


 受話器を置いた後で、事務デスクにもたれかかる。


 時計を見れば、3時間が過ぎていた。


「ちょっ!? パトロールに行かないと!」


 慌てた一吾郎が、必要な装備や書類一式のバッグを手に取り、外のパトカーへ乗ろうと――


 ブロロと、車のエンジン音が重なった。


 近くで聞こえたから、一吾郎は外へ出てみる。


 そこには……。


 駐在所から遠ざかっていく、数台の車があった。


 ここは、ド田舎だ。

 部外者がやってくるのは、先日のお祭りぐらい。


 それ以外は、宅配などの業者だ。


「え……何だ?」


 呆然と見送る一吾郎は、改めて、菅原良盛のアドバイスを思い出していた。



 いいですか? 


 ないことは、証明できません。

 嘘をついても、すぐにバレるでしょう。


 あなたは、馬鹿になってください!

 『こいつは大したことを知らないか、知っても無害だ』と、思わせるように。


 そうすれば、厄介な連中から見逃してもらえる可能性ができます。

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