第二章 廃校の中で惑い、迷い、過去を見つける
第26話 正反対に見えても、彼らは同じ立場
――拘置所
コツ コツ コツ
内廊下に、革靴の音が響く。
その数は多い。
時刻は平日の朝、7時30分だ。
その中で偉そうな人が、1つの独居房を指さした。
看守が
鍵束を取り出し、その1つを差し込み、ガチャリと回す。
ギィイイッ
「――番! 出ろ!!」
畳と最低限の設備がある、狭い部屋。
老齢の男は、ゆっくりと立ち上がった。
「ようやくかい……」
「ムダ口を叩くな!」
屈強な体を持つ警備隊員が待ち構える中で、その男は散歩に行くかのように外へ出た。
前後左右を囲まれつつ、個室へ通される。
1人用のチェアに座らされ、向かいの椅子に、連行したうちの1人が座った。
「これは、あなたのために用意されました。食べても構いませんよ?」
「そうかい。じゃ、遠慮なく……」
仏壇に供えそうな、和菓子だ。
安物の饅頭でも、金がなくて買えなかった男にはご馳走。
包みをはがして、ガツガツと食い、一緒に用意された紙コップのお茶を飲む。
そこに行儀はない。
もう気にする必要もないのだが……。
「食べながら、聞いてください。あなたの所持品ですが、どうされますか? 指定がなければ、こちらで処分いたします」
「任せるよ! 家族がいたって、迷惑だからな……」
「分かりました……。説法は聞きますか? 希望するのなら、遺書も書けます」
食べ終わった男は、少し考えた後で、首を横に振った。
「いらねえよ」
「はい……。では、参りましょう」
次の部屋は、横一面がカーテンだ。
再び警備隊員に囲まれつつ、所長から、お言葉をちょうだいする。
「――以上により、刑を執行する!」
目隠しと手錠をつけられた男は、横のカーテンが開かれる前に、口を開いた。
「なあ? 最後に一言だけ、いいか?」
ずっと大人しい男の頼みに、囲んでいる警備隊員が上役を見た。
所長は、無言で頷く。
その雰囲気を感じ取った男は、最期の言葉を述べる。
「俺は……大勢の人を殺した。けどよ? たった1つだけ、良い事をしたんだ……。信じないだろう? だからこそ、良いのさ。ククク……」
引き込まれた1人が、それは何だ? と聞きそうになったが、同僚に肩をつかまれ、首を横に振るジェスチャーで止められた。
それっきり、男は黙る。
所長の命令で、カーテンは開けられた。
◇
野戦司令部のようなテント。
そのマークと文字から、地元の県警だと分かる。
『本日、
ニュースを聞いた、アサルトスーツの男は、アウトドア用の椅子でため息を吐いた。
「ようやくか……」
「中隊長! 第一中隊の準備が完了しました!!」
声をかけられた男は立ち上がり、バイザー付きのヘルメットを被った。
「よーし! 今、行く!」
整列した隊員を見た中隊長は、訓示をする。
「いいか? 本日の朝、ついに大根が処刑された! この多冶山学園で生徒たちを虐殺していた、憎むべき犯人! そのことは喜ばしいのだが、当時を証言できる奴はもう残っていない!!」
この廃校は、山間部を切り開いた場所にある、全寮制の学校だ。
幼稚園から高校まで備えた、次代の経営者、指導者となるだけの、高度な一貫教育を行える場として、生徒を募集。
ところが――
「ここで、不要な生徒を次々に消していく計画殺人が行われていた。あろうことか、生徒を導くべき教師たちが! けれど、こんな密室でたかが数人の教師や用務員だけの犯行が可能か!? ……違うだろう? 俺は、それを実行できるだけの真犯人がいると考えている。これは委託による殺人だ! 今回の突入は、その証拠を探すのと同時に、最寄りの駐在所や交番、機動捜査隊の犠牲者……。彼らの手がかりをつかむため!」
緊張する隊員を見回した中隊長は、檄を飛ばす。
「肝試しで訪れた市民は、その記録がなく、人数すら不明だ! できるだけ拘束して、事情を聴きたい。……この出動は我々、県警本部に直属の――」
退魔特務部隊の、記念すべき第一歩である!
「過去に警察から離脱した
オオオォオオッ! と、隊員が雄叫びを上げた。
この後にも、中隊長の訓示は続く。
何も知らないことは、幸せだ。
山岳にある県ゆえ、都市部と比べて情報や人の流れも悪い。
そもそも、四大流派との接点がなく、相手にされていないのだ。
1個中隊は、4個小隊による。
65人ほど。
ほぼ全員がアサルトスーツを着ていて、小銃まで持ち出した。
執行実包には、制限がない。
この県警がどれだけ力を入れているのか、よく分かる布陣だ。
では、少し早いが、今回の敵について教えよう。
旧支配者の一柱が、部分的に顕現。
ユゴス・ロードに率いられた、ユゴスの群れ。
それらに関連した、邪教の信者たちと、発狂した人間。
連中に
控えめに言っても、これはかつての
警察のレベルで装備を奮発しようが、思い切って増員しようが、全くの見当違い。
狂気に対抗するためには、同じ狂気が求められる。
同じだけの力も……。
桜技流に見積もりを依頼すれば、最低でも、この県警の10年分の予算と同じぐらいだ。
それですら、引き受けるとは限らない。
いっぽう、今の組織であれば、トップの命令1つだけで済む。
マスコミを遮断できず、警察庁も注目している以上、できるだけ速やかに制圧しなければならない。
65人の警察官の命と、県警10年分の予算。
そのどちらが重いのか? は、難しい質問だ……。
「各隊、配置につけ! 本部からの命令があり次第、それぞれに突入する!!」
1つだけ言えるのは、この県警本部からの突入命令は、1個中隊の死刑執行と同じであることだけ。
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