第140話 宇宙を駆ける少女

 東京といっても、様々だ。

 郊外へ向かうほど、下の灯りが減っていく。


 低空で減速した『XVF-51 スター・ライトニング』は、そのミッドブルーの勇姿を太刀川たちかわ駐屯地の飛行場へ。

 ガランとしている滑走路で、地表ギリギリに浮かぶ。


 屋外のライブ会場のように、明るい。



 AIのツヴァイは無人のコックピットで、ビービーと五月蠅いアラーム音を聞いた。


 立体的なFCS(火器管制)のレチクルは、周りで銃口を向けている兵士、MA(マニューバ・アーマー)を捉えている。

 ある意味では、熱烈なファンだ。


『ご苦労なことで……』


 呆れたような、やさぐれた女子の声。


 緊張した声による無線。


『まだ、撃つな!』

『白い奴が来てからだ!』

『こいつは、話が通じる。ライトニングBを先に堕とせ!』


 いっぽう、ツヴァイを追いかけてきた『XGF-1 ライトニングB』が、その白い姿を現す。


 こちらは、ジェットエンジンの音がうるさく――


『ツヴァイ! 逃げて!!』


 AIのギャルソンは、小型ミサイルを両足のアーマーから出した。

 空中に放り出された物体は、それぞれに噴射する。


 暗闇に白い軌跡が描かれ、駐屯地に配備されている戦力を襲う。


『チイイイッ!』


 地上スレスレで浮かぶスター・ライトニングの青いレーザーが、次々に迎撃するも――


 シュゴオオッ!


 ワイヤー誘導式の対戦車ミサイルが、狙いやすいほうをロックオン。

 上官の命令を待たずに、発射した。


「何で撃った!?」


 傍にいる先任が怒鳴るも、ミサイルは発射され、ワイヤーで誘導中。

 地上で止まっているに等しいスター・ライトニングへ一直線だ。


 操縦する兵士はスティックを握り、モニターを見たまま。

 誰の声も聞こえていない。

 見る見るうちに、ミッドブルーの戦闘機がアップになる。


 けれど、必中と思われた一撃は、飛行場のコンクリを破壊しただけ。


 ワープするように消えたスター・ライトニングは、いつの間にか、夜空に浮かんでいる。


『こっちを撃って、どうすんのよ!?』


 可愛らしい声が、無人のコックピットに響いた。


 撃ち漏らしたミサイル群が、飛行場や建物を破壊。

 遮蔽しゃへいをとっていた部隊の一部も、弾丸のように飛んできた破片でダメージを負う。



『大丈夫、ツヴァイ!? ……よくも!』


 加速して上空へループしたライトニングBは、搭載されているガンポッドで地上を掃射。


 ブウウウッ!


「「「わああああっ!」」」


 弾丸の列は、高所の対戦車ミサイルの一基をなめるように。

 発射筒とミサイルが吹き飛び、その後ろにいた兵士の数人が千切れ飛んだ。


『いでえええええっ!』

三輪みわ! おい、しっかりしろ!!』

『お、俺の左手が……』


 軍用無線に、その惨状と悲鳴が満ちた。


「やりやがったな、てめえええええっ!」


 それを皮切りに、まだ動ける部隊が一斉に発砲。

 低空をパスする戦闘機に、必死の反撃をする。


 だが、当たるはずもない。


「撃ち方、やめ!」

 

 けれど、興奮した兵士は、あるだけ撃ち続ける。


 現場の指揮官は、駐屯地の外への着弾や他の部隊へのフレンドリーファイアを危惧した。



 同じく夜空を駆けるツヴァイは、ため息を吐いた。


 低空でも、地上からの目視射撃に引っかかるわけがない。



『マスターアーム、オン!』


 使用可能な武装が、機体のシルエットに表示された。

 FCSのモードを切り替える。


 ギャルソンの声が、飛び込んでくる。


『ツヴァイ! ゲームは一時中断だ! 先に、こいつらを倒さないと――』


 その声を無視したまま、対地攻撃で往復するライトニングBの後ろにつけた。


『僕が攻撃するから――』

『あんたは……やりすぎたのよ』


 ポツリとつぶやいたツヴァイは、照準の中心に据えていたライトニングBにレーザーの雨を浴びせた。


 そもそも、一瞬で命中する武装。


『え?』


 ギャルソンの間抜けな声。


 穴だらけのライトニングBは、空を飛ぶだけの力を失った。

 戦闘機のわりに頑丈で、爆発四散せず、そのまま地上へ……。


 暗闇と光でボードゲームのような飛行場に不時着して、その両足が地面にもぎ取られた。

 機体の下部が火花を上げつつ、ようやく停止する。


 堕ちた白鳥は、まだ生き残っている対戦車ミサイル、ロケットランチャー、対物ライフル、重機関銃の集中砲火を受けた。

 見る見るうちに穴が増えていき、その翼をもがれる。


『ツヴァイ……。どうして? い、今はゲームをしている場合じゃ……』


 弱々しい、男子小学生の声。


 想像を絶する環境でも、それを突破して、無事に生還する。

 1つの小さな惑星と言える制宙戦闘機。

 それに乗っているツヴァイは、夜空に停止している。


 いっぽう、眼下のライトニングBは、怒り狂った陸上防衛軍に撃たれている最中だ。


『た、助けてよ! その機体なら、こいつらを倒せるんだろう!? ゲームは、僕の負けでいいから!』


 最後には絶叫したギャルソン。


 夜空のツヴァイは、多次元砲マルチ・キャノンを選択。

 発射孔はっしゃこうはなく、機首の前方にフィールドを展開した。


『ツヴァイ? じょ、冗談だよね? あ、謝るから! 怒っているのなら――』


 通常の空間と違う銃口の先には、もはや飛べないライトニングB。


 ツヴァイは、最後の言葉を告げる。


『彼らの命は……ゲームじゃないわ』


 対するギャルソンは、喚き続ける。


 スティンガーの矢が、発射された。

 目標は、空中に停止したままのスター・ライトニング。


 一気に加速した誘導ミサイルは、ロックオンした目標から逸れた。

 多次元砲マルチ・キャノンによるライトニングBを中心とした別次元の消去で、相手を見失ったから。


 スター・ライトニングのレーザーが誘導ミサイルを切り捨て、爆発。


 その一方で、ガラスを引っ搔いたような音と共に、飛行場の一部でドームができた。

 中は見えず、不思議な光景だ。


 収まった後に、ライトニングBの姿はない。


 天に機首を向けたスター・ライトニングは、ロケットの打ち上げ。

 グングンと上昇して雲を突き抜け、宇宙に達する。


 そこで、本格的にスピードアップ。


 星々の輝きをバックに、いずこかへ飛び去った。




 ツヴァイは、スティアが寝ている金星を通りすぎ、ワープに適したラグランジュポイントを目指す。


『この機体を返すにしても、面倒ね……』


 別に、すぐ帰ってもいいのだが。


 それでは、日本政府やらが血眼で探し回る。



 エルピス号への帰還中に、オリジナルが室矢むろや重遠しげとおのデータを欲しがっていたことを思い出した。


『忘れてた! まあ、いいか……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る