第32話 退魔特務部隊が全滅するまでの軌跡-②

『撃て!』


 パパパと、発砲音が重なった。


 銃口のマズルフラッシュが、内廊下を照らす。



 ゴムのような皮膚をした前屈みの男は、着弾の衝撃で踊る。


 ひづめのように割れている両足で立っていたが、ドサリと倒れた。



 サブマシンガンを連射した2班は、アサルトスーツを着込んだまま、そいつに近づく。


『何だ、こいつは……』

『ひどい臭いだ……。クソでも食っているのかよ?』


『おい? そいつの顔を見せろ』


 鈍器のようなブーツで蹴飛ばし、男の顔へ短機関銃の下につけたフラッシュライトの光を浴びせた。


 これは、相手がまだ生きている場合の目潰しでもある。



『……犬だな』

『ああ、犬だ』


『2班より小隊長へ! 生存者1名と接触するも、鋭利な刃物で襲ってきて、やむなく射殺。……対象は男で、犬のような顔です。両手の鳥の足のようなカギ爪で引っかかれたものの、アサルトスーツによって無傷』



 動画を見ていた室矢むろやカレナは、ぼそりとつぶやく。


食屍鬼グールですね……。死肉だけを食べて、人と会話できる。まあ、この手のびっくり生物にしては温和な部類です。何しろ、銃で死にますから」


 隣に座っている槇島まきしま睦月むつきが、尋ねる。


「分かり合える?」


「彼らは腐った肉と排泄物を食べていますけど? それに、女と子供を作れます」

「滅ぼそう! 1匹、残らず……」


 睦月は、即座に断言した。


 いっぽう、高等部を調べている第二小隊は、切羽詰まった声。


『い、犬人間がどんどん増えています! 指示を!!』

『ちくしょう! 来るんじゃねえ!』


 パパパパと、連射する音。


 空薬莢からやっきょうが床に当たることで、キンキンという響きも……。


『小隊長より2班へ! よく聞こえない。繰り返せ!』


 その無線をさえぎるように、泣くような叫び。


『ゴアアァアアッ!』


 グールの群れは、仲間を殺されたことで怒り心頭のようだ。



「校舎が丸ごと、グールの家ですか……」

「高等部はこいつらの縄張りと……」


 カレナと睦月は、他人事だ。


 スナックを食べながら、感想を言い合った。



 睦月は、疑問に思う。


「最初の人影は、普通の人間だった気がする」


「あれは、グールと協力関係にある発狂した人間か、外なる神を崇拝している狂信者でしょう」



 その間にも動画は続き、校舎の内廊下を埋め尽くすほどのグールたち。


 20匹はいる。



「ああ……。各個撃破されます」

「密着しての乱戦、この差では押さえ込まれる。終わったね?」


 スポーツの試合を見ているかのように、カレナと睦月。



 慌てて他の班が駆けつけるも、後の祭り。


 一塊になったグールに吞み込まれ、バイザー付きのヘルメットやアサルトスーツなどが脱がされ、どんどん切り裂かれていく。


 その悲鳴をバックに、睦月が提案する。


「パティシエのケーキがあるから、紅茶と一緒にいただく?」

「お願いします」


 睦月は立ち上がり、台所ですぐに準備。



 戻れば、ノートパソコンを弄るカレナ。


 ケーキと紅茶のお盆を置いた睦月は、様子を尋ねる。


「どう?」


「第二小隊は全滅しました……。中等部と初等部は合同の校舎で、こちらはユゴス・ロードとユゴスの集団がいます」


 第三小隊は、神話生物のユゴスと遭遇した。


 平たく言えば、黒いスライム。

 目や牙がある口を作れて、その他にも擬態できる。



「彼らは下っ端の奉仕種族です。小さな集団で、ひっそりと暮らしているらしく……」


 カレナが説明している間に、ボディカメラで、前を歩く隊員が上から降ってきたユゴスに全身を包み込まれる映像。


『テケケ!』


 ユゴスは、よく分からない声。


 もがき苦しむ仲間に、他の隊員はどうしようもない。



「どこかのRPGのせいで、『スライムは弱い』となりましたが。実は、特定の方法でしか倒せない生物の1つです」


「触れられた時点でその部位を切り飛ばし、すぐ逃げるしかないね……」


 睦月が指摘した通り、遭遇した時点で死を覚悟するレベル。


 どれだけ銃弾を当てても、焼け石に水だ。


 次々に呑み込まれ、溶かされていく。



 睦月はケーキを食べながら、質問する。


「物理無効?」

「再生能力が異常です……。上位のユゴス・ロードもいますね?」


 上位種のユゴス・ロードは、賢い。


 指揮官に率いられたユゴスの群れでは、もはや勝ち目なし。

 第三小隊は、訳が分からないまま、全滅。




 次の映像は体育倉庫のような場所で、床の一部に隠された扉を持ち上げているところ。


『第四小隊は、発見した地下の通路に入ります』


『司令本部、了解! 無線が通じない可能性が高いため、独自の判断を許可する』



『よし、行くぞ?』


 先頭がフラッシュライトをつけた短機関銃を構えたまま、短い階段を下りた。


 後ろに肩を叩かれた後で、ゆっくり歩き出す。


 フ――ッ フ――ッ と、呼吸の音。


 丸い光が歩くたびに揺れて、真っ暗な通路を照らし出す。


 コンクリートを踏みしめる、ジャリッという足音が、一列で続く。



『どこへ通じている?』


『コンパスによれば、第三小隊が担当している中等部と初等部の校舎だ……』


『わざわざ隠しているってことは、秘密の場所に出られるかもな?』


内山うちやま? お前、大丈夫か? 急に立ちくらみがしたって――』

『大丈夫だ! その校舎にあるカーテンが閉められた窓を見て、急に力が抜けただけで。今は問題ない』



「もうすぐ……。その相手に会えますよ?」


 動画を見ているカレナは笑顔のまま、紅茶を飲んだ。

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