第114話 勝者は2$のチキンディナー♪(前編)

 廃ビルの1フロア。

 今となっては、オフィス用の家具がすみに残るだけ。


 夕暮れの光が、風通しの良い窓から差し込んできた。


 半グレの頭である高影たかかげは、ニヤニヤしている。


『今や、どこにいても、お前らの顔だ……。精が出るじゃねえか? どこぞの芸能人みたく、一等地に御殿を建てるんだろ? 俺らに少し配っても、たいしたことねえよ! な? お前らだって、せっかくの人気を失いたくないだろ?』


 黙り込んでいる室矢むろやカレナと、槇島まきしま皐月さつき


 あと一押し、と考えた高影は、畳みかける。


『俺らは「刃陣はじん」というグループだ! 弁護士の先生に聞いてみたら、「イメージが崩れたタレントは契約破棄の違約金で首が回らなくなる」ってよ!! 特に、その年で薬物パーティーの常連となれば……。今の人気が裏返ったら、もう街を歩けないぜ?』


 お愛想で、取り巻きも笑う。


 片手を上げて、それを止めた高影は、真面目な顔に。


『つーわけで……。お前らは、言いなりだ! 事務所に詰められて、会員制の泡風呂に沈められるよりは、いい男の俺らがマシってね? 選択の余地はない! 安心しろ。身ぐるみ剝ぐわけじゃねーよ! お前らの知り合いを紹介してもらったり、困ったときに融通してくれれば、いいからな?』


 目配せで、女子2人の後ろに立っていた半グレが忍び足で近づき、後ろから羽交い絞めにしようと――


 カレナは大陸武術の歩法と同じで、わずかに後ずさり。

 相手の間合いを狂わせた。

 

 背中から男にぶつかり、同時に肘。


 すかさず、相手の甲を踏みつけた。


 片足で半円を描き、相手の外側に回り込みつつ、ナイフを持つ右手をつかみ、その肘を叩いて折り曲げながら、足を払う。


 右手が下のままで、前へ倒れ込む男。


「ぐほっ!?」


 倒れ込んだ男は自身が持つナイフで、深々と胸を刺した。



 カレナの横に立っていた皐月は片足を滑らせて、低い姿勢へ。


 そのまま、アイススケートのように飛び上がった。


 後ろから両腕を回して抱き着こうとした男が立ち止まり、左右を見回すも――


 両足が上を向くほどに飛んだ皐月は、その両手と繋がっている糸を引き、相手の首を絞めた。


 彼女は両手を動かしつつ、見事な着地。


 むき出しのコンクリートの床をズザザと滑りつつも、その勢いで男の首の骨が折れた。


 権能の糸を消すことで、ダラリと下がった頭のまま、男が膝から崩れ落ちる。


 ガッ ドゴッ


 遠心力により、頭が痛そうな音を立てた。



 一瞬の動きで、反応する間もない。


 半グレの『刃陣』たちは、ポカンと口を開けていたが……。


「てめええええっ!」

「よくも!」

「ぶっ殺してやる!」


 偏差値30ぐらいの叫びを上げつつ、ズボンに挟んでいた銃やナイフを出す。


 いっぽう、カレナと皐月はバトルロイヤルで、対戦ゲームをやっている雰囲気。


 皐月は、笑顔だ。


「キルした人数で、競う?」


「興味ないです……。お茶をしているから、勝手にしてください」


「オッケー!」


 返事をした皐月はパンパンッと撃たれながら、壁や天井も使い、立体的に跳ねつつ、上り階段へ。


『今夜は、チキンディナーあぁああっ!』


 完全に、ゲーム脳である。


 どうでもいいが、この『勝者はチキンディナー』は、ブラックジャックの逸話が元ネタらしい。


 半グレの頭になっている高影は、残ったカレナを捕まろと命じるべく――


「いない!?」


 煙のように消え去り、移動した経路すら不明だ。


 ダンダンと地団太を踏んだ後で、周りに叫ぶ。


「ぜってーに、2人とも見つけろ! いいな!?」


 ビビった半グレが、自分の獲物を手に階段を上り、あるいは廃ビルの外へ出ていく。


 スマホを取り出した高影は、電話をかける。


「お疲れっす! ……はい。追い込みをかけたい相手が――」



 ◇



 下町の廃墟エリアで、接客用の設備も残されている路面店のカフェ。


 カレナがいる卓とその椅子だけ、真新しい。


 貴族が使いそうなデザインで、同じくブランド物のティーカップと、アフタヌーンティーの三段スタンド。


「見つけたぞ! てめええ! そこ、動くなよ!?」


 パンパンッと発砲した、半グレ。


 店内と歩道を仕切るガラスは、とっくに割れている。


 ヒュンッ! チュン! と、弾が跳ねたり、通り過ぎるも、カレナが持つティーカップの水面は穏やかなまま。


 弾丸によりボックス席のテーブルが砕けて、仕切り板も砕け散る。


「無視すんじゃ、ねえよおおっ!」


 拳銃を向けたまま、半グレは突っ込んできた。


 片手の銃口は、ブランブランと揺れる。


 撃ちまくるが、カレナを避けているように、周りだけ着弾。


「せめて、当たるコースで撃ちましょう」


「ちっ! 弾切れかよ!? ……逃げたら、ぶっ殺すぞ!」


 慣れない半グレは、その場で立ち止まり、いそいそと拳銃のマガジンを交換――


 次の瞬間に、半グレは、体が浮かび上がった。


 思わず下を見れば、5階建てのビルと同じ高さで、投げ出されている。


「ふあっ!? あああぁああっ!」


 重力に従い、どんどん加速する。


 弾切れのセミオートマチックと新しいマガジンは別の物体として、スカイダイビングを楽しむ。


 車道に叩きつけられた半グレは、その部分が砕けて、内部へ押し込まれる。


「いでぇえええっ! いでえええよおおおっ!!」


 即死できなかった男は、頭の縦半分がゾンビで泣き喚くも、カレナが同じく転移させた発砲した直後の弾丸により、ボスボスッと着弾した。


 自分が撃った15発ほどで体重を増やし、近くに落下した拳銃やマガジンと一緒に倒れ伏す。


 当たり前だが、もう死んでいる。


 ティーカップを傾けたカレナは、タワーからサンドイッチを皿に移した。


「早く済ませてくださいね、皐月?」


 紅茶は、一滴もこぼれず。

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