第129話 彼女は無慈悲な夜の女王

 アイドルフェスの会場であるドーム。


 広いステージは、無名のアイドルから登場。


 その下に位置する1階の観客席や、少し遠いが見下ろせる2階からの席は、どれも満員だ。


 プロとしてはつたないアイドルでも、ドーム効果で盛り上がる。

 けれど、出演者が多く、芋洗い。


 一曲を歌い、すぐに引っ込むか。

 あるいは、集団で並び、同じ曲を歌うだけ……。



 ――プリムラの控室


 せまい物置きで、機材の箱を椅子にしている3人。


 コンコンコン


『プリムラさん! スタンバイ、お願いしまーす!!』


「は、はいっ!」


 派手な衣装を着た川奈野かわなのまどかは、返事をした。


 運営スタッフは、ドアを開けることなく、立ち去る。


 内廊下は騒がしく、まともに返事を聞いたか、怪しいものだ。


 一応、知らせたから、これで気づかなくても、お前らの自己責任だぞ? と言わんばかり。


 好意的に考えれば、それだけ忙しい……。

 


 同じ衣装を着ている室矢むろやカレナと槇島まきしま皐月さつきが、立ち上がった。


 カレナは、自分のスマホを見ている、もう1人を見た。


「まどか? そろそろ……」


 ここは、ただの物置き。

 貴重品ボックスがあっても、作業の振りで丸ごと運ばれるだろう。


 専用のクロークに預けない場合は、どうなるやら……。


 スマホは必須のため、自分でコインロッカーのようなボックスに預ける形式だが、混雑すれば、間に合わない。


 悠月ゆづき史堂しどうからの返事は、なし。


 ゲスト向けの特等席に招いたが、来てくれるのか?


 不安でしょうがない『まどか』は、同じユニットの2人に迷惑をかけないよう、スマホを持ったまま、立ち上がった。


「うん! 行こう!」



 ――ネオ・ポールスター Bエリア


 クトゥルーの従属神、ディゴン。

 夜の浅瀬ですっくと立つ姿は、ゆうに6mだ。


 『深海に住むもの』を巨大にした人型だが、魚人間というより、龍を人型にした感じ。


 その手足で叩き潰した、US機動海兵隊の軍艦を見る。


『ふんっ! たわいもない……』


『こちらも、終わったわ』


 同じように、魚の頭を持つ巨大な人型だが、どこか女性っぽい。


 こちらはディゴンの妻とされる、ヒュドロスだ。


 たった2匹がいるだけで、このBエリアに上陸することは不可能に……。


 まだ動ける舟艇は、全速で退避したまま。


 増援を待っているビーチの1個小隊は、風前の灯火ともしびだ。



 ディゴンは仁王立ちのまま、低く笑った。


『ククク……。いよいよだ……。クトゥルー様が、お目覚めになる!』


『ええ……。本当に長かった――』


 ヒュドロスが様々な思いを込めて応じたが、その顔は苦痛に歪む。


 魚面で、分かりにくい。

 けれども、夫であるディゴンは、すぐに察した。


『どうした!?』


『な、何かが……。足が……。こ、凍っているの?』


 苦しむヒュドロスは、疑問形で喋った。


『待っていろ! すぐに倒す!!』


 焦ったディゴンが海に潜り、攻撃している敵を排除しようとするも――


『あ……。ダ、ダメ……』


 ヒュドロスは海中にある下半身から、見る見るうちに凍り付いていく。


 魚の頭のまま、目を見張ったディゴン。


『な!?』


 もはや、海中に立つ氷像だ。


 次の瞬間に、海中から小さな人影が、飛び出してきた。


 20歳ぐらいの美女だ。

 巫女のような和装で、左腰にさや


 そのたおやかな右手には、一振りの刀を持つ。


 長い黒髪は、腰まで届く。


 海中にいたはずだが、不思議と全く濡れていない。


 夜のビーチを覆い隠すように、空中でふわりと広がった。


 赤紫の瞳が、まだ動いているディゴンを見据える。


 気が強そうな雰囲気で、同じ視線となる高さに立った。



 黒髪の美女が海から飛び出して、まだ10秒も経っていない。


 ディゴンは、こいつがやったと悟る。


『よくもおおおおっ!!』


 島をイメージする大きさで、水かきがついた手を握りしめた。


 そのこぶしをブンブン飛び回る女に叩きつけようと――


「遅い……」

 

 ポツリとつぶやいた美女は、一瞬で消えた。


 ディゴンの背後に出現。


 彼が突き出していた片腕はその交差で切り裂かれ、長い切り傷から瞬時に凍った。


『があああああっ!?』


 巨大な氷柱と化した重みに耐えられず、グンッと沈み込む。


 海底に、膝をつく。


 全身から生えている触手を動かし、むちのように叩きつけ、絡めとろうと――


「シュッ!」


 日本刀のつかに両手を添えた美女は、息を吐きながら、動き出した。


 空中に足場があるかのように、足捌きの勢いで刀を振り抜く。


 舞いのような斬撃は、ディゴンの頭から胴体まで切り裂いた。


 同じく、氷像となる。



 空中で踊りつつ、動きを止めた美女は、2匹がもう動かないことを確認。


 改めて、より踏み込んでの斬撃へ。


 回転演舞により、従属神の二柱は粉々に砕け散り、海中へ没していく。



 ヒュッと血振りをして、納刀。


 両手を下ろした美女は、氷が舞い散り、月光で照らされる幻想的な夜空を見上げる。


「……悪くないわね?」


 室矢むろや重遠しげとおの妻だった、1人。


 錬大路れんおおじみおは、まさに夜の女王だ。



 海中から投げられたもり


 その奇襲を、空中の摺り足で躱していく。


 飛んでくる銛は速いが、最小限の動き。


「逃げれば、いいのに……」


 鯉口こいぐちを切った澪は、抜刀術により、今度は『ひだまりビーチ』の海ごと凍らせた。


 当然ながら、『深海に住むもの』たちも同様だ。


 澪は、刀を振り抜いた後で、我に返る。


「あ……。やりすぎた……」


 ゆっくりと納刀しつつ、独白する。


「今のは、報告しないほうがいいわね?」

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