第12話 一度は言ってみたい、この台詞

 闇夜に、ボゴッと鈍い音が響いた。


 殴られた若者は、そのまま倒れる。



 殴った本人は仁王立ちのまま、叫ぶ。


「降りるとは、どういうことだ!? ああ゛?」


 口の端から血を流しつつ、若者は立ち上がる。


「あいつはヤバいんすよ! バイクで乗り込んだ俺らは、気づけば、篠里しのざとのグラウンドとは別の場所にいて――」

「うるせえぇええっ! もう少し、上手な言い訳を考えろや!!」


 男が蹴ったことで、立ちかけていた若者は胸に食らう。


 後ろへ吹っ飛んだ。



 周りの仲間がオロオロしながら、声をかける。


「き、木席皮きせきがわさん! そ、それ以上は……」


 息を荒げた男はとがめた奴をギロッと睨むも、頃合いか、と考える。


「てめーらも他人事じゃねえぞ? お前ら、俺を舐めてんだろ!? なあ?」

「い、いえ! そんな事は……」


 周りで立つ若者グループをねめつけた男は、説明する。


針鼠ハリネズミアイアンズの総長だった俺のメンツを潰しておいて、よく顔を出せたもんだ……。言われなくても、室矢むろやカレナを連れてこいや!? 今の俺がどこに所属しているか、忘れたわけじゃねーよな? 次に泣き言をほざいたら、てめーらのノルマは10倍だ!」


 若者の1人が、思わず尋ねる。


「ど、どうすれば――」

「お前の頭は、ニワトリか? コッコー! コッコー! さっき『自分で考えろ』と、言ったばかりだろ?」


 至近距離で睨まれたうえにこぶしでコンコンと頭を叩かれ、言った本人は震え上がった。


「す、すみません!」


「分かれば、いいんだよ……。じゃ、次は期待しているぜ!」


 お疲れ様でした! を背中に受けながら、木席皮は駐車場の車に乗って、走り去った。



 残った針鼠ハリネズミアイアンズの連中が、地面に座り込む。


 殴る蹴るの暴行を受けた若者は、苦しそうだ。


「大丈夫か?」

「ああ……。しかし、まいったな……。木席皮さんに逆らう訳にもいかないし」


「やるしか、ねーよ……。あの人に盾突けば、地元のヤーさんも動いちまう」

「サツに泣きついても、洗いざらいゲロした後で『はい、さよなら』だしな……」

「あいつらは、自分のノルマだけだ」

「ムショに入っても、せいぜい数年だろ? 意味ないぜ」


「家族もクソで、世間もレッテルを貼って見下すだけ! ダチしか、いねえ……」

「誰にも頼れないよな……」


 暴行を受けていた若者がうつむいたまま、口を開く。


「あいつ……」


「ん?」


室矢むろやだよな……。あの……」



 『室矢』を名乗れるのは、重遠しげとおの血を引いているか、偉業を成した非能力者のみ。

 しかも、バイクに乗っていて、瞬間的にワープさせられたのだ。


 明らかに、超常的な力を持つ異能者。



「室矢カレナ……。弟に言って、今度は頭を下げれば……」


 溜息を吐いた面々が、暴行を受けていた若者に反論する。


「無理だって、たく……」

「気持ちは分かるけどよ?」

「仮にできても、俺らを助ける理由がねーだろ!?」


 黙っていた1人が、覚悟を決める。


「やろうぜ? 次に木席皮さんを怒らせたら、マジで半殺しにされちまう……」



 ◇



 夕暮れを背景に、女子が別れの言葉を交わす。


「バイバーイ!」

「またね、睦月むつきちゃん!」


 人で賑わう駅前から、それぞれ家路につく。


 わずかな時間が終わり、ここからは1人の子供に戻るだけ。



 ある者は電車を待ち、ホームで立つ。


 ある者は自宅へ向かうバスを待つため、行列へ。


 ある者は、スタスタと歩き出す。




 日が暮れた。


 茶色のショートヘアで琥珀こはく色の瞳をした女子高生はセーラー服のまま、歩を進める。


 上から人工的な光が降り注ぎ、また暗い部分へ。

 それが繰り返される。


 市街地から離れるに従って、灯りも減っていく。


 予算の関係で、整備されていないのだ。



 槇島まきしま睦月むつきはスクールバッグを持ったまま、自宅へ向かう。

 春先とあって、寒さは感じない。


 遠くで、バイクのエンジン音……。



 美須坂みすざか町のエリアに入る、手前。

 北稲原きたいなばら町との境目である麻田川あさだがわにかかっている橋が、遠くに見えてきた。


 車が同時に行き来できて、片側の端には専用の歩道。

 そこへ向かう睦月は暗闇の中で、ピタリと立ち止まった。


 手つかずの空き地で伸び放題の雑草が、夜風で揺れる。


 遠くにある鉄橋は、ステージのように明るい。

 けれど、睦月が立つ場所は、上から半月が照らすだけの空間。



 ヴォン! ヴォオン!!



 バイクの音は、もう近い。


 重なっていることから、複数であると分かる。



 立ち尽くす睦月を囲むように、バイクが次々に停車。

 けれど、エンジンを切らない。


 睦月が逃げないことを確認した後で、エンジン音がなくなった。


 スタンドで立てて、地面に降りる。

 数は、5人ほど。


『槇島睦月だな? 俺たちと一緒に、来てもらう!』

『こっちはバイクだ! 逃げられると思うなよ?』

『逃げようが、針鼠アイアンズの名前にかけて、追い込むからな!』


 顔が見えないヘルメットを被った連中は鉄パイプやナイフを手に、凄む。


 若者の1人が顔を隠したまま、歩み出る。


『すまん……。狙いは、お前じゃないんだ。室矢カレナを呼び出したら、解放する』


 くぐもっているが、声音から、木席皮に暴行された若者だと分かった。


 襲撃犯の1人が、その雰囲気をぶち壊す。


『いくら助けを呼ぼうが、誰も来ねーぜ? もう遅いんだよ!』



 しかし、睦月は笑顔で返す。


「とんでもない! 待っていたんだよ……」

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