第104話 プロの詐欺師

 つかつかと歩み寄った、沢々さわさわ炭火すみび


 高いスーツをしっかりと着込んでいるが、大衆着ですれ違えば、冴えないオッサンぐらいの感想だろう。


 よく見れば、かなりの肥満体だ。

 顔も膨らんでいて、健康的とは言いがたい。


 だが、どうしようもない不細工にあらず。


 彼は小上がりの畳に座っている室矢むろやカレナ、槇島まきしま皐月さつきに近づき、両手で畳を叩いた。


 バンッと、柔道で受け身をしたような音。


 顔を上げた炭火は、熱血コーチのような雰囲気で、断言する。


「このままだと、君たちは間違いなく失敗する!」


 2人の視線を感じた炭火は、ゆっくりと説明する。


「いいかい? 僕はね、多くの人を見てきた! テレビ、講演、ある時はプロデュースという形で!」


 相手の否定、さらに自分の価値。


 その流れに乗った彼は、スッと名刺を取り出した。


 畳の上に、2枚。


「僕は、君たちが後悔する姿を見たくない……。ただの名刺に見えるだろう? でもね? これは、成功へのチケットなんだ」


 カレナと皐月が応じる間もなく、炭火はくるりと背を向けた。


 すたすたと、控室の出口へ。


 内廊下に出る直前に、振り向いた。


「子役は大成しない。そのイメージが強すぎて、本人もかつての成功にこだわるから……。もう一度だけ、言おう! チャンスは、いつまでも待ってはくれない! 次に会ったら、色々と教えるよ」


 子分の若衆は、ずっと無言のままで、外からドアを閉じた。



 息を吐いたカレナは、畳の上に置かれた名刺を手にとる。


「……セミナー屋ですか」


 皐月が、残りの1枚を見た。


「カリスマ……というより、間の取り方が上手いね? ボクらの反論を防ぎつつも、食いつかせる演説だった」


 肩をすくめたカレナは、別の洋菓子を食べながら、突っ込む。


「無理をしていますよ? 騙しやすい相手だけ狙い、自分のフィールドに引きずり込むのが常套じょうとう手段ですから」


「どーすんの?」


 皐月の問いかけに、カレナはあっさりと答える。


「放っておけば、炭火のバックが動くでしょう! 時間は、私たちの味方です」


「つまり?」


 カレナは名刺に記されたアドレスで、SNSの画像を見た。


 夜景が綺麗なタワマンに、豪華な家具。


 机に並ぶ、高そうなワイングラスと、似たような胡散臭い顔ぶれ。


 他の画像では、高級車の中でもトップクラスの車種と一緒の撮影。


 スマホを覗きこんだ皐月は、苦笑い。


「あー。こういうの……」


「資金繰りが厳しいようで……。『稼げるだけ稼いで、高飛びしたい』というのが、本音! 個人を食い物にしているから、刺されそうですし」


 本来なら、誰もが知っている有名人に会わせる。

 または、高級車で送迎しつつ、相手が委縮するほどのご馳走をする、という手口だが――


「今の私たちは、有名人です。会いたければ、自分で会えます!」


「やろうと思えば、有名な料理人を呼びつけて、目の前で作ってもらえるからね。ボクらは……。なるほど! あいつは自分と相性が最悪なのに、突っ込まざるを得ないと」


 視線だけで、あいつのバックは? と質問した皐月。


 カレナが、すぐに答える。


「ダンスマウス・インダストリー」


 ため息を吐いた皐月は、畳に座ったままで、両手を軽く上げた。


「やれやれ……。ようやく、ご登場か! ボクらを取り込んで、何をさせたいの?」


「邪神復活のための生贄いけにえです」


 ベタだね、と突っ込んだ皐月は、脱力した。


 いっぽう、カレナは説明を続ける。


「先ほどの炭火は『ダンスマウス・インダストリー』の思惑とは別に、私たち2人を抱きたい、搾れるだけ搾りたいと、意欲的ですけどね? 似た連中も……。そうそう! 後援の連中も呼ぶようです」


 混乱した皐月は、整理する。


「えっと……。炭火は『ダンスマウス・インダストリー』の支援を受けて、その意向でボクらを狙っている。だけど、これまでのセミナー稼業による仲間への奢りと、ケツ持ちへの接待もするの?」


 首肯したカレナは、笑顔だ。


「どうせ『ダンスマウス・インダストリー』に引き渡すのなら、関係者で大乱交をしておこう! あいつらが持っている金や連絡先も、できるだけ確保しておきたい。……まあ、こんなところです」


「……今すぐに?」


 潰しておくか? と聞いたが、カレナは首を横に振った。


おとりになって、釣りましょう! 桔梗ききょうのために……」


 つまり、ディアーリマ芸能プロダクションにも、手が伸びている。


 ため息を吐いた皐月は、率直に尋ねる。


「どこが?」


「マヴロス芸能プロ」


 後ろにひっくり返った皐月が、天井を見ながらつぶやく。


「そっちが手を出してくるまで、ひたすらに待ちか……」


「今の私たちは、注目の的です。じきに仕掛けてきますよ? さっきの飛び込みは、もう通じません。私たちが誘いに応じなければ、炭火はどうすると思います?」


 少し考えた皐月は、むっくりと上体を起こした。


「ボクらが素直に応じる、業界の人間。それも、ディアプロの社員を使う?」


「ご名答!」

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