第103話 煌めく舞台で会いましょう!

 紫苑しおん学園へ移った、川奈野かわなのまどか。


 国民的なアイドル『瀬本せもとゆい』に貞操を狙われているが、ひとまず安全に……。


 そもそも、普通の女子である『まどか』には、重すぎる話だった。


 動き出した悠月ゆづき家は、彼女の両親についても面倒を見る。


 親を口説き倒して『まどか』を動かし、その先にいる『ゆい』や、同じユニットの室矢むろやカレナ、槇島まきしま皐月さつきに手を出す可能性があるからだ。


 この3人は、それぞれに厄介。


 機嫌を損ねたら、財閥のトップであろうと、無視できないダメージを受ける。



 ――テレビ局の控室


 新人のアイドルユニットだが、専用の個室。

 上に張り出した照明がある大きな鏡は、壁一面に並んでいる。


 机には高そうな菓子、ドリンクもあって、大物と同じ扱い。


 着替えや化粧スペースとは反対側にある小上がりの畳で、女子3人がくつろぐ。



 室矢カレナはドリンクを飲んだ後で、問いかける。


「まどかは、芸能人を辞めると……」


「う、うん……。室矢さん達も、私がいないほうが、のびのびと仕事をやれるだろうし」


 自分が足を引っ張っていることで、まどかの表情が暗くなった。


 いっぽう、カレナはお菓子を食べつつ、説明。


「私たちも、そろそろ辞めます」


「ええっ!? もったいないよ! これだけ仕事のオファーがあるのに……」


 まどかが聞いただけで、2人やソロで、CM、ドラマ、舞台に誘われている。


 新人によくあるWEBラジオの収録ですら、大反響。


 進行表がほぼ真っ白で、1人だけのスタジオ。

 ブースの中でテーブルを囲んだ女子3人の、たった5分のトークで……。


 カレナと皐月が応じれば、今の勢力図が変わる。



「そもそも、私たちはというだけ」

「ボクらの役目は、別にあるんだよ……」


 当の2人は、芸能界に興味がないと、言い切った。


「そ、そうなんだ……」


 他のアイドルなら、嫉妬で怒り狂ったかもしれない。


 しかし、『まどか』は、自身も辞めるとあって、深くは考えず。


 カレナは、大事な話をする。


「であれば、『いつ、どのように辞めるのか?』が問題です」


 首肯した『まどか』は、自分の意見を述べる。


「ええっと……。もう受けている仕事は外せないから……。マネージャーの水口みずぐちさんに言って、これ以上の仕事を受けずに――」

「もう芸能界に足を踏み入れないのなら、最後に思い出を残しませんか?」


 困惑した『まどか』は、カレナの顔を見た。


「何をするの?」


「アイドルフェス……。私たちも、出場しましょう!」



 夢にまで見た、大舞台。

 あの興奮。


 お金を払い、わざわざ遠くから泊りがけで会場に来てくれるファンたち……。


 他のアイドルたちと競いつつ、そのステージで踊って歌う。


 この上ない餞別せんべつだ。


 その光景をイメージしている『まどか』は、座ったままで震えた。



 カレナが、核心に触れる。


「まどか……。センターをやりますか?」


「え?」

 

 皐月を見れば、うなずいた。


「いいよ? 『まどか』が、やりたければ……」



 やりたい。


 どうせなら、センターで。


 この2人も引退するから、気にする必要はない。


 だけど――


「私は……センターじゃなくて、いいです」


「あなた達と比べたら……見劣りする。それじゃ、ファンの人たちが満足してくれない……がら」


 まどかは、泣き出した。


 あとからあとから、涙が出てくる。


 膝立ちですり寄った皐月は、そっと抱きしめた。


「うん、分かったよ……」


 この時が、たぶん。


 『川奈野まどか』にとっての卒業式だった。



 ひとしきり泣いた『まどか』は、2人に気を遣われながら、いったん化粧直し。


 スマホを触り、悠月ゆづき史堂しどうにメッセージを送る。


“私、アイドルフェスに出場します! 室矢さん達とのユニットで、私はセンターじゃないけど……ぜひ、見に来てください!”


 ポンッ


“分かった。スケジュールを調整してみるよ”


 それを見た『まどか』は、ふうっと息を吐いた。


「頑張らないと!」



 ◇



 控室に残ったカレナは、皐月を見た。


「そろそろ、仕掛けてきます」


「多方面の話じゃなくて、助かったよ……」


 『まどか』たちの痴話喧嘩と並行では、面倒すぎる。


 ここからは、一般人の彼女に教えない、敵と戦う時間だ。



 皐月は両手を頭の後ろで組みつつ、ぼやく。


「今はちょうど、『まどか』がいないからね?」


 首肯したカレナは、控室のドアを見た。


「ええ……。私たちを口説くには、うってつけ……」


 コンコンコン ガチャッ


 業界人なら、先に声をかける。


 だが、この相手は無断で開けた。


 高いスーツを着こなした男が、子分のような若衆を引き連れて。


「おはよう! 僕は、沢々さわさわ炭火すみび! テレビや本に出ているから、もちろん知っているだろうけど……。今日はね? もーっと君たちを輝かせたくて、やってきたんだ!」


 カレナと皐月が返事をしないことで、炭火はつかつかと、小上がりの場所へ歩み寄る。


 子分が、中からドアを閉めた。

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