第120話 Be mine

亜季さんは、乙女なんですよ!!


誰にも分かって貰えなくても、何度だって庄野は訴える。


今の所の理解者は、社内では佳織と、樋口のみでも。


誰が何と言おうと、すっごく可愛いんですよ!!


誰にも共感して貰えなくても、何度だって庄野は叫ぶ。


今の所の理解者は、社内では佳織と、樋口と、相良のみでも。


☆☆☆


「はーい、全員注目ー!皆グラス行き渡ったねー?んじゃあ、今期も本当に、お疲れ様でした!

関係部署の皆様のご協力のおかげで、無事納期遅れもなく、締めくくることが出来ました!ありがとうございました!来期も今期同様、お力添え頂けますように、よろしくお願いします!


ってことで、はい、かんぱーい!」


勢いよくジョッキを掲げた亜季に続いて、皆が乾杯!と唱和する。


グラスを鳴らす音の後、わっと拍手が起こって、そこからはもういつもの飲み会のノリになる。


とはいっても、一階の半分を貸し切りにして貰っているので、いつもよりもかなり大きめの飲み会だが。


隣の席に腰を下ろした亜季に、庄野は真っ先に労いの声を掛けた。


「亜季さん、ほんとにお疲れ様でした!」


「ありがとねー。庄野もよく頑張ってくれました」


「いやー、お前の乾杯の音頭聞くの何度目だろうなぁ!」


「それ嫌味ですかー?毎回面倒だからお前やれ、っていうの部長じゃないですかー」


「いやいやこういう時こそ陰の立役者がだな、ばーんと目立っていいんだよ、先頭で切り盛りしてんの山下なんだから、そこはもうどーんと胸張れ!」


「まあ、それ以上目立たなくても、とっくに工程管理に山下あり、って皆知ってるけどなー」


「まーそれは違いない!よっ!志堂の女帝様ー!」


「来期もよろしく頼むぞー!女帝ー!」


「びしばし仕切ってケツ叩いてくれよー!」


お馴染みの工程管理の職人軍団と、密に連携を取っている商品部から顔を出している北村課長が、次々と亜季にグラスを合わせに来る。


もうこの人なしでは工程管理は絶対に回らない。


多少の無理を押し通せるコネと、各部署との強い信頼関係が結ばれていないと、工程管理でまともな仕事は出来ない。


他の人間が渋い顔をする短納期も、山下亜季という名前を出せば、それならまあ、と顔色が変わる事なんてしょっちゅうだ。


それだけでなく、亜季の持つ社内ネットワークから入って来た情報を求めて、工程管理を訪れる社員も多い。


役員レベルで留まっているような情報が、亜季の耳にまで届くのは未だに不思議でしかない。


”あのね、庄野。社内折衝出来ない人間は、仕事も出来ないの。よーく覚えておいてね”


入社してすぐに言われた言葉だ。


今も庄野の一番大事な要となっている言葉でもある。


適切な人間と適切な信頼関係を結び、上手く必要なデータを引き寄せる手腕は、あっぱれと言うより他ない。


昼休みの度にひっきりになしに人が訪れるのは、亜季の持つ情報を求めての事だ。


だから、女帝、と呼ばれるのも納得できる。


これだけ仕事が出来て、上司にも部下にも信頼されてて、庄野は挨拶すらしたことが無いような役員連中にもある程度顔が利くのだから、もう女帝で間違いない。


けれど、そんな彼女の持つ強さや逞しさだけでなく、内面に秘められた女の子らしい部分や、可愛い部分をもっとみんなに分かって欲しいと庄野は思うのだ。


”あたしを女扱いする人なんてウチにはいないわよー”とケラケラ笑ってみせた彼女が、取引先で見つけた運命の相手と出会ってから、どんどん綺麗になった事も。


そして、結婚した今、日に日に女っぷりが上がっている事も。


「しっかしその指輪がホンモノだとはなー・・胸のつかえが降りたような、なんか釈然としないような・・」


「残念でしたーホンモノですー!自社製品ですー!」


二杯目のビールを飲みながら、亜季が左手を掲げる。


「どうせあれだろ?家でも尻に敷いてんだろー!」


「うっわ、家でも女帝は良くないぞーちゃんと亭主には三つ指ついてだなぁ」


「次長!それはさすがに古いですって!昭和過ぎます!」


「ばっかやろー昭和馬鹿にすんなよ!」


すでにいい具合に酔っぱらっている上司連中のお決まりの揶揄に、亜季は微塵も動じない。


むしろ、そういうイメージを必死に守ろうとしている気さえする。


「あーはいはい、そうですねー。可愛げない妻ですよ、あたし!まー今更猫被ったってねぇー」


「あっはっは!やっぱりかー!山下ー旦那に捨てられるなよー!その年でバツつくと痛いぞー!

お前の場合、次があったら、奇跡だからなー!」


「そ、そんな事無いですよ!亜季さんの旦那さん、すっごい愛妻家なんですからね!」


それまで黙ってカシスオレンジをちびちび舐めていた後輩が、いきなりベテラン上司軍団に食って掛かった。


一番驚いたのは隣にいる亜季だ。


「へ・・庄野・・?」


「亜季さんも、ちゃんと言い返してくださいっ!亜季さんは、すっごく可愛いし、乙女なところもあるんですからねっ」


「ちょ、何言ってんの。庄野、あんたもう酔ったの!?」


「酔ってないですー!正しい事を言ってるんですー!部長も次長も、ちゃんと聞いて下さいー!」


真っ赤な顔で言い返す庄野のほうが、亜季の数倍は可愛い。


酔っぱらっている上司連中も、噛み付かれた事を気にするどころか、お前良い部下持ったな、と亜季の肩をばしばし叩いている。


違うこんな反応が欲しい訳じゃないのに!


「慰めてくれてありがとねー。庄野がそう言ってくれるだけで満足だから!」


「まー山下の良い所は、人望がある所だからな、ちゃんと部下も育ってるみたいで、俺は嬉しい!!」


「わー部長、もう日本酒やめましょう、ね、ね!誰か、ウーロン茶頼んで!」


下戸の課長が慌ててお猪口を取り上げる。


「違うのにーい」


じたばたする庄野には誰も目もくれず、すぐに次の話題で盛り上がり始めた。


亜季が、窘めるように笑って、カシスオレンジのグラスを自分の方へ引き寄せた。


「あーほら、あんた、酔ってんのよ。オレンジジュース頼んだげるから、こっちはちょっと休憩ね、すみませーん!あれ、店員さん聞こえてないのかな・・」


立ち上がる亜季の腕を掴んで、庄野が必死に訴える。


「やだー亜季さん・・」


「はいはい、分かってるから、ちょっと待っててー。あー誰か、庄野見ててー、男は駄目、調子乗るから!五月さん、ごめん、この子よろしくー」


隣のテーブルで飲んでいた子持ち女子社員を手招きして、亜季が席を立つ。


庄野はぶすっと膨れ面になった。


それを遠巻きに見つめている庄野にデレデレな男性社員達の顔を、牽制するように睨み付けながら、テーブルの間を縫って行く亜季が、弾かれたように立ち止まった。


「亜季」


丁度店に入って来た誰かに名前を呼ばれたようだ。


社内の人間かと振り向いた数人が首を傾げて、社内じゃないと口にした。


亜季の視線の先にいる人物を確かめて、庄野が弾かれたように立ち上がる。


「に、丹羽さん!!」


「え、丹羽さんって・・ああ、山下の!?」


一気にその場が騒がしくなる。


亜季は、慌てたように丹羽の腕を掴んだ。


「た、岳明飲み会?」


「うん、同僚と飲もうかと思ったんだけど、そっか、半分貸し切りってそっちだったのか・・あれ、庄野さん、今晩は」


駆け寄った庄野を見つめて、丹羽が笑顔を浮かべる。


「こ、今晩は、ご無沙汰してます。いつも亜季さんには本当にお世話になってますっ!」


「こちらこそ、亜季がいつもお世話になってます」


「やだ、何かそのやり取りやだ、止めて!すっごい恥ずかしい!」


頬を染めた亜季に、丹羽がにやっと意地悪い視線を向ける。


「なんで、普通のやり取りだろ」


その中に見え隠れする甘ったるい空気が、隣に立つ庄野にまでびしばし伝わって来る。


出来ればこのまま一緒に飲みませんか?と誘いたい位だ。


が、残念なことに店の入り口から同僚らしき男性が丹羽を呼んだ。


「丹羽さーん、橋本さんとこなら空いてるらしいんで、そっち押さえました、行きましょう!」


「分かった。すぐ追いつくから先行ってて!


今日は別のとこに行く事にするよ。帰り同じ時間になるなら、タクシーで拾うけど?」


「あー・・時間分かんないからいいや」


「分かった。でも、歩いて帰って来ない事、約束な」


「はーい」


「よし、じゃあ、亜季。店の外まで送ってくれる?庄野さん、ちょっとだけ、うちの奥さん返してもらっていいかな?」


丹羽が庄野に向かってお伺いを立てた。


「はははい!勿論です、ごゆっくり!」


「店の外なんだから、すぐ戻るよ・・ごめんね、じゃあちょっと、行って来る」


先に外に向かった丹羽を追いかけて、亜季が小走りで向かう。


「・・・ああー可愛い・・幸せそう・・最高」


うっとりしながら振り返ると、志堂の社員が全員狐につままれたような表情になっていた。


部長に至っては、半分魂が抜けてしまっている。


「やややましたが女の子だった!」


「尻尾!尻尾生えてたぞ!」


「あんな嬉しそうな顔見た事あるか!?」


「いやー幻見たかと思った!!」


「山下の旦那、ほんとにいたんだ!」


上を下への大騒ぎな会場に向かって、庄野は高らかに宣言した。


「課長と部長は最初に挨拶もしてるでしょう!?丹羽さんは、亜季を溺愛するハイスペックダーリンなんですよ!」

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