第51話 今更?
仕事場から駅に向かう途中にある貸衣装屋さん。
いつもは素通りするか、チラッと横目に見る程度だった。
勿論、立ち止ってまじまじ眺めた事なんて一度だって無い。
サロンの中で楽しそうに衣装合わせをする年頃の母娘の様子なんて見てしまったら、自分が惨めで居た堪れなくなるから。
ウェディングドレス専門のサロンは、雑誌にも取り上げられた事のある有名店で、品数の多さが売りだとか。
毎週のように変わるショーウィンドウのディスプレイには、毎回華やかな純白のドレスを着たマネキンが飾られている。
一生と言ったら言い過ぎかもしれないけれど、当分は縁の無いお店だと思っていた。
今は、少しは関係があると思ってもいいのだろうか?
☆★☆★
「こっちで仕事だったの?」
「うん、表通りのスーパーのシステム移行でね」
珍しく会社まで迎えに来てくれた丹羽と連れだって歩きながら、今晩のお店を物色する亜季。
デートの予定を決めていた訳では無かった。
今週はお互い忙しいだろうから、週末会えればイイね、位に思っていたのに。
「あたしが捕まらなかったらどうするつもりだった?」
携帯はマメに確認するようにしているけれど、それでも急な会議や打ち合わせだってある。
「とりあえず、19時位までは時間潰すつもりだったけど」
「1時間も!?」
ただいまの時刻は午後18時すぎ。
連絡を受けて、明日に回せる仕事は綺麗に残して会社を飛び出してきたのだ。
亜季が丹羽からの連絡に気付かなかった場合、ひとりでこのあたりで時間を潰すつもりだったと答えた丹羽。
亜季は仰天した。
「な、何か大事な用事でもあった!?」
確か彼は、メールで”時間あるなら夕飯でもどう?”としか書いていなかった筈だけれど。
メールでは言えない大切な用事があったのではないか?
そして、それは、すぐに思い当たる。
この間の事。
”俺は亜季の未来が欲しいよ”
あのセリフを=結婚と直結させて舞い上がった自分。
一足飛びに結婚じゃなくって、ゆくゆくは、とか?
1人で勝手に暴走するなって、釘を差しに来た、とか?
わーあり得る、一番あり得る。
簡単に想像できる、それ。
「用事は特に無いよ。どうせなら夕飯一緒に食べれたらなと思って・・・って、何、1人で悩んでるの?」
百面相する亜季の頬を突いて丹羽が笑う。
「えええええ!?別に、何も無いわよ!」
きっぱり言い切って、視線を逸らす。
用事が無いって事は、あれは無かったこと?
それとも、やっぱり未来を信じててもいい?
一番尋ねたい人物は目の前にいるが、到底確認出来そうにない。
亜季は何とか別の会話の糸口を見つけようと、視線を彷徨わせる。
と、角に見慣れたウェディングサロンが見えて来た。
この道を選んだ事を今更ながら後悔する。
よりによって、今この時に通る道じゃ無かった。
1人なら素通り出来るお店も、今のこの状況だと、どうしても不自然にしかならない。
でも、此処まで来て道を変える訳にもいかない。
「そ、それより、岳明、今日何の仕事で来たんだっけ?」
「え、さっき言ったよ?チェーン店のスーパーのシステム異動・・・」
「あ、あああ!そうだったね。うん、で!上手く行きそう?」
もう店は横断歩道を挟んだ目の前に迫っていた。
亜季は必死に丹羽の腕を引いて気を逸らせようと試みる。
けれど、それが逆に裏目になった。
赤信号で立ち止まったと同時に、丹羽が正面のお店に気付いた。
「こんなトコにお店あるんだなぁ・・・」
初めて見るお店に興味を示した丹羽が、促すように亜季に視線を送る。
と同時に亜季が視線を思い切り逸らした。
「・・・」
「亜季、この店知ってる?」
「ええーっと、あんまり通らないし!」
「この道使って会社行ってるんじゃなかったっけ?」
「道はこのほかにも色々あんのよ!あ、もう青になるよ、ほら、行こう」
丹羽の腕を引いて横断歩道を勇み足で歩き出す。
大股ですたすた歩いて、店の前を素通りしようとして、失敗した。
丹羽が足を止めたのだ。
「着たいドレス無いの?」
「っえ!?」
丹羽の口から出た一言に亜季がぎょっとなって問い返す。
丹羽が肩を竦めて笑った。
「あからさまに避けるなんて、気付いてくれって言ってる様なもんだよ。分かり易過ぎるよ、亜季」
「ち、違うの、ほんとに、そんなつもり無くって!」
「この間の事、冗談だって思ってる?」
「それは・・・」
「俺があの話、前言撤回させてって言うと思った?」
「・・・」
「そこで黙りこまないでよ、頼むから」
無言の亜季の手を握って丹羽が視線を下げて来る。
「俺は本気だよ」
「俺が予告なしで会いに来たから、色々心配したんだとは思うけど・・・」
「・・・」
「やっぱり・・・」
亜季の顔を見て、丹羽が溜息を吐いた。
「この間も、何も言わなかったから、亜季は本気にしてないのかと思ったけど。俺が、本気じゃないと思った訳だ」
「そんな事無い!・・・無い・・・けど・・・真に受けて先走るのは駄目だなって分かってるんだけど・・・やっぱり意識しちゃって・・・確かめるのも怖いし・・・あ、でも、口約束だけでも嬉しいの。将来考えてくれてるって事だけでも、十分嬉しかったから。岳明の事信じてるし・・・」
話せば話す程、自信が無くなっていく。
尻すぼみになりそうな亜季の言葉を繋ぎとめるように、丹羽が亜季の肩を掴んだ。
「ちょっと待って、ストップ」
「・・・なに?」
「それは亜季の主観でしょ。亜季が考えてる俺の気持ちは良く分かった。でも、俺の気持ちは変わってないよ。冗談で、言えるセリフじゃないでしょ。俺は十分そのつもりだよ。それでも亜季はいつか、何て言って逃げるの、今更?」
畳みかけるように言われて、亜季は呆然と丹羽の言葉を聞いた。
「えっと、いつかって・・・のは無いってのは・・・それって・・・」
パニック状態の亜季を落ち着かせるように、背中を撫でて、丹羽が目を細める。
「俺がちゃんと言えば良かったんだな。逆に、色々悩ませたみたいでごめん」
「え、待って、何が・・・」
1人状況についていけない亜季は目を白黒させる。
「先延ばしにするつもり無いよ。だから、さっきのも本気で訊いた。雰囲気いい店だし、覗いてみようか?」
「ドレス!?」
素っ頓狂な声を上げた恋人の手を引いて、丹羽はゆっくりと店の方へと歩き出す。
「他に何かあるのかな、この店」
「・・・な、無いと思うけど・・・」
「ちなみにサプライズとか期待する方?」
「え?」
「色々考えようと思ったけど、待たせれば待たせるだけ不安になるみたいだから」
嘆息して、丹羽が亜季の指先をそっと撫でる。
サロンの自動ドアの手前で立ち止まった彼が、真っ直ぐに亜季を見つめて言った。
「俺のために、ウェディングドレス着てくれますか?」
「・・・っ」
丹羽の言葉が耳から脳に行きわたって体中を巡り始める。
返事はいきなりすぎて声にならない。
亜季は馬鹿みたいに何度も何度も頷いた。
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