第70話 器用
短くても巻けますよ!!
馴染みの美容師からの助言で購入したヘアアイロン。
極々まれにピンで飾る事はあったけれど、自ら進んでカーラーで巻いたり、コテを使った事は無かった。
「で、難しい顔してるわけ?」
「だって、襟足とか火傷しそうじゃない!?」
「そんなに心配しなくても」
眉を上げて可笑しそうに丹羽が笑う。
亜季は唇を尖らせて、眉根を寄せた。
お世辞にも器用とは言えない自分の手先。
それでも、やってみようと決めたのだ。
鏡越しに綺麗にゆるふわヘアを作ってくれた美容師の言葉を思い出して、亜季は自分を奮い立たせた。
「よっし・・っ」
設定温度になったと知らせるアイロンを手に掴む。
まずは横髪をリバースにして・・・
と、横から覗き込んできた丹羽が、亜季の手からアイロンを取り上げた。
「髪挟んで巻くの?」
そう尋ねてくる。
「・・・え・・・うん・・・・」
亜季の返事に、丹羽がアイロンを広げたり閉じたりを繰り返して頷く。
「だいたい分かった」
「え・・・ちょっと」
「火傷したら危ないし、俺がやってあげるよ」
「・・・嘘・・・出来るの!?」
「たぶんね・・・亜季が恐る恐るやるよりいいんじゃない?」
丹羽が亜季の横髪を器用に掬った。
アイロンで挟んでその向きに捩じる。
「これ、みんな同じ方向?」
「えっと、内巻きと、外巻きを、適当にランダムで・・・」
つい美容室のように注文を付けてしまう。
けれど、丹羽はとくに困った素振りも見せずに、髪を巻き始めた。
まさか、自分の夫に髪を巻いて貰う日が来るとは・・・
亜季は、大人しく様子を見守りながら、内心溜息を吐いた。
髪もろくに負けない妻ってどうよ!?
明らかに岳明のほうが器用だし、家事も料理も何でも出来るし・・・・もし、メイクとかも上手かったらどーしよ・・・
むしろ、あたし必要ないんじゃ・・・
何だかだんだん自信がなくなってくる。
と、黙り込んだ亜季の様子に気づいた丹羽が、顔を覗き込んできた。
「なに?上手く行ってない?」
「えっ、違う・・・めちゃくちゃ上手い・・・あたしよりずっと・・・」
「何で凹むの、そこで・・」
丹羽が肩を竦めて笑った。
「何でも出来る旦那様だなと思って」
「なら、凹まずに誉めてよ」
「そーなんだけど・・・あたしって、ほんっと女として駄目だわ・・・」
亜季はトホホと肩を落とした。
「亜季の苦手な事は、俺が出来てれば問題ないじゃない?」
「え・・・」
「夫婦ってそういうもんだろ」
「そう・・・かな・・」
「うん。だから、亜季はやってもらえてラッキー位に思ってればいい」
丹羽は亜季を持ち上げるのも上手い。
いつの間にか自信を取り戻した亜季が、小さく笑みを浮かべた。
「よし、今後は反対・・・っと」
丹羽が反対側に移動して、同じ様に髪を巻き始めた。
癖づいた髪を指でほぐしながら、亜季が上手に出来てる!と感想を口にする。
「すっごい、上手よ!あたしより絶対上手い!」
「そう?・・なら、いいけど・・・」
「これから髪巻くときはお願いしてもいい?}
「いいよ・・・でも、それより、俺が気になってるのは・・・」
アイロンに髪を挟みこみながら、丹羽が言いよどんだ。
言葉を探す様に黙り込む彼に、亜季が上目使いに問いかける。
「なに・・・?」
「いや・・・このアイロン買ったのって・・・その・・・」
「うん」
「この間・・・相良さんにヘアピン買って貰ったから?」
「・・・え?」
「いや・・・別にいいんだけど」
丹羽が視線を逸らして、止めていた手を動かし始める。
「・・・美容室に行ったからー」
気にしていない、とあんなにハッキリ言ったくせに、やっぱりあまり面白くなかったらしい。
こみ上げてくるくすぐったい気持ちを抑えるように、亜季は息を吐いた。
丹羽の嫉妬は心地よい。
例えるなら、甘噛みとか、爪の先で肌を軽く引っ掻く感じ。
決して亜季を傷つけず、適度な強さで心を揺さぶる。
それも、絶妙のタイミングで。
「武内さんが、短くても巻いたら雰囲気変わって可愛いって言うから」
「ああ、いつも言ってるあの美人の美容師さん?」
「そう。髪をいつも綺麗にアレンジしてるのよ、あの子。いーなーって言ったら、出来ますよって言うから・・・買っちゃった、それだけよ。相良は関係なし」
アイロンが離されると同時に振り向いて、
亜季が笑う。
「安心した?」
「ごめん・・・」
丹羽が照れくさそうに溜息を吐いて、亜季の唇に甘いキスを落とした。
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