第72話 カキ氷

提灯の明かりが照らす神社の参道。


海沿いにあるので、潮風と波の音が絶え間なく押し寄せてくる。


家族連れやカップルが行き交う中、両脇にずらりと並んだ屋台をきょろきょろして、亜季は目当ての店を見つけた。


「あったわ。岳明、ちょっとこっち寄って」


繋いでいた手をぐんと引いて、亜季が参道から外れる。


目的地へ向かう妻に引っ張られながら、丹羽が問いかけた。


「なにが?」


「カキ氷」


「ああ・・・気に入った店があったんだ?」


さっきから同じようにカキ氷を売る屋台を何軒も見たが、亜季は立ち止まろうとしなかった。


これまでの店と何が違うのか?


丹羽が怪訝な顔をする。


浴衣でも歩くスピードが落ちないのは、目的地しか目に入っていないからなのか。


「ここ、ここ!!見て、ほら、ただのカキ氷じゃないのよ」


自慢げに言って亜季が看板を指差した。


そこには、フルーツカキ氷の文字。


「どういう・・・ああ」


屋台に視線を向けた丹羽が、合点がいったように頷いた。


カットされたフルーツを、カキ氷の上にトッピング出来るようになっているらしい。


「普通のより、ゴージャスで、いいと思わない?」


「毎年食べてたの?」


「いつか食べたいな、と、思ってたのよ。去年は横目に見て、佳織とビールで乾杯した。きっとひとつは食べきれないだろうし」


肩を竦めて笑った亜季が、付き合ってくれる?


と丹羽を見上げて微笑む。


浴衣に合わせて編み込みにした横髪と、涼しげな蜻蛉玉のピアス。


亜季の精一杯の努力。


花火大会に行くなら、やっぱり着るべきでしょう!


と気合を知れていた数時間前の彼女を思い出して、丹羽は鷹揚に頷いた。


「喜んで」


「ほんとに?良かったー。何味にしようか、ずっと考えてたのよ。昔と違って、いろんな味があるから。ほら、見てー、オレンジ、夏みかん、青りんご・・・コーラにカルピス、カシス!」


色とりどりのシロップがテーブルに用意されており、かけ放題になっているらしい。


「凄いな・・・」


まさか普通のジュース並に種類が豊富だとは思いもしなかった。


少々面食らった丹羽が、メニュー表を見て呟く。


「これ、選ぶのも相当大変じゃない?」


「そうなの。だから、今回は前から気になってたのにする」


亜季は青りんごを選んだ。


カットフルーツが乗せられたカキ氷を受け取った亜季が、たっぷりと、黄緑色の青りんごシロップで白い氷を染めていく。


「これって、上手に食べないとフルーツが落ちるのね・・」


欲張って、フルーツ大盛りで!なんて言うんじゃなかったと亜季が苦笑いした。


調子に乗ってリクエストしたが、山形になったカキ氷は、バランスを崩すとあっという間に地面に落下してしまう。


慎重にストロースプーンで氷を溶かしていく。


「よし・・・みかん食べる?」


掬い上げたみかんと氷を丹羽に向かって差し出す。


「先に食べていいの?」


「いいわよ、どうぞー」


「じゃあ、頂きます」


「どう?青りんごの味する?」


「ああ・・・ほのかにするな」


「そう!良かった」


「他にも気になってる味あっただろ?どれが気になった?」


「んー・・・どれって言っても・・」


亜季がフルーツと氷をかき混ぜながら難しい顔をした。


サクサクと涼やかな音がする。


青りんごの海に、フルーツが飛び込んでいく。


「コーラ味は、何となく想像ついたから、夏みかんと、カシスも気になったかな」


半分ほど解けたカキ氷を漸く口に運んで、亜季が微笑んだ。


甘くて、ほんのりリンゴの味がする。


カットフルーツは、みかんとパインと桃だった。


「毎年一個ずつ、順番に制覇していくってのはどう?」


「・・・」


「来年来る楽しみが、増えたり・・・しないかな?」


首を傾げてにやっと笑った丹羽が、亜季の手にしていたカップに突き刺さったままのストローに吸い付いた。


「・・・青りんごジュースはイマイチだな」


そんな感想を呟いて、カキ氷を亜季の手から取り上げた。


「で、俺の提案には乗ってくれるの?くれないの?」


「・・・来年も、浴衣着るのに、すっごい時間かかるけど・・・待っててくれるならね」


「もうちょっと事前に練習するってのは?」


「わざわざ!?」


「ぶっつけ本番でやろうってほうがどうかしてるだろ。着なれてないのに」


呆れた顔で言って、丹羽が、すかさず笑みを浮かべる。


「でも、ちゃんと着こなしてるのは流石。似合ってるよ」


「・・・」


怒るタイミングを逃した亜季が唇を尖らせて眉根を寄せる。


僅かに屈んだ丹羽が、亜季の唇にキスを落とした。


「着付けの練習なら、手伝うよ?」

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