第83話 ノエル

松ぼっくりを持ち上げて、丹羽が懐かしいねと微笑んだ。


「これって買うものじゃなかったんだ」


テーブルに所せましと並べられたワイヤーやボンド、飾りつけの木の実やリボン。


手順が表示されたタブレットを確かめながら、リース台に飾りを配置していく亜季。


「一般的には買うものだと思うのよ、一般的にはね」


「一般的じゃないのが欲しくなったとか?」


「丹羽家オリジナルってのがあってもいいかなー、なんて思ったの」


オーソドックスなリースは、柊の葉や木の実が飾られたものだ。


市販品として、どこのお店でもよく見かける。


今年も玄関に飾るものは購入する予定だったのだ。


TVのホームメイド番組を見るまでは。


身近にある材料で、オリジナリティあふれる素敵なリースが出来るんです。


なんていう講師の言葉を真に受けて、いそいそと手芸店に買い出しに行ってきた。


さまざまな材料が揃っている店内を練り歩いて、リース作りに使えそうなアイテムを探すのは、宝探しのようでわくわくした。


リース作りに細かなルールは無くて、紙で作るものや、毛糸で作るもの、ヒモで作るものまで、種類はさまざまだ。


ひとまず、一番メジャーなタイプの蔓を丸めたリース台を購入して、アクセントになる赤いリボンも選んだ。


金の縁取りのある上品なベルベッドのリボンだ。


飾りとなる木の実や松ぼっくりは、近所の公園に探しに行った。


散歩することはあっても、足元をじっくり見て歩く事なんてそうはない。


小ぶりで綺麗な松ぼっくりを探すのは子供の頃以来だった。


「手作りしようって決めたら、色々楽しくなってきちゃって」


「みたいだね」


丹羽は改めて作業台と化したテーブルの上を確かめた。


亜季の前にあるリース台は1つだけ。


それに対して、飾りつけ用のアイテムが多すぎる。


どんぐりや松ぼっくりは、どこにつけるのか?という位大量に用意されていた。


これも、これも!とはしゃぐ亜季の姿が目に浮かんで、微笑ましい気持ちになる。


「でも、手作りのクリスマスアイテムって面白いかも。うちだけの、ってがいいね」


「岳明も一緒に作ろうよ」


「俺に手伝えることある?」


「結構力仕事なのよ、穴開けたり、ワイヤー通して結んだり」


亜季がタブレットを操作して、木の実にワイヤーを通す画像を指差す。


丹羽が横からそれを覗き込んで、確かにちょっとした日曜大工だ、と笑った。


「それなら良かった」


邪魔になるなら見学だけしていようかと思ったが、仕事があるなら不参戦する理由はない。


早速亜季の隣に腰掛けて、一緒になってリース台に飾りを載せてみる。


「色合いとか、バランスを見て、先にある程度大きいアイテムの配置を決めておくといいって」


「じゃあ松ぼっくりかな?」


「よね、あと、このちっさいどんぐりも添えて」


「リボンはどうする?」


「ぐるっと巻きつけたいんだけど・・・あ、じゃあリボン巻いたほうがいいかな・・」


「その方がよさそうだね。あとで飾りを留めるほうがいいかも」


「じゃあそうする。二人のほうが巻き付けやすいし・・」


メートル買いしたお気に入りのリボンを引っ張って、亜季がリース台に巻き付けて行く。


それを指で押さえてやりながら、丹羽がクリスマスカラーだね、と笑った。


「このリボンね、一目惚れしたの」


「綺麗な赤だし、金の縁取りって珍しいなー」


「うん、もう絶対我が家のリースにはこれしかない、と思って」


「丹羽家のクリスマスリース、第一号だ」


「いいでしょー?たまにはこういう有閑マダムっぽい趣味もね」


専業主婦が自宅に友人を招いて、編み物や料理をしたり、というのはよく聞く。


が、亜季は一度も主婦仲間で集まってお稽古事をしたことがなかった。


結婚して初めて見る妻の姿に、丹羽がそういえば、と切り出した。


「亜季、手芸とか好きなの?」


「・・・まさか」


ばっさりと切って捨てた亜季が、肩を竦めて笑う。


手芸店なんて、高校時代家庭科の課題でマフラー作りをした時以来初めて行ったのだ。


ホームメイド好きの素敵な奥様は憧れるけれど、とてもそういうタイプにはなれない。


「・・・針と糸、とかは苦手だけどー」


「うん?」


「ボンドとワイヤーなら、なんとか・・?」


「そんな困った顔しなくていいよ」


微妙な表情の亜季の頬を突いて、丹羽が微笑む。


「亜季が楽しいと思える事をしてくれたら、それでいいから。


無理じゃない範囲で楽しんで」


「このリースが素晴らしい出来栄えだったら、来年も挑戦する」


「俺も参加できるやつなら、2人で作れるからいいよね」


「共同作業?」


「ケーキカット以来のね」


丹羽が助手代、と呟いて亜季の頬にキスをした。

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