絶対不可能恋愛

宇月朋花

恋人編

第1話 オンナの意地

大親友の辻佳織(新姓・樋口)と同期の悪友樋口紘平が紆余曲折を経て無事に結婚した。


影の立役者となった山下亜季と、樋口の親友である相良直純は、2人揃って彼らの結婚式を見届けた事で漸く肩の荷が下りた。


これで、あのハタ迷惑な愛すべき2人に振り回されなくて済む。


周りにはバレバレの相思相愛状態。


そのくせに本人達だけは気づかない。


ありがちなパターン。


些細な喧嘩をするたび、呼び出されては佳織の愚痴に朝まで付き合った日も今では懐かしい。


佳織のウェディングドレス姿は、お世辞抜きで本当に、本当に綺麗だった。


”泣かない”と最後まで意地を張って言い切った彼女だけれど、やっぱりチャペル入場の時点で佳織は泣き崩れた。


言うまでもなく、参列しているこちらまでもらい泣き。


亜季のカメラには、愛情に満ちた表情で佳織の涙を優しく拭う樋口と、普段の強気を忘れ去って、珍しくされるがままな佳織のベストショットが納まった。




「これで漸く面倒な2人が片付いたなー・・」


二次会後の帰り道でしみじみと相良が言った安堵の一言。


すかさず


「ほんっと。せいせいしたわ」


と笑って答えたけれど、言葉とは裏腹に亜季の心は複雑だった。




式の準備や二次会のサポート。


そんな慌ただしい毎日でも、一緒に過ごす時間があるだけで十分幸せだったから。


挙式披露宴と二次会が終われば、亜季と相良を繋ぐ接点はまた、ただの“同期”に替わる。


それだけが、亜季の心を曇らせた。


無謀すぎる片思いだった。


大親友の佳織にだって打ち明けたことなど無い。


誰にも言わずに、ひたすらに秘めた恋。


樋口の九州転勤をきっかけに生まれた亜季の密かな思い。


この気持ちは、相良に可愛い彼女が出来ても少しも揺らがなかった。


同期、というのは便利なもので、それだけで社内でも社外でも顔を合わせる機会が増える。


気持ちを伝えることが出来なくても、些細な会話を紡げるだけで、まるで子供みたいに無邪気に胸は弾んだ。


誰かを思う気持ちだけで、こんなに心持ちが変わるのかと思うほど、毎日がキラキラしていた。


けれど、社歴を重ねるごとに相良の社内での人気は高まる一方で、食堂での噂話に平静を装いながらハラハラする毎日。


恋心はおくびにも出さず、彼を取り巻く恋愛事情だけを集め続けていたら、いつの間にか社内の人間関係を完全把握する女帝と言われるようになってしまった。


どれだけ年月が経っても、亜季と相良の関係は一ミリも変わらない。


”叶わない”ことは最初から分かっていた。


そもそも、好きだと気づいた時点から告白しよう、とか、この人と付き合おうとか、そんなことすら思い浮かばなかった。


ただ、とにかく、好きだった。


いつか、相良は可愛い人を見つけて幸せになるだろう。


でも、それでいいのだ。


この、心地よい距離で、ずっと相良の良き同期で、飲み仲間で、相談相手であり続ける。


それ以上なんて望むつもりもなかった。





九州へ向かう樋口を見送った後、泣きじゃくる佳織を半ば抱えるようにして連れて帰ったあの夜。


目を腫らして眠りに着いた佳織の傍らで途方に暮れる亜季の携帯に連絡をくれたのが彼だった。


”大丈夫か?”


開口一番聴こえてきた言葉。


月明かりが照らす佳織の寝顔を振り返る。


「・・・泣き疲れて寝ちゃったわ」


掛け布団にしがみつくようにして眠る佳織は、そうしなくては、自分を支えられない彼女の心の中が透けて見えるようだった。


痛々しい程に疲れ切ったその様子を直視出来ずに、すぐさま薄暗い室内に視線を戻す。


どれ位時間が経てば、佳織の心の傷は癒えるだろう、それまで自分は彼女を支えて、守ってやれるだろうか。


次々に浮かんでくる不安と疑問。


そんな亜季に、相良が口にした言葉は。


”そうじゃなくて、お前が”


わんわん泣いた佳織でなく、佳織を慰める言葉が浮かばずただ彼女を抱きしめることしかできなかった亜季を気遣う問いかけだった。


どうしようもないもどかしさ。


これからの不安。


ごちゃまぜの感情。


誰にともなく呟いた”落ち着かなきゃ”


あたしが焦ってどうする。


あたしが、佳織を支えるんだから。


何度も、そう思った。


そんな亜季を相良は心配したのだ。


必死に平気な顔して、佳織を抱きしめた亜季をちゃんと見ていてくれた人。


不謹慎だけど、一気に恋に落ちた。


言えなかった想いに泣き崩れた佳織には到底伝えられるはずもなかった。


だから、密かな片思いも失恋も、佳織はもちろん、誰も知らない。




★★★★★★



ここ最近、緒方の機嫌がすこぶる良い。


理由は明白だ。


彼女と順調だから。


どうやらプロポーズに成功したらしく、結婚へ向けて一直線らしい。


彼の機嫌と比例するように大型案件を二件も一人で纏めて来たから、可愛い恋人の効果は偉大だ。


部下への仕事の指示も今まで以上に更に的確で、部署の営業成績も文句なし。


上がり調子の上司を横目に、右腕である部下の丹羽は呆れ顔で笑う。


「高階が困ってましたよ」


喫煙ブースの一角でポケットから取り出した煙草に火をつけながら緒方が応える。


「なんで」


「課長の機嫌取れって言われるって」


「・・・・」


「課長の機嫌は高階に直結してるってバレてるんですよ」


「なんだそれ・・」


「あながち嘘でもないでしょ」


肩を竦めて見せた丹羽を睨み返して緒方が呟く。


「しょーもないことを・・・お前も他人の事言う前に彼女作れ」


丹羽にここ1年ほど特定の彼女がいないことを把握済みの緒方が嫌み交じりに言う。


今まさに公私ともに絶好調の上司に何と切り返そうか思案した直後に、喫煙ブースに同じ営業部の社員が顔を出した。


「橘さん」


隣の島の営業二課の課長代理だ。


丹羽の呼び掛けに気づいた橘が煙草片手に挨拶を返す。


「お疲れー。緒方さんもお疲れです」


「おー・・・」


同じように片手を上げた緒方が橘と丹羽を交互に見てなにやら難しそうな顔をする。


長年の付き合いで、緒方に関しては勘が鋭くなっている丹羽は嫌な予感を覚えた。


なんだか良からぬ事を考えているに違いない。


緒方の洞察力の鋭さには頭が下がるが、気を回しすぎるきらいがある。


丹羽が牽制をかけようと緒方の方を向き直った、次の瞬間。


にやっと笑った緒方がとんでもない提案をした。


「橘、お前んとこのカミサン、志堂本社の勤務っつってたよな?」


志堂本社と言えば、宝飾品メーカーとして有名だ。


関西に本社を置く老舗ブランドで、最近は全国展開に続いて、海外出店もしており、店舗は増える一方という右肩上がりの地元優良企業だった。


志堂一族が興したグループ企業で働く丹羽にとってはかなりお馴染みの会社である。


「え・・あ、はいそーですけど・・」


「飲み会、企画してくれ」


「え・・・?緒方さん、社内恋愛中って噂が・・」


ぎょっとなった橘に向かって、緒方が笑って隣にいる丹羽を指差して続ける。


「俺じゃねぇよ。俺の私生活はいたって順調。おかげさまで順風満帆だ。今回の企画は、独り身な丹羽の為に」



★★★★★★



志堂本社の茶道部部室では、久しぶりにフルメンバー(暮羽、友世、舞)が揃ってお抹茶を愉しんでいた。


そんな、静かなひと時に嵐を呼びこんだのは舞の”飲み会のお誘い”だった。



「ええー!!飲み会!?」


「そうなの。徹・・うちの旦那さんが、メンバー集めろって」


友世の言葉に頷いて、舞が夫であり志堂グループ会社の営業マンでもある徹が営業部の先輩に下された指令を説明する。


「あたし・・・行っても良いけど・・もちろん、人数合わせならね」


「瞬君怒らない?」


「・・わかんないけど・・黙って行くのはちょっと・・」


「だよねー・・・とりあえず、フロアの女の子に当たってみるつもりなんだけど。暮ちゃんも、同期の子、とかに声掛けてみてくれる?」


「わかりました。何人集めるんですか?」


「とりあえず、4対4の予定」


「それはもちろん、橘夫妻込みだよね?」


「その予定。だから、女の子3人呼びたいんだよねー。でも、徹と年近い人が多いみたいだからやっぱりこっちもそれなりに合わせなきゃだし・・」


「大変だねー・・」


しみじみ呟いた友世は、帰ってすぐに瞬にこの話をした。



☆★☆★



「飲み会?」


予想通りの剣呑な返事が携帯越しに返って来る。


友世は苦笑いしながら言った。


「誰か、彼氏いない女の子いないかって。舞もすごく困ってて・・・人数合わせなら、行って来てもいい?」


時刻は深夜0時過ぎ。


そろそろベッドに入らなくてはならない。


眠る前の話題としては相応しくなかったかもしれない。


「だめ」


すかさず素っ気ない返事が返ってきた。


「けど、人数・・」


「それなら、俺がなんとかするから。絶対不参加、約束してよ?」


念を押すように瞬が言った。

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