第99話 お花見と妻自慢


「お花見なんて久しぶりー」


広げたレジャーシートの上で伸びをした亜季が、夜桜を見上げて目を細める。


「仕事忙しそうだったから無理だと思ってたけど、もしかしなくても無理させた?」


脱いだ上着を亜季の膝に掛けた丹羽が、心配そうな顔を向けて来る。


正直に言えば無理は、した。


でも、やれる範囲の無理で、無茶はひとつもしていない。


「平気、平気」


ひらひらと手を振って安心させるように丹羽の肩を叩く。


何か言いかけた丹羽が、飲み込んで亜季の短い襟足を優しく撫でた。


「忙しいのはあたしより岳明の方でしょ?よくもまあこんなド平日に花見しようなんて言いだしたわね、そっちの会社」


「緒方さんは、言い出したら聞かない人なんだよ。新年度も始まったばかりだし、ゴールデンウイーク前の駆け込みに備えて、全員で騒いでおこうってさ。誰より働いてる人が言い出しっぺじゃ、部下は付いて行くより他ないだろ?少なからず、俺はあの人に恩があるし」


丹羽が含みのある言い方をして、亜季に柔らかい眼差しを向ける。


緒方は亜季とも面識があるし、彼の人となりは丹羽からよく聞かされている。


上司としても男としても頼れる好人物、というのが亜季の中での印象だった。


「仕事で色々助けて貰ったんだ?」


仕事にやりがいを見いだせるかどうかは、自分の努力もさることながら、周りの人間の影響が大きいと亜季は思っている。


職人気質の上司たちは小難しい中年男性ばかりだが、ぶっきらぼうでもちゃんと部下を守ってくれる。


事務処理は全て亜季に一任という丸投げ方式には頭を抱える事もあるが、頼られる事にやりがいを見出す亜季には打ってつけの職場だ。


同期にも恵まれているし、可愛い後輩もいる。


多少のトラブルならどうにか出来る自信が持てるのは、やっぱり置かれた環境が恵まれているからだ。


同じように丹羽が緒方に対して信頼を寄せているのが分かるから、亜季としてもすごく嬉しい。


良かった、という気持ちそのままに笑顔を浮かべたら、どうしてか丹羽が微妙な表情になった。


「あれ・・違うの?別の事?」


首を傾げる亜季に、丹羽が呆れた顔でため息を吐いた。


「・・・あのさ、俺たちがなんで知り合ったか覚えてる?」


「え・・・あ・・・ああ!」


緒方は、最初に丹羽と亜季が出会った合コンをセッティングするように、橘に頼んだ発案者だった。


ジト目で見つめて来る丹羽の視線から逃げるように、膝の上に掛けられた上着を引き上げる。


「緒方さんの一言が無かったら、俺たち出会ってないし、結婚もしてないだろ」


「お、覚えてる!覚えてた!でも、緒方さんが発起人ってとこはすっぱ抜けてた・・ごめん。出会った後からの出来事のほうが、色々あり過ぎて、きっかけまで記憶補完が・・・」


しどろもどろに言い訳を口にする亜季の頬を指で突いて、丹羽が胡坐をかいた膝の上に頬杖をついた。


「いいよ、分かってる。俺はそういうサバサバした所も好きだし」


「っ・・あ・・・ハイ・・・どうも」


記念日に疎くて、家事も苦手な妻で本当にすみません。


「固まるんだ・・」


意外だったようで、丹羽が面白そうに口元を歪めた。


「他にどんな態度取れってのよ」


「いやー・・普段の亜季なら言い返すかなと」


「撥ねっ返りな嫁でごめんなさいね」


「慣れてますのでご心配なく」


「っ!!」


思わず丹羽の肩を叩き返す。


慣れてるのは分かってるけど、何も今言わなくていいのに。


離れる前に亜季の手首を捕まえた丹羽が、肩の力が抜けた亜季の顔を覗き込んだ。


「緊張はほぐれた?」


「っ気を遣わせてすみませんねぇ・・・」


夫の会社のお花見に本当に参加して良いものかと待ち合わせの駅に向かいながら何度も迷った。


営業部の社員とその家族も呼んでのお花見は毎年恒例らしく、夏にはバーベキューに出かけるらしい。


亜季も仕事の都合がつくなら、ぜひおいで、と呼ばれていたが、迎えに来てくれた丹羽と合流してからも、ずっと落ち着かない気分だったのだ。


亜季の緊張も戸惑いも、綺麗に見透かされていた。


少し離れた場所では、同じように会社員たちがレジャーシートを広げて花見を楽しんでいる。


丹羽亜季として、どんな顔でいればよいのか分からない。


不安が顔に出ていたらしい。


丹羽が亜季の前髪をかき上げた。


「いつも通りでいいんだよ。気負う事も緊張する必要もない。俺と一緒にいる時の亜季で大丈夫だから。とりあえず、眉間の皺は取ろうな。緒方さんの嫁が、えらく亜季を気に入って、会いたい、会いたいって騒いでたんだ。だから、そんな不安そうな顔はやめて、肩の力抜いて、ほら」


ぽん、と丹羽が亜季の背中を叩いた。


ここで問答をしても仕方ないので、素直に深呼吸をする。


緒方の妻になった女性は、亜季とも面識があった。


とは言っても、丹羽の会社を訪れた際に、挨拶を交わした程度だ。


世間話すらしていない。


自慢じゃないが亜季は後輩の女性社員にモテる。


それは、亜季の捌けた拘りのない温和な性格と、面倒見の良さが起因している。


けれど、そのどちらも緒方優月には発揮されていない。


いったい何を以て、丹羽亜季に会いたいと言っているのか?


目を開けて、真上に被さるように伸びている桜の枝を見上げた。


夜空をバックに大きく花開いているものや、蕾を綻ばせているもの、まだ固く閉ざされたままのものまである。


どれもみんな綺麗で、ライトアップの明かりを受けてまろやかに照らされて風で舞う花びらは幻想的な美しさだ。


歩きながら眺める桜も綺麗だと思うけれど、こうしてじっくり眺めると、また違った趣がある。


早咲き遅咲きに関わらず短い命を精一杯謳歌する姿には心を打たれる。


散り行く小さな花弁を目で追うと、隣にいる丹羽が目に入った。


亜季の視線につられるように桜を見上げているその横顔は、冷静に見てもかなり整っている。


最初に出会った時の印象が最悪過ぎて、容姿に着目する余裕なんて無かった。


彼とのやり取りの中で、人となりを知って、惹かれてこうして結婚したわけだが、改めて客観視すると自分と並んだ時の差に愕然としてしまう。


丹羽は他人の視線に慣れているけれど、亜季はそうではない。


まじまじと見つめられると落ち着かない気分になる。


数多の好奇の目に晒された事がないから、尚更だ。


飄々と視線の中を泳いで、亜季に向けて穏やかに笑いかける丹羽の存在は、人込みでも目立つ。


けれど、彼はそれを少しも気にしない。


ああ、そうか、緒方嫁が会いたがった理由は、コレだ。


「なに?何か閃いた?」


視線を感じたのかこちらを振り向いた丹羽、軽く首を振る。


「いいえ、別に。丹羽亜季として精一杯頑張るだけですから」


あの、丹羽岳明の妻、だから、緒方優月は興味を持ったのだ。


がっかり度合い50%位で収まるように努力しよう、うん。


ぐっと拳を握る亜季に、怪訝な表情を向けた丹羽の向こうから、こちらに向かって手を振る集団が見えた。


「丹羽さーん!亜季さーん!」


すぐに分かった、あれが緒方優月だ。


丹羽のオフィスを訪れた際に何度か挨拶をしたことがあった。


駆けだそうとして、手にしていた袋を隣の緒方が慌てて取り上げている。


小走りにやって来た優月は、亜季に向かって笑顔を向けた。


「来て下さったんですね、嬉しい!ちゃんとお話したかったんです!緒方優月です」


値踏みされるかと思いきや、満面の笑みを向けられて、思わず戦意喪失してしまう。


面食らいながらも姿勢を正して頭を下げたのは、大人の女の意地だ。


「お招き有難うございます。いつも主人がお世話になっております。妻の亜季です」


亜季の挨拶に、優月がしまった、という顔になった。


「こ、こちらこそ、緒方がお世話になっております」


慌てて付け加えられた一文に、身構えていた気持ちが綺麗に緩んだ。


相手の出方を伺うどころか、好意しか感じられない。


何人も後輩を育てて来たから分かる。


この子は、素直で良い子だ。


最初に丹羽の会社で会った時より僅かに大人びて見えるのは、指に光る結婚指輪のせいだろうか。


裏表のない笑顔は好感が持てるし、彼女の持っている雰囲気がさらに優月の魅力を増している。


緒方が側に置いておきたがるのも分かる気がした。


亜季は逆立ちしたって出せない、癒し系オーラというやつだ。


「堅苦しい挨拶はもういいだろ。こんばんは、えーっと、亜季さんでいいかな?」


「はい、勿論です。ご無沙汰しております。緒方さん。いつも主人がお世話になっております」


「いやいや、優秀な部下で頼もしい限りです、なあ」


茶化すような視線を向けられた丹羽が、肩を竦めて笑う。


「やめて下さいよ。俺別に亜季の前でイイ格好しようなんて思ってませんから」


「元が良い男は狡いよなぁ」


やれやれと夜空を仰いだ緒方に、同じタイミングで到着した同僚たちも乗っかって来る。


「俺なんて喫煙所でしょっちゅう丹羽連れて飲み会しろって言われるんだぞ」


「ああ、それなら、僕も言われましたよー合コンどうですかって」


「もういいってその話は。亜季も、話半分に聞いていればいいから」


呆れた顔で苦言を呈した丹羽に頷いて、亜季は駅前で買ったビールを緒方に向かって差し出した。


「王道ですみません。皆さんビール飲めます?」


「気を遣わせて申し訳ない。ゲストで来て貰っただけで十分だったのに・・・おーい、みんなー丹羽の自慢の嫁からビールの差し入れだぞー」



緒方の声を皮切りに、隣のシートで陣取っていた営業の面々が一気に亜季の元に押し寄せて来た。


「おおーこれが噂の丹羽の細君かー」


「もっと早くお会いしたかったんですがね、丹羽が見世物にする気はないって拒否するから」


「あの営業イチのモテ男が唯一必死に追いかけた女性なんですよね!」


「結婚前もマメだったけど、結婚してからさらにマメさが度を増しててさあ、暇さえあればスマホチェックしてんだよ、丹羽のやつ。奥さんも忙しいとは思うけど、ちょくちょく連絡してやってくださいよー」


「嫁の話聞かせろって言っても、いっつも適当にはぐらかすこいつが、珍しく酔っぱらった時にね、亜季さんの話をぽろっと漏らして、まーそん時のにやけ顔が凄くて」


「あー!それ覚えてますよ!部長飲み会の時でしょ!デレッデレの顔で、奥さんの事話してましたよね。スマホにこっそり撮った写真入れてるって話でしたよー」


次々と繰り出される会社での丹羽の情報に、頭が追い付かない。


とりあえず、噂の細君ではないと思うし、見世物にされる価値がないから、丹羽の判断は間違っていない。


営業イチのモテ男、というのは初耳だけれど、納得できる。


さっきから周りの花見客の視線をちらほらと感じていたし、この顔で物腰穏やかな丹羽が営業で回ってきたら、対応する受付嬢はかなりテンションが上がるとも思う。


残念ながら、女子力とは程遠い場所に生息していたので、マメな方ではないし、学生カップルのように暇さえあれば可愛いスタンプと単語でコミュニケーションを取れるような器用さも持ち合わせていない。


スマホのメッセージは、連絡事項を伝える目的でしか使用できないレベルの女で本当にごめんなさい。


暇さえあれば写真を撮ってSNSにアップする趣味は無いし、食事に行っても届いた料理をカメラに収める習慣もない。


丹羽と写真を撮ったのなんて結婚式が最後ではないかと思う位だから、こっそり撮られた写真、という所が物凄く気になる。


と、まあ、頭の中でひと通りどうにか回答を導き出して、どれも口には出さずに、笑顔と相槌と適度な驚きで交わしておく。


こういう対応が出来るのは、公私問わず飲み会の場数を踏んで来たおかげだ。


第一弾の波が押し寄せて来たタイミングで、緒方に連れられて丹羽はタバコを吸いに行ってしまった。


色々と問い詰めたい事はあるが、ひとまず後回しにしておく。


集まった全員が、最後には口を揃えて『丹羽を頼みます』と言ってくれた事が何よりも嬉しかった。


自分の好きな人が、会社でもこうして大切にされていると分かるのは何より嬉しい。


気兼ねせずにお花見に来て良かったと思う。


ホッとしたのもつかの間、待ち構えていたように、緒方優月が亜季の隣に座り込んだ。


「あの、亜季さん!」


「はい、なんでしょう?」


「格好良くて可愛い女性になるにはどうすればいいんでしょうか?」


いきなり投げられた質問に、面食らってしまう。


しかもかなり真剣な表情で尋ねて来る優月の顔を見る限り冗談には思えない。


「えーっと、あたしもそれ訊きたい位ですよ?いい年して情けないけど、ちっともイイ女に近づけてる気がしないし・・でも諦めるのは悔しいから、一生背伸びしてやろうって思ってるけど・・」


自分より明らかに年下の女の子にアドバイスとも言えない言葉を返すのは情けない気もするが仕方ない。


取り繕ってもぼろが出る。


少し強くなった風に桜の花が煽られて揺れる。


亜季は、カバンの中から持ってきたひざ掛けを取り出して優月のスカートの上に掛けてやった。


「わ、すみません!いいんですか?」


「うん、どうぞー。夜は結構冷えるから」


自分用にと思って持ってきたけれど、丹羽の上着があるので十分すぎる位暖かい。


何も言わなくても、丹羽は亜季の事をよく見ている。


「格好良くて、可愛い女が、優月ちゃんの目標ですか?」


「・・えっと、そう、です・・・旦那さんが誇らしく喋ってくれるような素敵な女性に・・なりたくて」


「わー・・なんかそれ素敵。一番身近な相手から褒めて貰えるのって、一番嬉しいし、自分の栄養になるから」


真っ直ぐに憧れを口にする優月が可愛くて、思わず笑みが零れた。


そんな亜季に向かって瞬きをした優月が、目を細める。


「亜季さんのことですよ?」


「ふえ・・?」


思わず変な声が出た。


「な、なんか勘違いしてませんか、優月ちゃん・・あたしほんっとに適当な奥さんだから・・・岳明が、リップサービスで言った事だと思うから、真に受けないで・・」


丹羽が亜季の事を誇らしげに話していたなんて、恐れ多すぎる。



★★★★★★★




「あーあ・・月が雲に隠れて来ちゃった・・・」


三日月を覆う薄雲を見上げて、亜季は溜息を洩らした。


駅前で緒方たちと別れた後、真っすぐホームに向かうと電車が出た後だった。


タクシーで帰ろうか?と言った丹羽に、電車でいいと答えたのは亜季だ。


今日は二人ともさほど飲んでいないし、こうして一緒に電車で帰るのも新鮮で楽しい。


「桜綺麗だったな」


「風に吹かれてハラハラ散るのがまたいいよねー・・岳明の会社の人たち、みんな良い人で安心した」


「・・・なんか色々聞かされたみたいだけど、気にしなくていいから」


「やっぱり会社でも女性人気がある事が分かって、ちょっと複雑な気持ちになりました・・・カッコイイ旦那さんで嬉しいけど」


ほろ酔いに任せて言ってしまうと、隣に並んだ丹羽が、一瞬瞠目して、照れたように笑った。


「後、あたしに気を遣って飲み会に連れて行かなかったんでしょ?」


「あー・・それは、まあ、亜季も仕事あるし・・俺が、あんまり連れて行きたくないんだよ」


「・・もうちょっと化粧して、綺麗めな恰好で行った方が良かった?」


公園でのお花見だし、と紺のパンツにピンクベージュのニットという地味且つ動きやすい服装を選んで、化粧直しも最低限しかしなかった。


妙に意気込んで行くのもおかしな気がして、いつも通りで来てしまったが、もう少し華やかな妻を装った方が良かっただろうか。


顔の造形はどうしようもないけど、せめてチークだけでも乗せるべきだったかと今更な後悔に頭を悩ませる亜季の手を引いて、丹羽が違うと首を振った。


「そうじゃなくて、仕事仲間の前で、あんまり甘い顔見せたくないし・・亜季は無駄に愛想がいいから、すぐに打ち解けて同僚たちと盛り上がるだろうし・・そういうのを考えると、ちょっと複雑で」


ため息交じりに言った”大人気ないだろ”というぼやき文句に、ふいに胸がきゅんとなった。


「え、何それ・・」


もしかしなくてもこれは嫉妬だ。


突然の告白に唖然とする亜季の顔を見て、丹羽が眉根を寄せる。


「俺、相当亜季には甘い顔見せてると思うけど、自覚ない?」


「あ、あるわけないでしょ!だってそれしか知らないんだもん、標準装備だと思うわよ!」


「・・ああ、ま、それもそうか・・打ち合わせの時から俺こんな風だった?」


「え・・うん・・うちの後輩がカッコイイって騒ぐ程度には、爽やかで愛想も良かったわよ」


「ふーん・・そう」


「え、待って、いつもは違うの!?」


そりゃああの態度で契約迫られたらハンコつくだろう!と頷いたものだ。


あれが通常運転ではないと言われても亜季にはピンとこない。


「口説きに行ってるんだから、態度は柔らかくなるだろ・・なんだほんとに気づいてなかったのか」


「・・からかわれてると思ったから・・あ、今は違うし!あの、信じてるから、200%!」


「なんかもう、俺は亜季と結婚できたのが奇跡にしか思えないよ」


肩を竦めた丹羽が、亜季の項をするりと撫でた。


「あの頃のあたしは、ほら、何ていうか・・」


「可愛げが無かった」


「・・そうです・・すいませんね」


「過去形だから・・あれ、気にしてる?」


「好きな人に言われたら気にするでしょ!」


思わずかっとなって飛び出した言葉の意味に気付いた時には、丹羽の満面の笑みが真横にあった。


ぶら下がりのピアスを指で弾いて、耳殻にキスをした丹羽の含み笑いが恨めしい。


どうしてやろうかと唇を噛みしめていたら、ふとさっきの同僚たちとの会話が蘇って来た。


もう一つ、物凄く重要な事があったのだ。


「ところで旦那さま」


「何かな、奥さん」


「いつあたしの写真隠し撮りしたわけ?」


「・・・っは?」


隣にいる亜季にも伝わって来る位、動揺しまくった声だった。


カバンを反対の手に持ち替えた丹羽が、明後日の方向に顔を向ける。


知らん顔でやり過ごそうとしているのがありありと伝わって来たがそうはさせない。


「出掛けた時の写真?それとも結婚式の時の?」


「いや・・隠し撮りっていうか・・」


珍しく言葉を濁した丹羽が、口元に手を当てて呟く。


「・・寝顔」


「・・・っ何で」


せめて綺麗にお化粧して完全武装の自分を撮ってくっればいいのにと思わずにいられない。


寝顔なんて何の補正もされていないじゃないか。


真顔で丹羽に詰め寄る亜季を見下ろして、丹羽が逸らしていた視線を戻した。


「何でって・・訊く?それ・・可愛かったからだよ」


「・・・あ・・はい」


他に返す言葉が見当たらない。


ばくばく鳴る心臓を掌で押さえていると、列車の到着を告げるアナウンスが聞こえて来た。


恥ずかしすぎて逸らした視線で見上げた夜空を、桜の花びらがふわりと過った。







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