第11話 三度目まして
会議室に通されても亜季の動揺は治まらない。
それどころか、この間からの一連の流れがぐるぐるとエンドレスでフラッシュバックしてくる。
最悪の状況だ。
嵌められたって、こういうことを言うんじゃないだろうか。
悔しいのとびっくりしたので、チョコと唐辛子をいっぺんに食べて甘いんだか辛いんだか分からなくなったような心境だ。
出来る事なら今からでも逃げ出したい。
今日の朝に時間を巻き戻し出来たら何とか理由を付けて後輩1人だけで向かわせた。
いや、でもそれはどう考えても無理だ。
システム説明は主任同席が原則。
工程管理の主任は現在のところ亜季ひとりのみ。
他に代役なんか立てようがない。
つまり、これはどうしようもない事態だ。
そうだ、腹を括るしかない。
覚悟を決めろ、とは思うがそう簡単にはいかない。
オトナのフリして割りきった素振り見せたって気持ちはちっとも成長してないんだってば!!
これしきのことで右往左往しちゃうくらい恋愛経験浅いんだってば!!どーにかしてよー!!
許されるなら地団駄踏んで暴れたい。
「さん・・・山下さん」
そんな呼び声が真横から聴こえてきて亜季は我に返った。
どれくらいトリップしていたのか定かでない。
隣りに居るはずの後輩の庄野は席を外している。
いつの間に!?
ぎょっとなって丹羽の顔を見返すと、予想外に距離が近くて再びぎょっとなって慌てて身を引いたら小さく笑われた。
「そんな百面相しなくても。庄野さんなら、トイレ。うちの事務員が案内してるから大丈夫だよ」
視線で促されてテーブルを見ると湯気の立つ湯のみ茶碗が目の前に置いてあった。
このお茶をその事務員が運んで来たらしいがそれすら記憶にない。
複雑な顔をしたら、丹羽が手を伸ばして湯飲み茶わんを亜季から遠ざけた。
「・・・?」
声に出さず怪訝な顔をした亜季に向かって丹羽が意地悪く呟く。
「焦ってひっくり返されたらコトだから」
「そ・・そんなこと無いってば!」
思わず身を乗り出したら、すでにセットされていたシステムのマニュアルがガサッと音を立てて床に落ちた。
「・・・」
無言で見返されて居たたまれない気持ちになる。
だからそういう不意打ちは本当にやめて貰いたい。
大慌てでマニュアルを拾い上げる指が、隠せない位震えている。
「た・・たまたまよっ!」
「へーえ」
「馬鹿にしてんの!?さっきまでの愛想の良さ何よ!こないだは・・もっと辛辣だったくせに!」
これ見よがしに言ってやる。
とすかさず反撃が来た。
「まあ、必死に猫かぶってたそっちほどじゃないと思うけど?ちゃっかりアイス奢らされたし」
「なによっ性格悪い!!もっといい人かと思ったのに!!」
いつもの論法が通用しないと分かっているのであれこれ考えずに思った事を口にする。
とても29歳の大人の女の発言と思えない。
とことん調子を狂わされているので、今更子供っぽかろうが知ったこっちゃないと開き直る。
「実は知ってたんでしょ!それで、あんな意地悪・・」
「意地悪って」
「だってそうでしょ!」
ピシャリと言い返したのに、丹羽はなぜだか声を出して笑い出した。
まだまだ言いたい事がある亜季は拍子抜けしたように固まるしかない。
もう何が何だか分からない。
「意地悪かぁ・・久々に聞いた。山下さんは意地悪されたと思ったわけだ。俺に」
そう言って、必死に笑いを納めると涙目で見返される。
涙出るほど可笑しかったってか!?
どこまで失礼なわけ!?
次こそは、丹羽がぐうの音も出ない位のすんごいセリフで畳んでやると必死に頭を回転させようとするも、やっぱり絶不調らしく出てくる言葉は幼稚な単語ばかり。
”ムカつく””根性悪””顔だけ男”どれも口に出来そうにない。
言ったらまた笑われること必須だ。
眉根を寄せて必死に負けるもんかと意地を張る亜季に向かって丹羽が楽しそうに言った。
「そういや、あったね」
「なにが?」
可愛げのかけらも無い返答に、丹羽は少し眉を上げたけれどそれについては何も言わなかった。
そして、告げる。
「”機会があれば、また”」
あの時亜季が言ったセリフだ。
「そっちは、もう会うつもりなかったんだろうけど」
頬杖をついておもむろに呟く丹羽。
「やっぱり知ってたの!?」
「どっちだと思う?」
「知ってたんでしょ」
「・・・正直に言うと、こないだまで知らなかった」
「こないだっていつよ」
「アイスプレゼントした日」
まだそれを言うかと思うけれど議題はそこではないので横に置いておく事にする。
「え・・・じゃあ・・」
「次の日会社行って、発注書見て調べた。実のトコ半信半疑だった。こないだ飲み会で会社名は聞いたけどほんとにこの部署にいるかどうか分かんないわけだし?だから、そっちの課長から来訪予定者の連絡を受けた時にハッキリ分かって驚いたよ」
「じゃ・・じゃあ、全く偶然なのね?」
「そーゆーことになるね」
丹羽の言葉を聞いて、亜季はようやっと人心地付けた。
今回の”再再会”が偶然なら、身構える必要なんて何もない。
丹羽の言った意味深な一言も、冗談だったと受け流せる。
飲み会で知りあった会社が実は取引先でした。
ままある話じゃないか。
納得した亜季がほっと息を吐く。
それから、勝ち誇った笑みで言った。
「オロオロするのを見て楽しんでたんでしょうけど。お生憎様。からかって遊ぶなら他の人にして頂戴。あたしは仕事しにここに来たの。どうせ、その見た目なら引く手数多でしょう?」
仕事から離れれば、彼とは関わる理由が無い。
勿論システム移行は一大イベントだ。
責任を持ってやり遂げなくてはならない。
けれど、それで本当におしまいだ。
今度こそ“機会があればまた”になる。
システム移行なんてそうそうあるもんではない。
向こう5年はないだろう。
これで完全に糸は切れる。
口角を上げて笑った亜季は、すっかり臨戦態勢に入ってる。
そんな亜季を観察しながら、丹羽は内心”なんでそう、どっからでもかかって来い。みたいな態度かなぁ・・だから余計突いてみたくなるんだけど”とほくそ笑んでいた。
「山下さん的には、また、はもうない?」
「ないわ」
当然でしょうと胸を張って言い返せば。
「俺にはあるよ」
同じくらいきっぱりと丹羽が言い返して来た。
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