第79話 ホワイト×チョコ

「何か手伝おうか?」


「いらない!」


「なら、使い終わったボウルとか洗おうか?」


「大丈夫だから!」


「亜季ー」


「なに!?」


「そんな緊張しなくても、大丈夫だよ」


「緊張してない!」


「・・・じゃあ、俺ここで見ててもいい?」


「絶対いや!絶対だめ!リビングに居てよ、それか部屋で昼寝でもしてきて!」


オーブンの前に仁王立ちになって、親の仇でも見るように睨み付ける亜季。


キッチンの入り口で様子を窺っていた丹羽が、肩を竦めた。


手助けしようかと声をかけたが、余計なお世話だったらしい。


まあ、殆ど調理は終わっているので、出来る事は殆どないのだろうけれど。


手作りチョコレートケーキのキットを買った亜季が、今年は頑張るから!と意気込んでから1時間半。


何度も手順を確かめつつ作業を進めてきた。


後は、ケーキが綺麗に膨らんでくれれば成功だ。


思い切り肩に力の入っている亜季を横目に、丹羽はくすぐったい気持ちを抑え切れない。


性格上、目分量、とか適量、でどうにかなる料理は何とかなっても、測りを使って、手順通りに進めるお菓子作りは苦手という亜季。


そんな亜季が、四苦八苦しながらチョコを溶かして、メレンゲを泡立てる様は、言いようがないほど可愛かった。


ムービー録っておけばよかったな・・・


今更な後悔をしつつ、亜季の慌てぷりを思い出して笑みが零れる。


それもこれも全部俺の為だっていうんだから・・・なんかもう堪んないよな。


しみじみと幸せを噛み締めつつ、せめて食器洗いでもと提案したが見事に却下されてしまった。


今はキッチンは亜季の城となったのだ。


ここで、べつにケーキが膨らまなくても平気だよ、とか言ったら凄い怒るだろうな。


実際のところはこれまでの過程がもう、十分すぎる程のプレゼントだったので、大満足なわけだが。


ケーキの出来も満点でした、という答えを望んでいる亜季の為にも、ここは最後まで付き合うのが正解。


「亜季、ケーキ焼くの初めてって言ってたっけ?」


「そうよ!メレンゲなんて初めて作ったんだからね」


「・・・ごちそうさま」


「え!?まだ食べてないでしょ!!」


丹羽の言葉に亜季が眉根を寄せる。


「とりあえず、ここまでで努力賞あげたいよ」


「それは、有難く頂くけど・・・」


我ながら頑張った自覚のある亜季が、胸を張る。


丹羽は、いそいそと亜季に近づくと、チョコの匂いの残る唇にキスをした。


ビターチョコたっぷり使ったケーキ。


「ケーキを選ぶところが、亜季らしいよね」


「・・・え?・・・っ・・・な・・んで」


「いかにもプレゼントって感じがするから」


「だ・・・って・・・ん・・・バレンタインだよ?」


味見と称して、何度もチョコを食べていたのも知っている。


ほろ苦い甘さが舌を捉えて、唇がもっと欲しくなる。


何度も亜季の唇を啄んで、すっかりチョコの味が分からなくなるまで味わった。


どうせなら、どかんとケーキをプレゼントしたい、という亜季の心意気に拍手。


初心者向けのクッキーやトリュフにしないところが亜季らしい。


「俺を喜ばせようと頑張ってくれたことが、嬉しいよ、だからそれだけで、まず努力賞」


「あ、たし・・・優秀賞が欲しいんですけど・・・」


負けず嫌いが顔を覗かせて、亜季が不満そうな顔をする。


その頬にキスをして、丹羽がケーキ食べてからね、と囁いた。


「チョコは、相当美味いから、間違いないと思うけど」


唇に残った僅かなチョコも丹念に舐め取った丹羽のセリフに、亜季が顔を紅くする。


巧みなキスはいつものことだが、今日のキスはそれ以上に亜季を味わって離れた。


思い出すだけで心拍数が上がってしまう、そんなキス。


「でしょ?有名どころ選んだもの」


そのあたりのチョイスは抜かりがない!と意気込む亜季。


実際のところは、技術不足は材料の良さで補おうと、バターもチョコも、生クリームも高めの品を選んだ。


「そこも亜季らしい」


「あ・・・イイ匂いしてきた!」


笑った丹羽の腕の中で亜季が目を輝かせた。


キッチンを包む甘い香りは、チョコレートとバターのもの。


「ほんとだ・・・」


亜季の耳の後ろに鼻を寄せて、丹羽が息を吸う。


「チョコの香水なんてつけてないっ」


慌てた亜季が身を捩った。


丹羽は笑って取り合わない。


「そう?でもイイ匂いしてる・・・俺を誘うみたいな」


「ケーキの匂いでしょ!」


「焼けるまで何分?」


「・・・30分・・・」


困り果てた亜季の額にキスをして、丹羽がおどけた様に言った。


「残念だけど、亜季はケーキの後に取っておこう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る