第76話 感情連鎖 丹羽さん家
「やーだ、何、あんたそんな事で怒ってんの?」
「怒りたくもなるわよっ」
そりゃあ、暮羽ちゃんの手前派手に喧嘩はしなかったし、ちゃんと紘平とも話したけどっ!と佳織が息巻く。
亜季は親友の肩を叩いて宥めた。
飲みたいから付き合って!と言われた時には何事かと思ったが、今日は宅飲みにして正解だ。
この状態じゃ、佳織はすぐに眠ってしまうだろう。
「紘平には、女の子らしさなんて求めて無いって言われたし、私もそのつもりだけどっ」
「うんうん。確かにうちらのキャラじゃないわ」
亜季はしみじみ佳織を見つめた。
どっからどう見てもイイ女だもの、あんた。
酔っ払いには言うのが勿体ないので黙っておくが。
「求めて無いって言われても、あれだけ暮羽ちゃんが可愛い、可愛いって言われたらさあ!」
「そりゃあ、あんただってイイ気しないわよねー」
「帰り道もそれとなく紘平に言ったけど、暮羽ちゃんは暮羽ちゃん、佳織は佳織だから、とか言われるし」
もー訳わかんないのよ!とテーブルに突っ伏した佳織を苦笑いで見下ろす。
しかし、紘平もなんで佳織の前で暮羽ちゃんを絶賛するかなー・・・
佳織が面白く無いのなんてわかりきってるだろうに。
しかも、褒め方がやらしいし。
これじゃあまるで、佳織にヤキモチやかせたかったみたいじゃない・・・
「・・・まさかっ・・・」
不貞腐れる佳織の髪を撫でながら、亜季はひとつの仮説を立てた。
佳織馬鹿の紘平が考えそうな悪巧み。
普段から嫉妬して、過剰に佳織を構いたがる紘平の事だ、不用意に妻を怒らせたりするわけがない。
でも、佳織の気を引くためだったら?
たまには佳織も嫉妬して欲しいから、みたいなしょーもない理由だったら・・・?
「ものすっごくあり得る!!」
「なーにがー?ほら、亜季ーおかわりー!焼酎!」
据わった目で亜季を見上げる佳織。
その手にはしっかりと空になったグラスが握られている。
これはもう二日酔い確定だ。
「あーはいはい。ちょっと待って!それより、あんた今日泊まるとか言ってたけど、本気?」
「そのつもりー。なによー泊めてもくれないわけーえ?冷たいー亜季の馬鹿ー結婚してから素っ気ないー」
「そんなわけあるか!」
そこは迷わず突っ込んでおく。
結婚したからといって、友達付き合いが疎遠になるような関係ではない。
「佳織さん、はい、おかわり」
キッチンに戻っていた丹羽が、グラスに並々と透明の液体を入れて歩いてくる。
「ちょ、岳明・・・」
さすがにこれ以上飲ませるのは、と亜季が表情を険しくする。
いくら明日が休日とはいえよろしくない。
「大丈夫だから」
妻の言葉に微笑んで、丹羽が佳織にグラスを差し出す。
「さっすが丹羽さーん!分かってるー・・・ん?ねえ、これ薄くない?」
「佳織さん、酔ってるからそう思うだけだよ」
佳織の言葉を笑顔で交わして、丹羽が亜季に向って口を開く。
声は出さずに”水”と呟いた。
水と、水割りの違いも分からない位酔っぱらうなんて・・・
久しぶりに泥酔状態の佳織を見て、亜季が溜息を吐いた。
「泊まってって貰うだろ?布団」
「いいの。迎えに来させるから、岳明、テーブル片づけてくれる?」
「え、帰りたくなくてうちに来たんじゃないの?」
スマホを操作する亜季に向って、丹羽が怪訝な顔をした。
今日は女二人で朝まで飲むから!と宣言されたのはつい数時間前の事だ。
「愚痴言いたくて来たみたいだけど、うちに泊めたら余計ややこしくなるから。酔ってるときの佳織は素直だから、今のうちに帰らせた方がいいの。それに、二日酔いの世話はアイツの仕事だから、絶対来させる」
きっぱり言い切った亜季は、紘平の番号を呼び出すとコールを鳴らす。
待機していたらしく、すぐに繋がった。
「馬鹿樋口。しょうもない事してんじゃないわよ!」
遠慮なく第一声から斬りこんだ亜季を、隣で見つめていた丹羽が苦笑した。
「佳織?もう潰れてる!それより、ヤキモチ妬かせたいからって、周り巻き込むのはやめなさいっ!あんたの佳織馬鹿はもう知れ渡ってんだから!気を引くにしても、もっと別の方法あったでしょうがっ!子供みたいな事すんじゃないわよ!いいから迎えに来なさいっ!こじらせるなって言ってんの!」
一方的に捲し立てて、勢いよく電話を切る。
妻の啖呵を前に丹羽は唖然とした。
仕事場での亜季の姿を垣間見た気がする。
「・・で、樋口さん何て?」
「飛んで来るでしょ?大事な大事な奥様だし?あたしを怒らせたら怖いってアイツも分かってるから、大丈夫よ」
亜季は無用のスマホをテーブルに戻すと、満面の笑みで佳織を見つめた。
「後は夫婦で上手くやんなさいよ?」
★★★★★★
「それにしても早かったね、樋口さん来るの」
佳織を背負った樋口を駐車場まで見送った帰り道で、丹羽が可笑しそうに呟いた。
文字通り飛んできた紘平は、悪びれもせず、愚痴言う佳織も可愛かっただろ?とのたまった。
亜季の鉄拳制裁をひらりと交わした紘平は、たまには妬いて欲しくてさ、と更に本音を零した。
親友に一途なのは安心できるが、たまに子供っぽいのが玉に瑕だ。
「ほんとは帰ってきて欲しくて仕方なかった筈だもの」
紘平が見たかったのは、ヤキモチを妬いて不貞腐れて愚痴る佳織。
紘平の事で頭がいっぱいの佳織。
残念ながら紘平の事で頭がいっぱいで愚痴った佳織は、亜季だけが見ていた。
『お前より先に泣き付かれたいんだけどなー』
ハンドルを握った紘平が、悔しそうに笑った顔を思い出す。
「まあ、まだまだ樋口には負けないけどね!あたしも」
「そこで張り合うのやめようよ」
「だって、あたしの親友よ?」
「俺も結構複雑な気持ちになるんですけど」
肩を竦めた丹羽が、亜季の手を掴んで引き寄せた。
エレベーターはもう目の前で、手を繋ぐ理由なんてないのに、と考えた瞬間、抱き寄せられる。
亜季は思わず息を呑んだ。
「・・・っ」
「女同士の友情には、どうしたって割って入れないからさ」
「あ・・・うん・・・」
「俺もヤキモキしてるんだよ、ってことだけ伝えとく」
悪戯っぽく笑った丹羽が、亜季の頬にキスをする。
「カ、カメラっ!」
防犯上24時間監視カメラが起動しているのだ。
慌てて腕を解こうとした亜季の短い髪を撫でて、丹羽が笑う。
「見咎められるような事してるわけじゃないし」
「そ、そうだけどっ」
「夫婦なんだから」
「でも、時とか、場所がね!ほら!」
丹羽は本日ほぼサーブ役だったので1,2杯程度しか飲んでいない。
亜季と佳織の為に料理を用意したり、酒を作ったりとろくにテーブルにつく時間がなかったのだ。
だから、ほぼ素面のはず。
でも、この態度は酔っているとしか思えない。
「い、いつの間に飲んだの?」
困惑気味の亜季の質問に、丹羽が飲んでないよ、と答えた。
「え・・飲んでない?」
さらにパニックになる亜季の顎を引き寄せて、丹羽が笑みを深くする。
「酔ってなくてもこれ位出来るよ」
吐息と共に唇が重なった。
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