第44話 その顔に惹かれる

いつもは休日デートがメインで、平日は近場の居酒屋で軽く飲んで別れるのが定番。


たまには平日デートを愉しむのも良いかとセレクトした、夜景の見える個室タイプのバーで、亜季の横顔を何気なく眺めていたら、昼間の会話が蘇って来た。


丹羽は焼酎のグラスをカウンターテーブルに戻して、お湯割りの梅酒を飲む亜季の耳たぶに徐に手を伸ばした。


会話の途中で、何の予告も無く、伸びて来た指先に触れられて亜季が反射で肩を竦める。


「っ何?」


片目を瞑った所で、丹羽の唇が頬を掠め取った。


「いや、ちょっとね」


にこりと柔らかい笑みを浮かべる丹羽。


その穏やかな表情からは何も読みとれない。


亜季は自分を鋭い方だと思うが、丹羽だけはどうしても読めない。


彼の本心を探ろうとしても、甘やかな視線と優しい声にはぐらかされてしまう。


その度、敗北宣言させられるので悔しくて仕方ない。


少し位、読ませてくれたらいいのに、といつも思う。


彼の言葉以外から、愛されている事を確かめたいと思ってしまうのは、溺れている証拠だろうか?


彼に触れられる事以外で、例えば仕草や表情で、愛情を確認したいと思うのは欲張りなのか?


好き?と訊けば、迷わず”好きだよ”と答えが返って来る。


その言葉は、亜季をこの上なく幸せにする。


これまで眠っていた乙女回路がフル稼働して、体中にエネルギーが充ちて行く。


それを知っているから、言葉で尋ねても何ら問題は無い。


ただ、少しだけ面白くない。


いつか、彼の顔を見て思っている事を言い当ててやろうと内心思いつつ、亜季は今日は素直に問い返す事にした。


「ちょっとって何よ」


「うん?」


チラッと眉を上げて、丹羽がテーブルに肘をついていた亜季の左手を握った。


亜季の手の甲に自分の掌を重ねて包み込む。


「今日の昼間、上司に惚気られてさ」


「惚気?」


「そう」


「あー、あの年下の可愛い彼女がいる人ね。緒方さん・・・だっけ?」


一緒に飲んだのは二回程、後は会社で会った際に挨拶を交わす程度だが、彼のことはよく覚えていた。


亜季の抱く理想の上司は、まさにあんな感じの男性なのだ。


リーダーシップが取れて、部下からの信頼も厚い男。


亜季の現上司は仕事に関しては天下一品だが、部下に対するサポート能力は皆無なのだ。


上げ然据え膳で何とか部署を回している亜季としては、丹羽が羨ましい。


「亜季、ああいう男が好みだろ」


頬杖をついて焼酎を飲んでいた丹羽わが、ふいにそんなことを口にした。


まさかの変化球に、亜季は目を見張る。


「なによそれ。好みのタイプなんて話した事あったっけ?」


「無いけど、一緒に居れば何と無く分かるよ」


そうゆうもんでしょう、と肩を竦めて見せる丹羽。


「え、どこが?」


「この間2人で見た洋画の主人公あんな感じの男だったし」


「あれは、アクションがカッコイイって言っただけで・・・」


「ふーん」


おざなりの返事をして丹羽がグラスを傾ける。


付き合い始めの頃よりは、分かりやすくなった丹羽の機微。


ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。


慌てて亜季が丹羽の手を握り返して、身を乗り出した。


「あの・・・岳明、あのね、緒方さんは・・・岳明の上司だから・・・気になったの。ああいう人が、好きな人の上司で嬉しいなって、思ったから・・・それだけで・・・」


必死に言い訳をする亜季の顔を見て、丹羽がにやりと意地悪い笑みを浮かべた。


「うん、知ってる」


「し、知ってるの!?」


「知ってるけど、好きって言って欲しかったから・・・ごめん」


してやられた、と思った時にはもう遅かった。


最後の一言は亜季の耳元で囁いて、丹羽が耳たぶの直ぐ下にキスを落とす。


「な・・あ、あんたっ性格悪すぎない!?」


振り向きざまに睨みつけて来た亜季の顎を掬って丹羽が唇を重ねる。


すかさず逃げを打つ項に指を添えて、角度を変えて深く口付けて来た。


重ねたままの亜季の指先を、宥めるようにそっと絡め取っていく。


丹羽は最後に啄ばむように触れて亜季の唇を解放した。


校内に残る焼酎の味がじわじわと頬を染め上げていく。


「性格悪くても俺の事好きだろ?」


「・・・っ」


「言わないの?俺は、可愛い亜季が好きだよ」


にっこり笑ってトドメを差す。


亜季が口をあんぐりと開けて、次の瞬間一気に爆発した。


「か、可愛くないっ!お世辞はいらないってーの!」


こういう不意打ちをちょくちょく打ち出すから本当にたちが悪い。


真っ赤になって恋人を睨みつける亜季の視線を受け止めて、丹羽が笑った。


「その顔が、可愛いんだよ」


「もーやだっ!」


ゆるりと頬を撫でられて亜季がテーブルに突っ伏す。


「はいはい、ごめん、苛め過ぎた。あーき。こっち向いて」


丹羽が穏やかに笑いながら、亜季の腕を掴んで肩を抱き寄せた。


思い切り不機嫌な顔で、それでも素直に亜季は身体を預けた。


悔しさよりも、恋心が勝ってしまったから。

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