第56話 カタログ

何もかも手探り、初体験、戸惑う事ばかり。


それが、人生一度きりの結婚ってヤツ。


★★★★


「とにかく、後回しはダメ。早め早めに準備しておかないと、結婚式直前にバタバタするから。後ドレスは、会場の広さとかも確かめておかないと、テーブル間隔が狭いと、通れないって事があるから」


思いつく限りの助言を述べて佳織は我が事のように、亜季の挙式準備を応援してくれた。


ついこの間まで、佳織の結婚式準備に追われていたはずなのに。


歳を重ねる事に一年があっという間に過ぎていく。


亜季が笑ったら、佳織がさらに幸せそうに目を細めて親友を見つめ返した。


「そう感じるのは、自分が幸せだからよ。毎日が充実してると、その分早く感じるの。ほら、仕事中ってなかなか時間経たないのに、休日はあっという間に夕方になるじゃない?あれと同じよ」


「充実・・・か・・・」


「そーよ。だって、今が一番楽しい時間でしょ?新生活に向けて全力疾走中。目の前にはバージンロード。これが幸せじゃないなら何が幸せだっていうの?」


頬杖を突いて、結婚情報誌と、挙式のプランが記載されたカタログを指差す佳織。


会場に飾る花や料理のメニュー、ウェディングケーキにデザイン、BGM。


決める事は山積みだ。


なに一つだって適当に出来ない。


だって、一生に一度の晴れ舞台なのだから。


今の亜季の心境としては、幸せいっぱい、というよりは、幸せになってやるぞ、という感じだ。


仕事もこなしつつ、挙式準備も進めて、忙しさに負けずに戦うぞ、と臨戦態勢に入ってる。


「よしっ!やるってやる」


ガッツポーズを作った亜季の手を叩いて、佳織が苦言を呈した。


「こら、花嫁がガッツポーズしないよ」


「当日はしないってば」


「わっかんないわよ、あんたの事だから」


「あ、あたしやる時はやるわよー?」


「知ってる、けど、うっかりボロ出すのがあんただから言ってるの。ま、そういう所も好きなんだけどさ」


「今さら、告白?」


亜季がにやっと笑う。


「しないわよ、そういう事は丹羽さんに言って貰いなさいよ」


呆れ顔で言い返して佳織が時計を見た。


「そろそろ時間じゃない?20時に駅前でしょう」


「ほんとだ、ごめんね、付き合わせて」


丹羽との待ち合わせまで付き合ってくれた親友にお礼を言って、亜季は佳織と別れた。


駅前で丹羽と待ち合わせて、いつものお店に向かうと20時半を回っていた。


「商談長引いてさ、待たせてごめん」


ビールグラスを合わせて乾杯する。


「いいよ。あたしも佳織に色々相談出来て助かったし、お疲れ様」


「経験者の助言は助かる?」


「うん、すっごく為になるわ。ドレスは、もう一回検討し直そうと思った」


「え、決めたんじゃなかったの?」


丹羽へのお披露目は挙式当日と決めている亜季は、どんなデザインにしたのか、婚約者に告げていなかった。


「うん、仮押さえ頼んでるんだけど、お店の広さとか、テーブルの間隔を調べた方がいいって、佳織が」


「テーブルの間隔?」


意味が分からず首を傾げる丹羽に、ボリュームのあるドレスだと、裾が広がって客席間を通れなくなる可能性がある事を説明する。


「ああ、そういう事があるんだ。さすが、女性陣の目の付け所は違うな」


「でしょ?あたしも、好きなデザインばっかり選んでたから、目から鱗。勢いで決めちゃダメだなと思って」


「まぁ、選べる範囲で亜季が一番気に入ったのにすればいいよ」


「うん、そうする」


頷いた亜季に、丹羽が小さく笑った。


「決める事山積みだね」


「ある程度は予測してたけど、やっぱり忙しのは確かね。でも、やってるやるぞ、って感じ」


「頼もしいな」


「だって、自分の事だし。手際よく捌いていかないとね、家電も食器も揃えなきゃだし・・・あ、そうだ。この間ホテルで一緒に貰ったカタログにね、いい感じの食器がいくつか載ってたの。新生活始めるんだし、ちょっと奮発してもいいかなって思って・・・」


亜季がカバンからA4サイズのカタログを引っ張り出した。


付箋を付けていたページを開いて丹羽に見せる。


白磁のマグカップが並ぶそれを見て、丹羽が頷いた。


シンプルなデザインがいかにも亜季らしい。


「ずっと使うものだから、ペアだし、いいかなって思ったんだけど・・・」


「・・・うん、いいと思うけど、2つでいいの?」


丹羽から飛び出した言葉に、亜季が目を剥いた。


「え!?」


「え?」


亜季の驚いた表情に、丹羽が驚く。


この表情の理由が分からない。


首を傾げて怪訝な顔で目の前の彼女を見返す。


亜季は、一気に赤くなった顔を俯かせた。


「な、何でもない・・・です」


丹羽の言葉から連想したのが子供だなんて・・・


何だから、色々恥ずかしすぎて言えない。


「亜季の好きなデザインだし、4つにしたら?お客さん来ても使えるし、万一割っても平気だし」


「あ、ああ、うん、そうね」


思いっきり頷いて亜季が頬を押さえた。


「で、亜季は何を想像したのかな?」


丹羽が指を伸ばして亜季の火照った頬を突いた。


「な、なにも、別にっ」


「・・・そう?」


「うん、そーよ。ほら、いいからビール飲んで」


「・・・俺は嬉しいよ」


しみじみと丹羽が呟く。


「何が?」


「亜季がどんどん分かりやすくなって」


「分かりやすい!?」


ぎょっとなって身を乗り出した亜季。


仕事の部署的に、各部門との折衝担当になる事が多いので、感情を面に出さないように気を付けていた。


丹羽との始まりが特殊だったので、いい恰好していたつもりはないけれど、それほどまでに分かりやすかっただろうか?


そんな亜季の顔をまじまじと見つめて、丹羽が穏やかに微笑む。


「子供は、焦るつもりないけど?」


「っ、えっ!?」


「亜季が早く欲しいっていうなら、別だけど」


あっさり言って、丹羽がビールを飲む。


亜季は、愕然とした表情で丹羽の事を見つめ返した。


「か、顔に出てた!?」


「出てたよ」


4つのマグカップ=4人家族。


そりゃあ、遠くない未来に子供は欲しい。


子育ては体力勝負だと聞くし。


でも、30代の結婚なんて珍しくない。


30代後半で子供を産む人だって沢山いる。


結婚という言葉に浮き足立っている自分が、果たして子育てなんてまともに出来るのだろうか?


「なんか不安そうだけど、亜季の気持ちは?」


「子供は・・・まだ、考えられない、と、思う。勿論、出来たら大事に育てるけど」


素直な気持ちを口にする。


亜季の言葉を受けて、丹羽が静かに頷いた。


「じゃあ、当分は、新婚生活満喫しようか。亜季が二人じゃ寂しいって思うようになるまでは、俺はこのままでいいよ。仕事の事もあるだろうし」


結婚後も仕事を続けるつもりでいる亜季としては、産休と育休の時期は慎重に考える必要がある。


「あたしの事考えてくれて、ありがとう」


素直に頷いた亜季の顔を見つめて、丹羽が溜息交じりに笑った。


「いや、考えるよ普通に・・・それより、こういう時に限って、素直なのは困る。そういう事は俺の部屋で、2人きりの時に言ってよ」

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