第35話 待ち伏せ

「土曜日どうする?」


週末の予定は大抵水曜日の電話で決める。


お互い週半ばの時点で、週末の仕事具合が読めてくるのだ。


そのうえで、金曜日に仕事を詰め込んで土曜日朝から会うのか、スケジュールが上手く行けば金曜日の定時後に待ち合わせするのが最近のパターンだ。


たまに土曜出勤で、日曜のブランチデートになることもある。


今週は、金曜に仕事を詰め込んで土曜日の昼ごろから予定を立てようとしたのだが、亜季は夜から会いたいと言った。


「買い物?」


「うん、ほらテレビでCMしてるでしょ?駅南に出来る商業ビル」


「ああ、合併した百貨店が来るって言ってたね」


「洋服見に行こうと思って」


「付き合おうか?」


「え!面倒でしょ」


まさか一緒に買い物をしてくれるなんて思いもよらなかった。


ぎょっとなった亜季に、丹羽が笑って返す。


「そうでもないよ。あれこれ着せ替え出来るし」


こういう事をさらっと言う当たりモテる男は違う。


これまでの恋愛でも、きっと歴代の彼女に洋服を見立ててやっていたのかと思うとそれだけで一気にむしゃくしゃしてくるのだから、相当末期だ。


「毎回見立ててあげたの?」


「あ、そう言う事訊く?」


悪戯っぽい響きが余計に腹立つ。


亜季は下らない事を口にした自分を内心叱責しつつ、気持ちを切り替えようと平気なフリをした。


「佳織と買い物するからいい。荷物置いてから、夜に待ち合わせしよ?」


「・・・何時?」


「んー・・18時位?」


朝から買い物をして、ランチしてお茶して夕方には解散になると思うと亜季は言った。


主婦である以上、夕飯も放り出すわけにはいかないらしい。


いつものようにやり込められるかと思ったけれどそうはならなかった。


丹羽はあっさりと引き下がったのだ。


「分かった、じゃあ買い物終わったら連絡して」


一緒に買い物デートはやっぱり亜季にはまだまだハードル高めなので、回避できたことにホッとしつつ、ちょっと寂しくもあったり。


一緒に居る時間が増えれば増える程、丹羽の過去の恋愛がちらついてヤキモキしてしまう。


ヤキモキした亜季の態度に気づいた丹羽が、嫉妬心をかき消すように全力で構ってくるのでそのうち全てどうでも良くなってしまうのがここ最近の定番のパターンとなっている。


亜季が丹羽を振り回せる日は当分来そうにない。


「うん、わかった」


「じゃあ、明日は適当に近場で済ませるとして、日曜の夕飯食べたいものある?」


「こないだの炭火串焼きのお店がいいな」


少し前のデートでニューオープンの店に行ったのだが、炭火焼の種類も多くて、酒類のラインナップが亜季の好みだったのだ。


「じゃあ19時予約しとこうか」


「頼んで良い?」


「いいよ」


こうして短い打ち合わせは終わった。


亜季は、燻る気持ちをしまい込むように週末の買い物に意識を移した。




★★★★★★



「いやー買い込んだねー」


「開店と同時に行って正解だったね!ノベルティも貰えたし」


お気に入りのお店で限定ノベルティであるランチバックを貰えた亜季はご満悦の様子ので戦利品を持ち上げた。


オープニングセールで通常価格より20%オフと言われると自然と手が伸びて夕方までの数時間でふたりの両手は紙袋でいっぱいになっていた。


歩きまわる事前提でペタンコ靴を履いていたけれど、一日歩き回るとそれでもやっぱり足が痛い。


休憩しよう!と入ったカフェで届いたばかりのレモンティーを飲んで一息ついた後は、それぞれの成果報告となった。


「あのスカートは良かったね、佳織に似合ってた」


「前に着てたニットとも合うよね。亜季のカゴバックも可愛かったよ」


「初夏が待ちきれないかもしれない。後、サンダルもね!」


「あれは可愛かった!」


お揃いで買ったシンプルな黒のサンダル。


2人して一目惚れしてしまったのだ。


「久々にストレス発散したー」


「やっぱり買い物は女子同士に限るよね」


「賛成ー・・あ・・ちょっとゴメン」


テーブルに置いていた佳織の携帯が震えた。


着信相手は勿論、妻の帰りを今か今かと待ちわびている夫に決まっている。


「もしもし?・・うん・・お茶してる。何時に起きたの?え、13時?よっく寝たわねー。借りてたDVD見ちゃった?え、まだ?なら待っててよ。夕飯で見よう。うん、紘平の好きなお惣菜買って帰るから。ワイン冷やしといてくれる?そう、棚の奥のやつね。チーズとサラダと・・アボガドのパスタは?うん、え、荷物?大丈夫、歩いて帰れるってば・・」


眉根を下げて笑う佳織の柔らかな笑顔は、見ていて安心できる。


そうさせてくれる相手がいる事を、ほんの少し前までは羨ましい気持ちで眺めていたのに。


湧き上がってくるのは嫉妬心じゃなくて、恋しさだ。


話の流れからして、迎えに行くと樋口からが提案したのだろう。


亜季は時計を見てから佳織に小声で言った。


「迎えに来て貰いなよ。もう17時だし、あたしもお土産買って帰るから」


この時間なら、スイーツを持っていくより夕飯を優先した方が良さそうだ。


佳織の会話に触発されて、明日はイタリアンでワインなんて素敵かもなんて思ってしまう。


目の前では、佳織が待ち合わせ場所を相談している。


さきにメール送っとこうかな。


これなら予定より早く待ち合わせ場所に行けそうだ。


荷物は出来るだけ纏めて、そのまま丹羽と食事に行く事にする。


買った洋服のお披露目もしたかった。


結局お茶をしたカフェの前まで迎えに来てくれるという樋口を佳織と一緒に待つ事にした。


「あんたも送らせるから!」


当たり前のように言った佳織に向かって亜季は丁重に辞退を進言する。


「こっちの心配はいらないから。あたしも待ち合わせなの。大丈夫だから」


「そっか・・・時間あるなら、紘平も混ざって3人でお夕飯と思ったんだけど・・あんたもとうとう彼氏持ちだしなー・・無理に引き留められないわ」


「あはは。ごめんね、三人ご飯はまた次回ね」


樋口はここ最近以前にも増して精力的に仕事をこなしており、平日は午前様が多いと言っていたので、週末位佳織を独り占めさせてあげたい。


「あ、もう着いたって。じゃあ行くね」


「うん・・あ、いいってば!」


さらりと伝票を取り上げた佳織。


「こっちの都合で時間決めちゃったから。これくらい奢るわよ。じゃあ、月曜にね」


こういう男前な所は結婚してからも相変わらずだ。


ここは素直に甘える事にする。


「ご馳走様、旦那にヨロシクね」


手を振って佳織を見送る。


丹羽には今いるカフェの店の名前を告げておいた。


駅前の店だし、電車の時間が分かったら連絡をくれるように伝えてある。


今朝のメールのやりとりで、丹羽がここから歩いてもそう遠くない小料理屋を今日の夕飯の会場に選んだ事を教えてくれた。


外回りの丹羽に店選びはお任せしてしまう事が多いのだが、いつもお洒落で美味しい店に連れて行ってくれるから、今日も楽しみだ。


1人になると、行き道に読みかけていた文庫本を取り出した。


いつも何か一冊はカバンに忍ばせておいて、気分転換に使っている。


数ページ読み進んだところで携帯が鳴った。


メールだ。


”着いたよ”の言葉に急いで荷物を纏めて店を出る。


思っていたより随分早い到着だ。


出来るだけコンパクトに纏めたつもりだけれど、それでも紙袋2つ分の洋服と靴とカバンの入ったショッピングバックは結構かさばる。


歩道を渡ってすぐの駅までが遠く感じられた。


負けるもんかと階段を降りて駅に向かおうとして


「あーき」


車道から名前を呼ばれて驚いた。


路肩に止めてある車から丹羽が顔を覗かせている。


「た・・岳明!?」


「荷物あるんでしょ?」


「あるけど」


二人で出かけると飲んで帰る事が多いので、今日もそのパターンだと思っていた。


「けど、は良いから早くおいで」


手招きされて急いで助手席に収まる。


手にしていた紙袋を後部座席に移動させた丹羽が、シートベルトに手を伸ばした亜季を捕まえて抱き寄せた。


近づいて来る丹羽の伏し目がちな視線が、目を閉じるように促して来る。


これはもう、間違いなく。


唇が重なる寸前、丹羽の囁き声が聞こえて来た。


「あんまり素直じゃないから。待ち伏せしてやろうと思って」


そのまま目を見開いた亜季の唇を捉えて、有無を言わさずキスされる。


確信犯。


内心呟いたけれどもう遅い。


どうしたら、亜季が喜ぶか知りつくしてる。


この短期間で。


それも悔しいほどに。


そして最後はトドメの一言。


「次は、買い物付き合わせて」


これで白旗上げない女子が居たら、是非ともお目にかかりたい。


心地よい唇を受け入れながら、そんなことを頭の片隅で考えた。

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