第48話 充分

セミダブルとは言え大人2人が寝転がるには手狭と言わざるを得ない。


そんな限られた空間の中で、何とか距離を取ろうと亜季は必死にベッドの端へ這って行く。


けれど、ホッとを息を吐く暇も無く、すぐに伸びて来た恋人の腕に捕まった。


あっという間に距離が埋まって抱き寄せられる。


「も・・・ちょっと離れて」


ぐったりしながら言い返したら、背中を撫でた指が腕に回って、手首を掴まれた。


「どうして?」


目線まで持ち上げた指の先にキスを落として丹羽が無邪気に問いかける。


日が暮れた事は、カーテンから差し込む夕日の加減で何と無く分かる。


けれど、時間を確かめる術が無い。


伸ばした手は、携帯に届く前に丹羽によって封じ込められてしまうから。


まだ高い陽の中で肌を晒してしまった事への羞恥心で、亜季は居た堪れなくなる。


なぜ、目の前の男は平然と亜季の肌を愉しんでいるのか。


チュっと音を立てて指の先を啄ばんだ唇。


丹羽の手が、亜季の胸元に伸びて来た。


慌てて亜季は被っていた薄い綿毛布を引っ張り上げる。


「離さないってちゃんと言っただろ・・・今更隠すの?」


「今更とか言わないで!」


反射で言い返した亜季の唇を指でなぞって丹羽が目を細める。


柔らかい笑みのどこにも、さっきまで見せていた溺れてしまいそうな艶っぽさは見当たらない。


自分だけが余韻を引きずっている事が恥ずかしくて堪らない。


触れられたら困るから、こうして距離を取ったというのに。


丹羽の手は、綿毛布の下にあっさりと潜り込んだ。


「ちょ・・・!!っ!」


まるで初めから知っていたかのように亜季の身体を確かめる。


「文句は訊かない・・・」


囁いた丹羽が亜季の肌を辿りながら小さく笑う。


言葉とは裏腹に、粟立った自分に気付かれた亜季は、ぎゅっと目を閉じた。


息を殺す為に唇を噛んだら、丹羽が唇を割るように強引にキスをしてきた。


「っ・・・ぁ・・・」


声を漏らした亜季の反応に満足したらしい彼が、今度こそ綿毛布をはぎ取った。


「ちゃんと息して」


もう何度目かの体勢に持ち込むべく、亜季の身体を組み敷いて、汗の浮かんだ額にキスを落とした。


「疲れた?」


「この状態で訊くのそれ!?」


亜季の返答に笑って丹羽が、それもそうだ、と返した。


そして、亜季の弱いところを的確にとらえて、あっという間に陥落させる。


「も・・・う・・・充分っ・・・!」


首筋にキスをしながら腕を撫でる丹羽に向かって、亜季が懇願する。


「そう?」


にやりと笑った彼は亜季の耳たぶにキスをして、艶っぽく告げた。


「俺はまだだよ・・・」


「昨日の事は・・・謝った・・・でしょ」


「そうだねェ」


考えるような素振りで、丹羽が身体を起こした。


エアコンの心地よい風が、汗ばんだ肌を撫でて行く。


シャワーを浴びるタイミングを逃し続けていたので、今度こそと亜季は丹羽の下から這いだした。


”さっき起きた時に浴びただろ”


とあっさり拒否権を発動されて、ベッドに引き摺り戻されるのだ。


とにかく、一旦リセットしたい。


ドロドロに愛されて蕩けた身体を、ちゃんと目覚めさせたい。


じゃなきゃ、女である前に人として駄目になる気がする。


散々抱き合った後の充足感は何物にも代えられない。


けれど、同時に1人になった後の喪失感は堪え難いものがある。


肌に残る熱や、唇の痕に気付くたび、泣きそうな位心細くなるのだ。


こんなこと、絶対丹羽には言えない。


「って、俺まだ終わりって言ってないけど・・・どこに行くつもりなのかな?」


「!!!」


「もう無理です!」


きっぱり言い返して、身体を起こすと、ずりずりと後ろに後ずさる。


ベッドヘッドに背中を付けた亜季が必死に言ったら、丹羽が少し考えてから付けくわえた。


「本当に無理か、確かめてもいいかな?」


「ど・・・どうや・・・」


どうやって?と言いかけて、慌てて両手で口を塞ぐ。


亜季は目の前に迫った恋人の顔をおそるおそる見つめ返した。


この上なく楽しそうに丹羽が笑って唇を寄せて来る。


「どうって・・・言ってもいいの?」


「言わなくてイイ!」


とんでもない言葉が飛び出しそうで怖すぎる。


「じゃあ、黙ってしてあげるよ」


吐息交じりで言われて、腰を攫われる。


一気にベッドに逆戻りさせられた亜季は、シーツに身を委ねるしかない。


真上から見下ろしてきた丹羽の、手が亜季の短い髪をそっと撫でた。


慈しむように触れた手が頬を撫でて、羽根の様な甘いキスが振って来る。


目を閉じたら瞼にも唇が触れた。


丹羽は饒舌な方ではないが、こういう時の唇は驚く程鮮明に亜季に愛を伝える。


「武装してない亜季は、どうしようもなく可愛いよ」


耳元で零れた囁きに、亜季は笑って丹羽にキスを返した。

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