第57話 気負わず
結婚と同時に増えるもの、家族と親戚。
丹羽の両親との顔合わせの席で、近所に住んでいるという丹羽の母親の姉夫婦には挨拶をした。
こういう事がこれから増えるんだと思うと、緊張と不安でいっぱいになる。
会社の人なら、仕事場を出れば”さよなら”だけど。
親戚はそういうわけにいかない。
これからずっと、それこそ死ぬまで関わっていくわけだ。
だからこそ、印象は良くしておきたい。
第一印象って最後まで残るものだから。
「もっと地味な服の方がいいのかな?ねえ、これってカジュアルすぎ?あ、こっちのタイトスカートは・・・デザインがイマイチよね・・・」
ハンガーにかけられたチェックのタイトスカートを腰に当ててみて、亜季は眉根を寄せた。
明らかに3つは老けて見える。
決して若いなんて思ってないし、20代の女の子に勝てるなんて思っていない。
が、年より上に見られるなんて以ての外。
出来るなら、年より少しは若く見えて、上品で感じの良い女性に映りたい。
見栄を張ってもキリがない無いのは重々承知。
それでも、等身大の自分で勝負できるほど自分に自信は持っていない。
難しい顔で姿見を見つめる亜季の隣で、丹羽が口をはさんだ。
「とりあえず、そのスカートはなしね」
亜季の手からチェックのスカートを取り上げる。
「どの路線で行きたいのかわかんないけど、この手の柄は亜季っぽくないよ」
痛いところを突かれて、バッサリ切られた。
亜季が重たい溜息を吐く。
「あたしも悩んでるの・・・でも、タータンチェックって、お嬢さんぽくない?」
いや、お嬢さんって歳でもなかったか、すいません。
心の中で謝ってみる。
いくら結婚が決まった相手とはいえ、ほどほど若く見られたいの!とは言えない。
いくつになっても乙女心は複雑だ。
いや、大人になってからの方が乙女心は複雑だ。
過去の自分を積み重ねてきた分、失敗も成功も知っているだけにタチが悪い。
下手をすればすぐに昔の自分はーと、振り返ってしまいそうになる自分を叱咤しつつ苦笑いを返す。
今のあたしに過去を振り返ってる余裕はない。
前だけ見て、駆け出すのみ。
歩き出す、じゃないところが自分らしいと思う。
だって、勢いに乗って行っちゃわないと、足元を見たらきっと色々怖くなるから。
確かめるより、走れ、というのが今の心境。
「この間のタイトワンピ似合ってたのに。あれにすれば?」
丹羽が、亜季と並んで洋服をあれこれと物色しながら、先日デートで来ていた服を提案した。
が、亜季が即座に拒否する。
「あれは嫌なのよ!」
「なんで?俺は好きだけど」
亜季の雰囲気によく合った、紺のタイトワンピースは、ウエストを白の細ベルトで締めるいかにもな、キャリアウーマンスタイルだ。
イイ女と言われれば気分が良いが、今回の相手は親戚。
落とす相手がそもそも違う。
男受けはこの際一切排除したい。
中高年の女性というのは、仕事人の女性にキツイのだ。
いかにもこれまで必死に働いてきました、自分の好きな事してきました、と全面に出すのはまずい。
「今回は、岳明の好みは反映しないから。親戚のおばさま達が、とっつき易いなーと思うような、柔らかい雰囲気をもっとこう醸し出すみたいなー・・・」
だから、流行一直線の洋服よりは、流行り廃りの無い、無難な格好が良い。
かといって、あまりダサい格好もまずい。
好印象を与える、女性らしいスタイル。
それが本日のミッションだ。
「だめだ、難しい・・・」
ピンとくる洋服はどれも、亜季を格好よく見せてくれるものばかり。
つまり、戦闘服。
これまでの亜季を象徴するようなチョイスしか出来ない自分が情けなくなってくる。
「自分を捻じ曲げてまで、いい恰好する事無いよ」
丹羽が亜季の好きそうなベージュのニットを眺めながら言った。
「有難いセリフだけど、あたしは良い奥さんだなって思われたいの。その為なら多少の見栄は張るわよ」
「見栄張ってどうするの」
「あたしの評価は岳明の評価に繋がるのよ。だから、あたしのせいで、岳明が悪く言われるような事はいやなの」
「亜季を見て、悪い印象を持つ訳ないと思うけど」
「それは、惚れた欲目ってやつよ。あたしは、控えめで感じの良いお嫁さんを貰ったなって、言われたいのよ」
自分で言って恥ずかしくなる。
だれがどう見たって、三歩下がってついていくタイプではない。
だから、今日のあたしが目指しているのは、つまり、今の自分と真逆を行く女性だ。
現実は物凄く厳しい。
鏡の中の自分は、まさに戦う女の顔をしていて、これじゃあ、柔らかい雰囲気になる筈がない無いと、改めて苦く思う。
「俺は、自分の足で立ってる亜季が好きだよ」
モカブラウンのニットスカートを前に顰め面して鏡の中の自分と向き合う亜季。
丹羽は、彼女の肩を優しく撫でて微笑んだ。
「そりゃ、世の中には”出来ない”って両手あげて甘えてくれる方が好きって人もいるだろうけど。俺が、好きになったのは、駄目でも無理でも、自分の責任ですって言い切る亜季だから。俺が好きなままの亜季でいてよ」
「そ、んな事言ったって・・・」
ここまでの意気込みと、気合はどうすればよいのか。
丹羽の亜季に対する評価じゃなくて、これから会う親戚の、丹羽に対する評価を心配して、必死になっているというのに。
どうしたって折れる事の出来ない頑固さは、30年付き合った自分が誰より一番知っている。
筈なのに、彼の手が肩に触れただけで、戦闘態勢は嘘のように解けた。
「ちぐはぐな格好して、嘘で固めた亜季を見せないでいいよ。俺が選んだのは、ちゃんと並んで歩ける女性(ひと)だから」
丹羽の言葉が胸に落ちて、体中に血液のように巡っていく。
彼の言葉はいつも、自信が無くて、俯いてしまいがちな亜季に、自分らしさを取り戻させてくれる。
「・・・誉め過ぎ」
「ちょっとは胸張れそう?」
悪戯っぽく尋ねられて、亜季は小さく頷いた。
「思いっきり調子に乗っちゃいそうよ」
「あれこれ心配する位なら、その方がいいよ」
「後で後悔しても知らないわよ」
念を押す様に言い返して、亜季が挑むような視線を送れば、自信たっぷりの笑みが返ってきた。
丹羽の手が亜季の指先をそっと包み込む。
「俺の事まで考えて気負わなくていいから、ちょっとは、亜季自身の事も俺に任せてみて」
「任せてる・・・と思う・・・けど・・・半分位?」
生来の気質と、これまでの経験で、誰かに頼るように出来ていない亜季。
それでも、夫婦になるのだからと、自分なりに融通を利かせたつもりだったのだが。
「半分?今のが亜季の半分なら、もっとだよ」
笑って丹羽が亜季の反対の手からもハンガーを取り上げた。
「さあ、じゃあ身軽になったところで、もっと亜季に似合う洋服を探しに行こうか。いっそ俺が決めちゃってもいい?」
「に、似合うの探してくれる?」
「勿論ですよ」
丹羽が余裕の笑みで亜季の手をしっかりと握りしめた。
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