第38話 恋愛コーディネーター

それは雑誌のとある特集ページ。


あなたに足りない恋愛要素を恋愛コーディネーターがコーディネートしちゃいます!という内容だった。


言い訳しておくが、決して真面目に見ていたわけじゃない。


終業後の食堂でばったり会った暮羽が読んでいたファッション誌をチラッと見ただけだ。


なんとなーく面白そうだな、と思った事は認める。


けれど、別に実際に実行してみようなんてそんな事これっぽっちも思ってなかった。


そう、つい5分前までは。




★☆★☆


待ちに待った金曜日。


今日は残業の後に丹羽の部屋に向かう約束になっていた。


出張帰りの丹羽と新幹線の停車駅で待ち合わせして、お惣菜を買いこんで帰る。


いつもなら待ち合わせ→外食→バー→タクシーで帰宅がお決まりのパターン。


今日は、出張先で飲み会続きだった丹羽を少しでも早く家に連れて帰って休ませる事が目的だ。


改札を抜けて来るなり、紙袋に入った瓶を持ち上げて


「見てみて、地酒買ってきたから。清酒で飲みやすいらしいよ」


なんて言った丹羽の腕を掴んで亜季は真面目に言い返した。


「本日休肝日!」


「何にそれ、亜季だって飲みたいだろ?」


「いいの、そっちに合わせるから、今日は飲まない。アルコールナシ」


「本気で?」


「ちょっと何よその目は、あたしは別に飲まなくっても平気だし」


「金曜日だけど?」


週末は無礼講でお酒も解禁と豪語している亜季の日々の生活を熟知している丹羽が怪訝な顔をする。


昔と比べて、翌日のムクミが酷くなってきた最近は、平日の酒量は極少量に抑えているのだ。


勿論、付き合いの飲み会は別だけれど。


「今週、ほぼ毎日飲んでない?」


「そんな無茶な飲み方してないよ。ガキじゃないんだからさ」


「それでも、今日は飲まないのよ!」


亜季の強固な意思がそう簡単に揺らがないと漸く理解した丹羽が留めとばかりに問いかける。


「ノンアルコールで喉越しだけでも楽しむ?」


・・喉越し・・思わず頷きそうになったが負けなかった。


意地だけで首を振る。


「買うならジュースにしよう!」


「・・いいよ」


頑なにアルコールを拒否する恋人を見下ろして、面白そうに丹羽が頷いた。


いつものデパ地下に行けば、馴染みの酒コーナーがある。


ワインボトルや焼酎に地酒も多数取り揃えたお気に入りのお店だ。


きっとすぐに折れるだろうと思っていた丹羽の予想に反して、亜季は宣言通り100%のグレープフルーツジュースと炭酸を購入した。


ついでに隣のデリを見て回り、気に入った惣菜をいくつかチョイスした。


そして、馴染みのレンタルショップに立ち寄る。


金曜の夜なのでお店はいつもより混んでいた。


勝手知ったる店内を横切って海外ドラマコーナーに向かう。


最近は、2人で長編のサスペンスドラマを見ていた。


「あれ・・続き無いな」


「え!?・・あ、ほんとだ。ちょっと遅かったかな?」


先週の続きが4本分綺麗に抜かれている。


棚を確認した丹羽が亜季に視線を下ろした。


「今週は映画にする?」


「うん、そうねー。たまにはいいんじゃないの」


「じゃあ、見たいDVD1本ずつ選ぶのは?」


「いいね、面白そう」


「嫌いなジャンルは?」


「特にないわよ・・あ、ホラーとスプラッタ映画以外ね!」


「はいはい」


頷いた丹羽が亜季の側を離れる。


アクション映画のコーナーに向かう彼の背中を見送って、亜季は再び海外ドラマの棚を見上げる。


「何にしよう・・」


最近の映画で気になってたもの・・感動して泣けるのもいいなぁ・・


思いつくままに映画の名前を指折り数えてみる。


と、ふと食堂での一幕が思い出された。




☆★☆★



残業中の息抜きに食堂を覗くと知った顔に出迎えられた。


「亜季さん、お疲れ様ですー」


「あれ、暮羽ちゃん遅いねー、あ、旦那待ちかぁ」


相良の愛妻が手持無沙汰に雑誌を捲っている。


苦笑交じりに頷く様子からしてかなり時間を持て余しているらしい。


相良が結婚するまでは、モヤモヤイライラして、暮羽の顔を見る度複雑な気持ちになっていたし、結婚後もそれなりに引きずっていたが、今ではすっかり可愛い後輩のポジションに彼女を納める事が出来た。


彼女の口から相良の名前が出ても何の感情も浮かばない。


分かりやすい愛情表現を欠かさない相良の溺愛ぶりに呆れこそすれ、妬みや嫉妬は少しも顔を覗かせない。


それは偏に、丹羽のおかげだ。


他者を気にする暇もない位、恋人として大切にされていると実感できるから、綺麗に過去と決別する事が出来た。


「予定外に外出が長引いてるらしくって」


「今日は外回り?」


部下を持つ立場になってからは、内勤の日と外勤の日があるらしく、予定に合わせて出勤時間も変わるらしい。


「そうなんです、もう仕事は終わってるらしいんですけど、事故渋滞にハマっちゃったらしくって」


「ありゃー災難だわね、何処?」


亜季の問いかけに暮羽がインターを出てすぐ大型幹線道路の名前を上げた。


交通量も多く事故も多発している場所だ。


「んで、何時頃になりそうなの?」


「後30分はかかるみたいで・・もう見飽きちゃいました」


そう言ってテーブルに開いたままの雑誌を戻す。


飛び込んできた心理テストの質問事項に興味そそられた。


これまで付きあった歴代の彼氏とも、こういうのは見た事が無かった。


というのも、結末が分かり切ってる切ない恋愛モノはワンパターン過ぎて面白くないから。


可愛い女の子が彼氏の隣りで涙を流すのは絵になるけれど。


大人になると、そう簡単には泣けないのだ。


第一に化粧が禿げる。


マスカラにアイシャドウが落ちて酷い事になる。


そして、瞼が腫れる。


可愛く泣く、なんてのは本当は奇跡に等しい。


世の中の泣き顔が可愛い女の子は皆演技だと信じて疑わない亜季だ。


・・けれど。


なんだかちょっと気になったのだ。


”彼の前では素直に感情を表現しましょう!いつも違うシチュエーションで、いつもと違うあなたを見せてみて!”


無理だっつーの。


内心盛大に反論しつつ、なぜか足は恋愛映画コーナーに向かってしまう。


いや、どんなのがあるか見てみるだけだから。


誰にともなく言い訳しつつ止まった足の先には、所狭しと並べられた恋愛邦画のDVD。


ほら、話題の映画があったからちょっと見てみようと思っただけだし、別にこれといって意味は無いし・・・


つい、雑誌に”お勧め”として紹介されていた1本を手に取ってしまう。


いまだ素直な可愛い彼女になれていない努力不足の自分を自覚しているので、尚更こういう純愛モノには手を出しにくい。


「決まった?」


「わ!」


亜季を探して店内を歩いていたらしい丹羽がかごを手に近づいてくる。


既に1本DVDが入っていた。


去年話題になったスパイアクションだ。


亜季の予想外の反応に不思議な顔をする。


「何、何でそんなびっくりするの?」


「え、や・・」


「へー・・恋愛モノ?」


手にしたままのDVDを取り上げて覗きこむ。


「ち・・」


違う、ちょっと気になってただけ。


即座に否定しようと口を開くも一歩早く丹羽が言った。


「亜季が気に入ったならそれにしようか。この間、べたな恋愛映画はちょっと・・って言ってたけど、実は気になってたんだ」


「違うから!大体、こういうのあたし似合わなくない!?」


自分で言って空しくなるがそれが事実だ。


山下亜季という看板に、泣ける純愛映画は不似合い、それが常識だったから。


けれど丹羽はきょとんと首を傾げる。


「どこらへんが?」


「・・全体的に?」


言わすなっての!


不貞腐れた亜季の頬に丹羽が指を滑らせた。


降りてきた親指でするりと唇をなぞられる。


半ばヤケクソで応えた亜季の耳元で丹羽が笑って囁く。


「他の人間にはそう思わせとけばいいよ」

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