第55話 指輪

「亜季!!」


店舗の自動ドアを通り抜けると同時に、同期の販売員が手を振ってきた。


「こっちよ、待ってたわよー。あ、こちらが、婚約者殿?」


伺うような視線を向けてくる同期に向かって、亜季が頷く。


日曜の午後、ジュエリーショップとしてはかき入れ時だ。


そのど真ん中を縫って、時間を割いてくれた同期に感謝しつつ奥に向かう。


「忙しいとこごめんね!」


「ご無理言って申し訳ありません。初めまして、丹羽といいます」


亜季の隣でにこやかに挨拶をした丹羽をまじまじと見つめて、同期がにっこりと営業スマイルを浮かべた。


「でかしたわね!亜季!」


親指を立てんばかりの絶賛ぶりに、亜季は苦笑し、丹羽は可笑しそうに頭を下げた。


「俺は何処に行っても、そういう評価なのかな?」


「なんっか、もう色々ごめん」


「いいよ、慣れてる」


あっさり笑って丹羽が亜季の肩を抱く。


「いかにも亜季の友達だね」


「うわ。その反応すんごい微妙よ、岳明」


苦笑いのままで、亜季と丹羽は個室に通された。


普段はVIPもしくは特注品相談の際にしか使用されない部屋だ。


ゆっくり選べるようにと気を利かせてくれたらしい。


有難くも面映ゆい気持ちでいっぱいになる。


こんな風に婚約者と一緒に自分の為の指輪を選びに来る日が来るなんて、去年までの自分は想像だに出来なかった。


「じゃあ、取り置きしてた石取って来るね。座ってて」


「ありがとう、あ、お茶とかいいからお気遣いなく」


「うん、分かってる!よかったら、カタログでデザイン見てて!」


テキパキと案内をして、金庫に向かう同期にお礼を言って、亜季と丹羽はソファに並んで腰かけた。


「手際の良さはさすがだね」


「そう?だって、石って、ほんとに同じものはひとつもないから、気に入ったものがあれば、取り置き、ボーナス払いが原則なのよ。ジュエリーとの出会いも一期一会って事」


「へー・・・」


「あ、でも、大丈夫よ。あたしはそんなに拘るタイプじゃないから。給料全部つぎ込んだり、しょっちゅう強請ったりしないし」


「心配してないよ。そもそも亜季の口からアクセサリーの話出た事あったっけ?」


「なかった?」


問い返された丹羽が笑って亜季の耳たぶで揺れる一粒真珠を指で弾いた。


「記念日にはご希望に沿えるような、アクセサリーを選ぶことにするよ」


「岳明が選んでくれるなら何でも喜んで貰うわよ!ほんとに、ほんとに!」


「そんなむきにならなくても」


「だって、宝飾品関係の女って敬遠されがちなのよ!無駄に知識あるから!」


何を贈っても値段がばれる相手に指輪やネックレスを送る男性陣は胃が痛い事だろう。


「もうこれから、その心配はしなくていんじゃないかな?」


「・・・っ!」


穏やかに告げた丹羽の方を見上げれば、柔らかい笑みが返ってくる。


「これからは、むしろ敬遠されて構わないし。願ったり叶ったりだよ」


「っあ、あのねぇ、先に言っとくけど、あたしの回りさっきのみたいなタイプばっかりだからね。殆ど女の子扱いされた事なんて無くって」


「殆どって、とこが気になるけど?誰が、強気な亜季を女の子扱いしてくれたのかな?」


「・・・それはー」


脳裏に浮かんだ相良の顔。


亜季は慌てて×を付けて頭の片隅に追いやった。


あれは過去だ、過ぎた過去。


良い思い出だったけれど、この場で思い出すのはよろしくない。


丹羽が面白そうに、亜季の方に身を乗り出してくる。


「それは?」


「も、もう過去だから!」


「夫婦の間に隠し事はなしじゃないの?」


「夫婦ってまだ夫婦じゃないし!」


「時間の問題でしょ」


笑って丹羽が亜季の顎に指をかけた。


「それとも、バレたら困る様な過去でもあるのかな?」


「あるわけないでしょ!!あたしの過去なんてね!三文小説のネタにもなんないわよ!悲しい位、仕事と片思いばっかりしてきたのよ!」


思わず立ち上がった亜季が叫ぶ。


自爆、という文字が浮かんだがもう遅い。


真っ赤になってソファに沈んだら、丹羽の手が伸びてきた。


笑いをかみ殺しながら、亜季を宥めにかかってくる。


「漸く俺の前でもカッコつけなくなったね」


「もともとかっこつけてないし!」


そんな余裕なんて無かったはずだ。


数年ぶりの両想いは、まるきり未知の世界で、何もかも手探りだったから。


なのに、丹羽は思い切り否定してきた。


「つけてたよ。物凄い武装してた。誰も近づかせない様にしてたじゃない」


「そ・・・んなことは・・・」


図星を突かれて亜季は黙り込んだ。


確かに、あるかもしれない。


だって、弱みを見せたら終わりだと思ってたから。


自分を守れるのは、自分だけだとそう、信じて、いた。


いる、が、いた、に変わった。


いつから過去になったんだろう。


「俺だって、亜季を守れるよ」


「知ってる」


「そう、なら、知ってる、じゃなくて、分かってて」


「・・・分かってるわ」


俯いた亜季の頭を撫でて、丹羽が笑った。


「そうやって肩の力を抜いてくれたらいいのに。一人で平気って片意地張らずにさ。二人だからって思える様な指輪を作ろう」

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