第63話 ホットショコラ
「期待しといていい?」
「なんで先に先手打つのよ!!」
「え、だって、俺たち新婚だよ?バレンタインは期待するもんじゃないの?」
あっけらかんとした回答が返ってきて、亜季は思いっきり頭を抱えた。
ここ数年誰かに手作りチョコを渡したことなんて無い。
自分の料理のレベルが平均以下だと正確に把握している亜季にとって、手作りバレンタインは物凄く敷居が高い。
下手すれば素っ転ぶ。
何とか打開策を考えていた矢先に夫から告げられた一言で、亜季はさらに悩むことになった。
「あたしに過度な期待しないでよ!?」
「過度ってどれ位?」
「・・・デコレーションケーキとか、トリュフとか!」
「してないよ」
「あと、お店みたいなトッピングもラッピングも無理だから!」
「そんな必死にならなくても、亜季がくれるものなら何でも嬉しいよ」
「って言いながら、手作り期待してるんでしょう?」
「あれ、ばれた?」
「ばれるっての!あたしが料理下手なの知ってるでしょ~」
「正確に言うと、亜季が俺の為にあれこれ考えてくれてるのが嬉しいんですけど」
とびきりの営業スマイルを向けられて、亜季は反対に顰め面になった。
「その顔で言うの卑怯よ」
「どの顔?」
「・・・すっごいあたしを好きって顔!」
憎たらしげに告げると、丹羽は怒るどころか、満面の笑みを浮かべて微笑んだ。
「愛してるよ」
「っ!!」
亜季が買ってきた主婦向けの料理雑誌はバレンタイン特集が組まれていた。
初心者向けから上級者向けまで、様々なレシピが記載されている。
生チョコから、ザッハトルテまで。
亜季には到底理解できない専門用語が並べられているそれを睨み付けながら、亜季が
悔し紛れに呟く。
「どんなことになっても知らないわよ!責任取って食べる事、いいわね!?」
「楽しみにしてるよ。あ、でも、あんまり気負いすぎない様に。これから毎年の事だからさ」
「っ!そうやって先回りして追い詰めるのやめてってば!」
「そう?交渉術の基本だよ、コレ」
「そっちと職種違うっての!」
バリバリの現役営業と、事務員を一緒にされては困ると亜季が必死に言い返すと、即座に顎を掬われた。
有無を言わさず唇が重なって、舌を絡め取られる。
丹羽の、逃がさないよ、のサインに亜季があっけなく陥落した。
甘ったるい言葉と、言葉以上に甘ったるいキスにほだされて、キッチンに立つ亜季は、思い切り溜息を吐いた。
「はー、もうこの性格ほんっとやだ」
ここで、下手くそでもケーキを焼く!とかの暴挙に出られない自分が悔しい。
だって、一番好きな相手なのだ、一番イイ格好したい。
さすが亜季だなって思われたい。
見栄っ張りでも、意地っ張りでも。
クッキーはおろか、生チョコだって作った事が無い亜季にとって、ケーキなんて手が出せるはずもなく。
結局、自分のレベルで安心して提供できるものを探していたら、コレに行きついた。
”ホットチョコレート”
ホットミルクにチョコを溶かしただけの超簡単な飲み物。
でも、せめて素材には拘ろうとチョコも牛乳も有名メーカーのものを用意した。
いつもの低脂肪乳も今日はお休みだ。
鍋でゆっくり丁寧に温めた牛乳の中に、刻んだチョコを3種類放り込む。
ビターチョコ2種類とミルクチョコ1種類。
甘さ控えめにしたのは、丹羽と亜季の好みに合わせて。
結婚祝いに頂いたお揃いの白磁のマグカップに出来上がったそれを注いで、生クリームを絞る。
その上に、刻んだチョコをふりかけて出来上がり。
湯気の立つそれを2つ手にしてリビングに向かうと、意を決して夫に向かって差し出した。
「こ、今年のあたしの精一杯だから!物足りないかもしれないけど、貰って・・・くれる?」
「あ、それ可愛い」
首を傾げた亜季の頬を撫でて丹羽が笑う。
亜季は反対に困ったように視線を泳がせた。
「足りないときは、亜季が補ってくれるんでしょ?」
意地悪く微笑まれて思わず亜季が丹羽の腕を叩く。
「足りない分は来年に期待、よ!」
「嘘だよ、十分です。頂きます」
柔らかく微笑んだ丹羽が、マグカップを持ち上げて、生クリームをかき混ぜた後で一口飲んだ。
ドキドキ感想を待つ亜季に向かって蕩けそうな視線で告げる。
「亜季の愛を感じた。美味しいよ」
期待通りの返事が返ってきてほっとする。
でも、届けたい愛情には程遠くて力不足が凄く悔しい。
「来年、は。もっと・・・期待してて」
亜季の言葉に丹羽がさらに笑みを深くして妻を抱き寄せた。
「愛情が増えるのと同じように、チョコもランクアップするの?」
「その・・・予定よ」
「なら、うんと期待してるよ」
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