第58話 クリスマス・イブ
テーブルの上にはチキンと、定番のブッシュドノエル、そしてシャンパン。
いかにもクリスマスな雰囲気を醸し出しているそれらを見下ろして、亜季は申し訳なさそうに俯いた。
本来のクリスマスのイメージと真逆の表情をする婚約者に向かって、丹羽は困ったような笑みを向けた。
「ちょっと待って、何でその顔?」
「だって、色々と申し訳なさ過ぎて!」
ひたすら恐縮しまくる亜季。
「何も申し訳ないことないでしょ。クリスマスを一緒に過ごせてよかったと思う事はあっても、亜季が謝る理由がないよ」
首を振った丹羽を見つめて、亜季がだって・・・としょげたような表情を見せる。
「意気込みは来年に持ち越しって事でいいんじゃない?夫婦になって初めて迎えるクリスマスで、亜季が色々計画してた事を実行しようよ」
「そうなんだけど・・・でも、折角のクリスマスなのよ!?コンビニケーキとチキンって・・・何か色々理想とかけ離れすぎてて」
項垂れた亜季の肩を抱いた丹羽が励ます様に笑いかける。
「仕方ないって、年末で忙しいのは分り切ってた事だし。そりゃ、予約してたディナーをキャンセルする事になったのは残念だったけど。何となくそんな雰囲気あったしさ」
「ほんっとにごめん!!」
「火曜日からそっちの雲行き怪しかったしね」
亜季から、トラブルで終電になるかもしれないと連絡が入ったのだ。
月初に大きな仕事を売り上げたばかりの丹羽は、比較的スケジュールに余裕があったので、仕事場まで迎えに行った。
その際に、思いのほか解決に時間がかかりそうなことと、週末まで仕事がもつれ込む可能性がある事を聞いていた。
予定していたクリスマスディナーのキャンセルは木曜日の午後に決定になり、最悪の場合25日の仕事帰りに会えるかどうかだと聞いていたのだ。
「だから、イブにこうやって会えただけでも良しとしよう。おかげでほら、ケーキもチキンも買えたし」
ケーキとは言っても、コンビニのカットケーキの詰め合わせと、ファーストフード店のチキン4ピース。
シャンパンは閉店間際のリカーショップでついでに調達したものだ。
素敵なクリスマスとは言い難いメニューを前に、仕方なかったとはいえ、事前に色々と計画を立てていた亜季は居た堪れない。
けれど、丹羽は少しも気にした素振りを見せず、亜季を労う言葉をかけた。
「むしろ、こうやってわざわざ来てくれて嬉しいよ。一人でクリスマスなんて退屈でしょうがないし」
シャンパンをグラスに注いで、ひとつを亜季の前に差し出す。
「今から行くからって連絡来てから1時間も経たないうちにインターホン鳴るからさ。びっくりしたよ。あれこれ買い込んで来るの、大変だったろ?」
「いや、だってそれは・・・やっぱり早く会いたかったし」
別にクリスチャンでも無いし、特別祝う理由もない。
けれど、今日この日一緒に居たいのは、やっぱり丹羽だった。
亜季の言葉に丹羽が満面の笑みを浮かべる。
極上の営業スマイルは今では亜季専用だ。
見ているだけで胸がドキドキする。
「照れながら言う亜季が可愛いよ」
さらりと言われて、あやうく手にしたグラスを落としそうになる。
こういうタイプと付き合うと、自然と素直になれるのかもしれない。
「ほ、褒めなくていいから、乾杯しよ、ほら」
照れ隠しで持ち上げたグラスに丹羽が軽く自分のグラスを合わせた。
小気味よい音が鳴る。
「メリークリスマス。待たせてごめんね」
「メリークリスマス。お疲れ様」
今の亜季に一番必要な言葉を添えて丹羽が微笑む。
「因みに今のを笑ってありがとうって言ってくれたら100点あげたのに」
シャンパンを口に運びながら続けられたセリフに亜季が思わず目を剥いた。
「そんな高等芸あたしに期待しないでよ!」
「それは無理。俺はいつでも亜季に期待してる」
「幻滅されるのが嫌だから本気でヤメテクダサイ」
思いっきり顔を顰めたら、膨れ面しないで、と伸びてきた丹羽の指で頬を突かれた。
「大丈夫、亜季はいつも俺の予想の上を行くからさ」
「何それ」
「最初に会った時は、こんな思い通りにならない女もないだろうと思ったけど」
「・・・それは悪うございましたね」
「でも、それが心地よいよ。亜季といると、これまで知らなかった自分を発見できるし」
「え、そうなの?」
「うん、振り回されるのも悪くないかなって、初めて思えたから」
「そ、そんなにあたし振り回してる?」
「さー・・・どうだろうね」
しれっと告げて丹羽がシャンパンを飲み干した。
「そのうち振り回すつもりだから。おあいこだよ」
「あたし、結構手ごわいわよ」
悪戯っぽく微笑んだ亜季の頬に、笑った丹羽がキスをした。
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