第34話 コーヒーメーカー

2人で過ごす週末。


お出かけデートを早めに切り上げて丹羽の家に戻ったら夕方6時過ぎだった。


遅昼を食べたところだったので夕飯には随分早い。


天気予報では夜半から雨と言っていたから早めに戻って来たのだ。


気を使う亜季をソファに押し留めてお茶の用意をするべくキッチンに向かう。


1人暮らしも長くなると、嫌でも調理器具が増える。


元から料理は嫌いではない。


凝ったものは作らないけれど。


だから、一通りのキッチングッズが揃っている台所を最初に見た時、亜季は真っ先に過去の女の遺産かと疑ってかかった。


「鍋ややかん位普通でしょ」


あからさま過ぎるヤキモチが可愛くて、呆れた口調で誤魔化してみても丹羽の頬は緩みっぱなしだった。


「フライパン2個に、ミルクパンに鍋が2種類・・・なんでこんなにあんのよ?」


「フライパンは無くなったと思って買ってきたんだよ。鍋は、結婚式の引き出物のカタログでセットのやつを選んだから」


「ふーん・・」


「その視線はなに?」


「べーつに・・何も言ってないでしょ」


「昔のモノは残さないタイプだから。心配しないでいいよ」


「心配してません」


「じゃあ、気にしなくていいよ」


無言で亜季が見つめ返す。


”あたしも過去になったら、残さず綺麗に消されちゃうの?”


言葉ではなく、視線に映し出された不安の色を見つけて丹羽が小さく笑う。


「心配なことある?」


澱みなく答えてみせた丹羽が亜季の顔を見つめ返したから負け戦を悟った亜季はパッと視線を逸らしてみせた。


「べつに!」



そんな経緯を経て、現在丹羽はキッチンに立っている。


ソファでリモコンを触る亜季に


「リクエストは?」


と問いかけたら


「美味しいコーヒー!!」


なんて答えが返ってきた。


「美味しいったって・・・」


いつものようにやかんを火にかけながら目の前に置いてあるインスタントコーヒーのパックを見る。


コーヒーに特に拘りはないはずだけれど。


「普通のコーヒーのミルク多めでいいの?」


「ミルクだけじゃなくて、お砂糖もたっぷり入れてねー」


「わかった・・あ・!そう言えば」


独りならインスタントで十分だと、全く使っていなかった真新しいコーヒーメーカーがある事を思い出した。


マンションの近くにはコーヒーチェーンもあるし、部屋に彼女を呼ぶような生活はこの一年弱送っていなかったし、本格的なコーヒーメーカーは手入れにもそれなりに手間がかかる。


そんな理由からお蔵入りしていたのだが。


「コーヒーメーカー!?」


「貰ったんだよ、去年の友達の結婚式の二次会で」


「なんで出てないの!?」


「きっかけが無くて」


苦笑いの丹羽に亜季はすぐさま視線を彷徨わせる。


「どこ置いてるのよ?」


丹羽は部屋をぐるりと見まわして、天井を指さした。


「えーっと・・ロフトかな」


その言葉を聞いた亜季が、迷わずロフトに続く梯子階段をよじ登っていく。


即断即決は如何にも彼女らしいけれど、自分の恰好を顧みずガツガツ階段を上るのはいくら彼女とはいえ頂けない。


代わりにとって来ようと慌てて声を掛ける。


「・・ちょっと亜季・・スカート」


確か今日はひざ上のタイトスカートだったはず。


けれど、丹羽がキッチンから出た時点ですでに亜季の姿はロフトの上にあった。


まさに早技だ。


思わず苦笑いが零れる。


「結構広いのねー」


膝歩きのままで天井の低いロフトを奥に進んだ亜季が、置かれている布団ケースや電気ストーブを横目に目的のコーヒーメーカーを探す。


古い雑誌の束や、使われていない大きなクッション何かを見つけて興味深そうに眺めるの様子を下から見上げる。


部屋に招いた時から、不躾にキョロキョロすることは無かったけれど、それなりに彼氏の家が気になるようだった。


問われれば、寝室でも洗面所でも、好きなだけご自由にと答えるのに。


「人一人位寝れるスペースあるけど、ロフトって熱が籠るからね、もう殆ど物置にしてる。場所分かる?多分紙袋に入れたままだと思う」


「紙袋ねー・・あった・・やだ、開けてすらない」


中を覗いてと包装紙に包まれたままのコーヒーメーカーを確かめた亜季が、わー本格的なやつと呟く。


ご丁寧に2位という紙まで張り付けたままだ。


「ビンゴかなんか?」


「そう、良く分かったね」


「せめて袋から出したらよかったのに」


ぼやきながら亜季が紙袋をロフトから差し出した。


それを受け取った丹羽が中を見て苦笑する。


「俺、結構こんなだよ?」


「なんか分かって来た」


呆れながら亜季が梯子階段の傍まで戻って来た。


「理解してくれて嬉しいよ」


紙袋をテーブルの上に置いた丹羽が亜季に向かって手を伸ばす。


「なに?」


きょとんとなった亜季が、膝歩きでロフトの端までにじり寄って来る。


「はい、おいで」


「え・・」


足を下ろしてロフトに腰かける状態で亜季は固まった。


まだ数回しか明るい場所で見た事のない白い膝小僧が眩しい。


こちらの色んな思考をぐらぐらさせる魅惑的なそこから目が離せない。


「スカート、困るでしょ」


「飛び降りるから平気よ」


「結構高いよ?」


肩を竦めて、いいからおいでと手を伸ばすも、ここから丹羽の腕に飛び込むのも勇気がいるらしい亜季が、逡巡するように視線を揺らす。


「早く」


腕を伸ばした丹羽が痺れを切らして亜季の手首を掴んで軽く引いた。


漸く飛び込んできた亜季の身体を抱きしめて丹羽が笑う。


「こうでもしないと抱き締めさせてもくれないからなぁ」


冗談交じりの一言を投げれば。


「っは、ちょ、何言ってんの!下ろして」


真っ赤になった亜季が必死に言ったけれど、丹羽はその後も随分長い間亜季を離そうとはしなかった。

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