第30話 隠しきれない
「へー色んなポイントがあるのね~」
昼休みの食堂で友世が持って来た雑誌を覗き込んだ。
以前は、佳織と亜季の二人で食べる事も多かったのだが、ここ最近は、友世たちとも打ち解けて一緒にテーブルを囲むことが多い。
最初は、あの志堂の女帝と同席なんて!としきりに緊張していた二人も、ざっくばらんな亜季の性格を知ってからは、気兼ねなく話しかけてくれるようになった。
とくに、丹羽と付き合うようになってから、近寄りがたいオーラが減ったと言われることが多くて、そんな変化がなんだか愛おしい。
「シーン別彼氏におねだりするポイントだって・・・細かく書いてあるねー」
舞が面白そうな体験談を見つけて視線で追う。
「絶対それアテになんないわ」
あっさり言ってのけたのは佳織だ。
「あー樋口さんはおねだりの必要すらなさそうですよね」
友世のセリフに佳織が呆れ顔を返す。
亜季としては友世の意見に大賛成なのだが、知らぬは当人ばかりなりだ。
「何でよ」
「だっておねだりの前にあれこれ用意しちゃいそうだもん」
「やだ、なにそれ凄い誤解だけど!何でそんな想像?」
「えーと樋口さんの仕事ぶりから連想?」
「友世、それは仕事モード全開の紘平を側で見てる大久保君目線入ってるでしょ」
「それは・・・あるかもだけど・・」
「ちょ、ちょっとそのページ見せて」
話が盛り上がる佳織と友世を横目に亜季が雑誌を自分の方へ引き寄せた。
この間まではファッション特集しかまともに見ていなかった女性誌だが、状況が変わった今は立派なバイブルだ。
「おねだりしたいモノあるんですか?」
舞の問いかけに盛大に噎せた。
おねだり!?あまりにも縁が無さすぎる。
「欲しいもの何かないけど!!」
「えっないんですか!?」
「面白くないわね」
心底詰まらなさそうに言ってきた佳織には申し訳ないが、恋愛事から遠ざかりすぎていて、恋人に買って貰いたいものなんてそう簡単に思い浮かばないのだ。
「面白くなくて結構よ。そうじゃなくて、ただ、ちょっと今ドキの恋愛はどんなかなーって」
ほら、ここ数年片思いしかしてませんから。
最近の恋愛事情も勉強しておこうかと思ったのだ。
「よそ様の恋愛チェックするほど余裕あんの?自分の事でいっぱいいっぱいでしょうに」
可笑しそうに佳織が聞いてくるから亜季はますますムキになって言い返した。
「あたしの強気、知らないの?」
はい、嘘です。
周り見る余裕はないです。
それでも周りがどんな感じに恋愛中かは興味がある。
自分がどの程度彼女として及第点を貰えるのかも当然気になる。
だって相手あっての恋愛なのだから。
★★★★★★
丹羽との待ち合わせのカフェは休日の昼時とあって混雑していた。
それでも窓際席に座れたのはネットで事前予約をしていたからだ。
ランチで何度か訪れていたので、予約可能だと知っていた。
せっかくの休日に長蛇の列で並ぶのは出来れば避けたい。
こういうオフィス街の穴場情報やお洒落カフェを見つけられるのはこのあたりで働くOLならではの特権だと思っている。
さっき本屋で買った雑誌を開いて、丹羽が来るまでの時間を潰す事にした。
メニューを聞きに来たスタッフには"待ち合わせなんで後で"と伝えておく。
それとなく視線を巡らせれば店内にはカップルも多い。
周りから見れば自分達も同じような幸せなカップルなんだろうか?
見つめあって穏やかに微笑み合う、そんな甘やかな雰囲気なんだろうか。
ぱらりとページを捲れば、恋に効く、パワースポット特集が出て来た。
「パワースポットか~」
同じページにはご丁寧にパワーストーンも載っている。
志堂でも数年前からカジュアルブランドを立ち上げて、パワーストーンブレスレットを販売しているので、亜季にとっても馴染みのある品物だ。
この恋愛が壊れる事なく続くようにと、今なら迷わず願ってしまう。
何かお揃いで持つのも良いかな?
彼はそういうの嫌いだろうか?
また訊きたい事が増えてきた。
事あるごとに丹羽ならどうするか、どんな風に応えるかを考えてしまう。
些細な事でも彼の反応が気になってしょうがない。
自分の出来を認めて欲しくて、何度も何度も振り返る。
大丈夫?
ちゃんとあたしの事を好き?
訊きたくて、だけど簡単には訊けない。
だから必死に隠してる。
「おはよ。ごめん、待った?」
音もなく前の席に滑り込んで来た人物を認めて亜季は笑顔になる。
「早く目が覚めたの。雑誌読んでたから平気」
本当は予定より衣装選び(一人ファッションショー)が短く済んだからなのだが。
ここ数年ろくなデートもしていなかったので、丹羽との交際が始まってすぐにクローゼットの中身を一新した。
おかげでトレンドは押さえられている筈だ。
「服欲しいの?今日予定立ててないし買い物でも行く?」
覗き込んで来た丹羽の視線を避けるように、慌てて亜季が雑誌を閉じる。
パワースポット特集のページを真剣に読んでいた事には気づかれたくなかった。
「あ、ううん、大丈夫・・あ」
伸びて来た手に雑誌を奪われて、目の前でパラパラとページを捲られる。
「恋愛スポット?」
「いや・・・その・・べ、別に」
「行きたい?」
くすりと笑った丹羽が、テーブルに頬杖をついて答えを待つ姿勢を取った。
揶揄う口調とは裏腹の優しい眼差しに、恋情を感じてしまうから怒れない。
「・・・っ」
「ご注文お決まりでしょうか?」
タイミング良く割って入ったのはウェイトレスだった。
愛想よく笑みを返した丹羽がメニューも見ずに尋ねる。
「今日のランチって何ですか?」
「サーモンとクリームチーズのバゲッドサンドです。後はサラダとドリンクが付きます」
「じゃあそれとアイスコーヒーで。亜季は?」
「同じものでホットの紅茶にしてください」
「畏まりました」
ウェイトレスが去るのを待って丹羽が口を開いた。
「恋愛成就したのにまた祈願しに行くの?」
まさかもう俺に飽きたとか?と嗜める様に付け加えてくる。
あんたねぇ!と丹羽を噛みつかんばかりに睨み返す。
「あたしの強気知らないの?」
「強気じゃなくて強がりね」
「なっ!」
図星を差されて慌てた亜季の左手を握って丹羽が笑った。
「ランチ食べたら、俺達がずっと続いてくように頼みに行こうか」
くそう負けた、と思ったけれど、亜季は意地でも口には出さなかった。
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