新婚編 短編詰め合わせなのでどっからでもどうぞ!
第61話 蜜月旅行
水色の絵の具を一面に塗り拡げたような、真っ青な空を見上げて、亜季は大きく深呼吸した。
日本から飛行機で8時間、直行便だったので疲れはさほどないが、それでも体のあちこちが痛い。
小さな船で近くの島めぐりをして遊び歩いた翌朝、丹羽より先に目が覚めたので、こっそりベッドを抜け出した。
ハネムーンプランとあって、部屋は極上。
大きなベッドは、ふたりで眠っても余りある広さで、亜季が動いてもスプリングの振動で丹羽が目を覚ますことは無かった。
部屋の小さなベッドで寄り添って眠るのも幸せだが、たまにはこういう贅沢もいい。
サービスのフルーツは、とても一晩で食べきれる量ではなかった。
豪華ディナーで満腹になった後に、南国の甘いフルーツとシャンパンのデザートを楽しんだ。
寝室には時計が置かれていない。
ホテル側からの敢えての配慮なのだろう。
日々時間に追われて生活している普段の自分からは考えれない状況に慌てる亜季に
”ここから先は携帯禁止”
と宣言したのは丹羽だ。
そのまま手にしていたスマホを取り上げられて、ベッドに連れ込まれた。
”旅行中位、時間に縛られるのやめにしようよ”
肌を滑る唇そのままに言われれば、すっかり停止した思考で異論を唱えられるはずもなく。
されるがままの亜季は自分がなんと返事を返したのかすら記憶にない。
残っているのは肌を焼く彼の唇の感触だけ。
ベッドルームを出てリビングに向かうと、レースのカーテン越しに眩しい日差しが入り込んで大理石の床を照らしていた。
昨夜何時に眠ったのかも定かでない。
今の所欠伸は出ないから、睡眠不足ではないと思うけど・・・
大きめのベランダに繋がる窓を開ければ心地よい潮風が吹き込んできた。
部屋着にしているキャミソールワンピの肩を撫でれば、日焼け止めを塗っても尚侵入してきた紫外線のせいでじんわりと肌が痛む。
耳元で丹羽の声が 聞こえた気がして思わず振り返った。
当然、リビングには誰もいない。
疲れた丹羽はまだ夢の中だ。
馬鹿みたいな甘ったるい空耳に、気恥ずかしくなる。
丹羽の吐息を思い出した自分に一番驚いた。
「そっか・・・片したんだ」
広いリビングに出しっぱなしにしてあったフルーツを冷蔵庫に片付けたのはベッドで何度かじゃれあった後だった。
飲みかけのシャンパングラスはそのまま。
そこまでの余裕は無かったらしい。
幾ら広いバスルームとはいえ、一緒にシャワーを浴びたのは間違いだった。
結局なし崩しのままベッドに逆戻りしてしまった昨日の行為を思い出して頬が火照る。
”フルーツ、食べかけよ。
乾燥しちゃうし、傷むかも・・・”
”フルーツは毎日サービスで来るよ”
”え、そうなの?”
”チェックインの時に、フロントで言われたよ”
笑った丹羽の唇が耳たぶを術って誘うように首筋に落ちる。
”もう忘れた?”
吐息交じりに囁かれて、目を瞑れば確信犯の笑い声が聞こえた。
”亜季、舞い上がってそれどころじゃなかったしね”
パンフレットで見たよりもずっと豪華なホテルは、ロビーが吹き抜けになっていて、見上げる程高いガラス張りの天井からは燦燦と太陽が降り注いでいた。
いかにもリゾートらしい作りのそれに、すっかりハネムーン気分に溺れていた亜季は辺りを見回すのに必死だったのだ。
”写真撮りたいって言ったのに”
”写真なら、明日でも明後日でもいつでも撮れるよ”
”そうやって言ってるうちに旅行って終わるのよ、知ってた?”
カードキーを受け取って部屋に向かいながら、亜季が言い返すと、丹羽が鼻で笑った。
”写真撮るより先に、もっとする事あるでしょ”
”明日からのスケジュールはばっちり頭に叩き込んであるわよ?”
胸を張った亜季の腕を掴んで、丹羽が笑みを浮かべたまま左手の薬指にキスを落とす。
”ハネムーンって、なんの為にあるんだっけ?”
”結婚の思い出作り?”
”結婚式とか、新居の手配で慌ただしかった分、誰にも邪魔されずにふたりだけの時間を過ごす為”
もっともらしいセリフに亜季が成程と頷く。
”因みに、披露宴も二次会も司会者並に仕切ってくれる花嫁のせいで、俺は結構欲求不満なんですけど”
”っえ!・・・だ、だって・・・せっかく皆がお祝いに来てくれたんだし、楽しんで欲しかったし”
披露宴の歓談中にまで、あれこれとゲストの心配を始めた亜季に、佳織が呆れて、主役は黙って座ってなさい!と叱りつけたのだ。
思い出して苦笑した亜季の短い髪を撫でて丹羽がカードキーを挿し込んで、ドアを開ける。
”ま、大方予想はしてたけど。はい、どうぞ。”
先に亜季を通してやると自分も中に進んだ。
”あれこれ気を回すとは思ってたし、何でも自分でやらないと気が済まないのも知ってるけど・・・”
すでに部屋に届いていた荷物を広げようとした亜季の腰を捕まえて、後ろから抱き寄せながら丹羽がさせないよ、と告げた。
何のスイッチが入ったのかは、さすがの亜季にも分かる。
ここに来る前に夕飯はたらふく食べたし、腹ごなしの散歩もした。
フロントの担当が笑顔で”素敵な夜を”と付け加えた意味を、今更ながら噛み締める。
目の前にあるリビングのテーブルには、グリーティングカードと一緒にハネムーンプラン専用のサービスフルーツがシャンパンと一緒に綺麗に並べられていた。
”か、乾杯位しない?”
肩越しに振り返った亜季の唇を捕えた丹羽がキスで答える。
つまり、もう待てないよ、って事。
流されて困る理由なんてひとつもない。
ここには二人以外に誰もいないし。
本当は、こうして四六時中くっつく為の旅行なのだ。
絡めた舌が唇を撫でて、離れる。
リップ音がやけに艶めかしくて、自然と鼓動が早くなる。
日に焼けた肌を辿る丹羽の指が、いつもよりずっと熱い。
腰に回されていた腕が太ももに滑り、ハネムーン用に買ったロングワンピースをたくし上げた。
丹羽の唇が耳たぶを掠めて、懇願するような低い囁きが肌と亜季の心を焦がす。
”ならシャンパン持ってベッド行こう”
そこでなら、何回でも乾杯してあげると言われて、亜季が答えに詰まる。
乾杯どころではなくなる事は、容易に想像できた。
彼ではなくて自分が。
そう思ってみれば、さっきも食前酒にワインにと何度もグラスを重ねたのだ。
持ち上げたグラス越しに歪んで見えた丹羽の笑顔は、今まで見た中で一番優しかった。
請われるように唇が重なる。
”俺の事欲しくない?”
甘ったるい囁きは、亜季の思考を完全に奪った。
そんな風に確かめるのはずるい。
他の答えなんて用意できるわけがない。
だって、今までで一番欲しいと思った男なのだ。
微笑んで頷いたら、丹羽が唇を割ってきた。
結局シャンパンは持たないままでベッドに雪崩込んで、そのまま朝焼けを見た。
物凄く正しい新婚旅行の幕開けだ、と、思う。
むき出しの肩や首筋に残る唇の熱。
強い日差しの中では、とても直視できない名残を指で辿って、亜季は小さく息を吐いた。
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