第6話

 最近、採集をしながら薬草以外のものを持って帰ってきてしまうことが増えた。

 母からは「色々採ってくるのね」と言われている。それがただの草花の根っこにしか見えないのは重々承知している。

 

――桔梗やゆりなどは花を楽しむもの。


 この国での常識はそうなのだが、これら花の根は食べれるのだ。それも栄養豊富である。生薬の元にもなり、料理をして食べても苦味はあるが美味しい。


――ただし、大人にとっては、だと思う。私自身は食べたいとは全然思わない。六歳だからかな。苦い野菜なんてペッペッだ。

 ただ、桔梗は気管支や肝臓などによいし、ユリの根も滋養強壮にすぐれ咳止めにもなる。

 体調不良とか風邪にもいいし、疲れもとれるし、母たちに食べてもらいたいと思うのだ。リタもよく風邪をひくから、勧めたいけど、口に合うかは分からない……。


 ここアンブル領は国の南に位置し、冬も来るが、わりと温暖な気候に恵まれている。南側の海の先にはナリア諸島があり、アンブル領に出入港があることから、島の食材がこの領を通してたくさん入ってくる。アンブル領の人々の口に合うのか、常食されている食材も結構ある。朝食の果物には南の島の物が普通に並ぶ。砂糖が安く手に入るのはナリア諸島から入ってくるからだ。ただ――

――南の島で採れた果物などは体を冷やすものが多い。


 前世の日本人の七十パーセント以上がそうだったように、母の体質も冷えに弱い。たぶんリタもそう。食材だけではないだろうし、他の体質もあるだろうけど、食べ物でもだいぶ違う。

 別に病気というわけではない。でも、風邪をひきやすかったり、便秘したりすぐ体調を壊す。


「なぜか薬の材料になるって分かるのよねぇ」


 そう呟いて手に持つのはユリの根。本来食用になるようなユリの根は、六年かけて作る――はずなのだが、このユリの根はそのままでも十分それ以上の効能を持っていることをシャインは感じていた。知っているという感覚のほうが正しいのかもしれない。


――折角、分かってしまった、目の前に体調不良を改善できるかもしれないものがあるのに、何もしないというのは嫌、そう思う。見習いだけど、薬剤師だしね!

 

 以前効能を思い出したネギの根は、その後ポーションにも混ぜることに成功している。

 この花の根たちもポーションに混ぜることができると思う。

 そうなのだが――

――問題はどう説明する? まだ効能も分からない。

 

 なにせ、薬膳料理や漢方は体質改善には役立つが、効果をかんじるまでに元々時間がかかる。

 ポーションに入れるという暴挙を試みたのは、素早い効果を期待したからだ。失敗して、ばれたら怒られるかもしれないとひやひやだった。ま、怒られてもまたこっそり試しただろうけど……


 ポーションは薬草を魔力で作るからか、効果がすぐに現れる。

 魔力回復などや治療薬としいて、飲めばすぐに回復・修復するのだ。

 その即効性を期待してネギの根や生姜なども混入してみたら、ポーション自体にはあっさりと混ざった。

 生姜は漢方では有名だったけど、ポーションにもすんなりなじんだ。


 ところがだ、量の問題なのか効能なのか、原因は不明だが、自分はもちろん家族や知り合いに飲ませてもポーションとしての薬効はあっても、混入したほうの効果ははっきりとは分からなかった。そう、即効性が加味されるものなのかすらもまだ分かっていない。

 擦り傷は、まぁ日常的に発生するので、擦り傷を治すために私はネギと生姜混入のポーションを飲んではいるが、普通のポーションの効果しか分からない。

 生姜などは別としても、見向きもされていなかった根っこは作る手間が増えるだけなので、とりあえず、根っこ類と森で採集してきた草と思われている薬草などで実験はこっそり続けることにする。

 

 とりあえずは、料理して試食してもらうことにしよう。食用にもなるってことを知ってもらわないとね。

 私はともかく、親たちはネギの根っこでさえおいしいと言ってたから、桔梗の根やユリの根も大丈夫だろう。

 綺麗に水で洗って準備。今回は採集で培ったナイフの腕を試してみることにする。桔梗の根は細く割いて、食べやすい長さに切る。苦いので塩もみをしておく。

 ユリの根は房のようになっているので、ばらしたら、桔梗の根を水で洗って私の仕事はおわり。


 母に料理を頼む。

 ユリの根は揚げて塩をつけたらいいかな。


「この油ってオリーブオイルだよね? 他の油はない?」

「バターやラードのこと?」

「動物のじゃなくて。植物性のオイルは他にないの?」

「オリーブオイルが一番なのに他のなんてないよ」

「……」


 確かにオリーブオイルはいいけれど、それぞれに良さはあるだろうけどなと思う。

 搾りたてのオリーブオイルはサラダなどに生で使う分には香り高く絶品だと思う。ただ、目玉焼きなどに使うのは脂っこいような油臭さが気になる。焼いたり揚げたりに使う油はベチョっとしない他の油を試したいとおもってしまう。


 ふと、別の油の味を知っている自分を自覚する。思考の幅が急に広がった感覚もあるし、前世が関係しているのだろうと思い当たる。

 ま、ないならしょうがな――


――くぅ! ごま油が欲しい! ……え?


 唐突に油の味覚と名前を思い出し、無性にごま油が欲しくなり、その次に唖然とする。……油が食べたいとか分かりたくなかったな。それもごま油? この感覚はおいしいのだろうか……??

  

 とりあえず、桔梗の根はオリーブオイルで炒めて塩とニンニクで味付けしてもらおう。

 ユリの根は揚げずに、予定だった献立のクラムチャウダーに入れてもうことにした。仕上げ5分前にいれたらいいだけだから。


 三人でテーブルを囲んで夕食の席に着く。祖母の黙とうが終わり年長者からカトラリーを手にする。この習慣は腐っているものや毒が入っていることが万が一にでもあった場合、経験の多い年長者が先に気づければ子供たちを守れるからだと初めて聞く。


――習慣の理由を今説明されたのって、花の根っこを怪しんでいるから?…… 


 祖母が、湯気がゆらゆら立つスープからユリ根を口に運び、咀嚼して目を瞬く。


「ホクホクとしておいしいね」 


 その言葉にほっと息が出た。

 桔梗の根の炒め物に手を出していた母も口に手を当てる。


「桔梗の根も思ったより食べれるわね」

「少し苦みがあるから、好き嫌いは分かれるかもね。私はユリの根のほうがいいねぇ」

「そうね、ユリの根のほうが食べやすいかも。他の料理にも使えそうだし」


 二人が料理のアレンジを巡って話が弾むのを横で聞く。

 もくもくと食べ、パンで皿に付いているチャウダーの残りを綺麗に掬い取り、ごちそうさまを言う。

 とりあえず、食用にもなることを分かってもらえたから、思考はポーションのことに移っていた。 


「シャイン、花の根が食べられるって誰かに聞いたの?」


 急に母に呼び留められる。

 聞かれたくなかったけど、ネギの根を食べてもらったときから、尋ねられるだろうと思っていた質問。

 

「うん、そう。眠いからお皿を洗浄機に入れて寝るね」

「そう、今日はお手伝いもたくさんしてくれたからね。おやすみ」

「シャイン、おやすみ。歯磨きは忘れずにするんだよ」


 ふー。自然に答えられたかなぁ。誰って答えられないんだよねぇ。とりあえず、父のところで読んだ本にあった気がすると答えようとは思ってたんだけど、焦って、うんって言ってしまったしなぁ。ま、いいや。次聞かれるかもわからないし。


 お皿とコップをエアー洗浄機に入れる。水を使わずに食器を洗ってくれる。食材もこれに入れて洗うこともある。

 洗濯物も同じように水ではなく空気で洗う。余程ひどい汚れの時は水でつけおき洗いをするが、日常の物はエアー洗濯機に入れれば汚れは分解される。普段の服やシルクや毛皮などの高級衣類、カバンなどは上段に、下には靴類を入れるスペースもある。

 歯磨きをする間に食べ終わった家族の分の食器を入れて始動させると、独特の匂いがぷ~んと漂った。その匂いがまた一つの知識を呼び覚ます。


――オゾンの力で消臭や除菌をしているんだ。洗剤なしって環境に優しそう。ふと思った……

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