第14話
あ、まただ――
「シャイン、――」
この世には雑音であふれている。森へ行っても木々がこすれて声を出す。小鳥がさえずり、少し遠くでは水の流れる音さえ聞こえるときもある。
それなのに、その声が聞こえるときこの世の雑音が薄れる。
限界まで消音された中での最大限に拡張されたように感じる声音。
まるでマスタリングされた曲のようにノイズを最大限除去して、音圧レベルや質感の補正をして作りこまれたような濃く、とても濃く届く音の綴り。
その声音に私の全てで共鳴したい、そう思うのに、音に映る感情はなぜか不安定で、はかなく脆い壊れそうな感情をのせていて戸惑ってしま――
「おい、聞いているのか」
焦点が合った目の先にいるのはクレト。
「ご、ごめん。ぼおっとしてたみたい」
びくっと肩が揺れ、声が跳ねる。現実に引き戻されたような不思議な感覚。私はなぜ知らない単語で思考をしていた?
でも、今は目の前に集中しなきゃ。
「えっと、何?」
「はぁ……。ルカが見習いパーティで依頼がついていた採集を受けたんだ。先にギルドで提出してからお前の家に行ったら、ババさまからすでに一人で採集に行ったと聞いたから、手分けして探してたんだよ。ほら、行くぞ」
ルカたちが待っているのだろう。歩きながらクレトが剣帯しているのを確認する。
「依頼がつくような採集ね。内容は?」
「中級ポーションの材料が大量にいるらしい。通常よりも実入りがいい」
中級ポーションの薬草ならレイバダンジョンの外、ダンジョン真上に続く森林地帯に多く生息している。外にはまず魔物が出ないし、そこへ行くのがいいだろう。
日の光が柔らかい。午前中という時間帯に、今日は学舎が休みの日だったなと思い当たる。
ルカたちとはすぐに合流できた。「やっぱりそっちだったか」ってルカ、私の行動読んでる? まぁ、一人で採集できる場所なんて門の近場しかないから二か所くらいだし、ね。
「受け取れ、家から持ってきた」
愛用の剣をぽんっと投げてよこす。籠を持つ反対の手で受けれるように投げてくれるから、左手で受け取る。籠のひもをわっかの部分につけて背負い籠に変え、腰に剣帯する。
森林地帯に到着し、私の指示で手分けして薬草を探す。
「出たぞ!」
その声にハッと振り返る。
――スライムがいる!? 魔物はほとんどダンジョンの外に出ないはずなのに、と背中に汗がつたう。
ゼリー状のスライムは見習いでも十分対応できる弱い魔物だ。でも、生きている魔物を見るのは初めてで、なんとか抜いた剣を持つ手が震える。
ルカが真っ先に走り寄り、「ハァッ」と剣を振りかざす。続いてマリオが剣をズブッと突き刺すと、スライムはあっけなく魔石を残してスゥーと消滅した。
マリオが小魔石を拾うために屈む。その横でルカが周囲を確かめ「一体だけだったようだな」とみんなに声をかけたのを聞いて、私は自分の膝が地面についた軽い衝撃を受けた。
私の様子に気づいたルカたちが寄ってくる。
深呼吸しながら緊張を逃す。
「おい、大丈夫か?」
「シャインはダンジョンに行ったことないのか?」
「こいつは森での採集しかしたことないからな」
私の行動範囲は完全把握で決まりかい、と思いながら差し出されたルカの手につかまって立つ。ルカが膝についた土や草を払ってくれた。その思いやりに促され、震えそうになる声を絞り出す。
「魔物を初めて見た……」
「あぁ、俺も魔物を初めて見たときには驚いたな。スモールバジリスクだったけどな」
「バジリスクだと? 石化させる、やっかいな魔物に最初から当たったのか! ある意味すごいな」
ひと時、魔物の話で盛り上がる仲間たちが、話が止まったタイミングで私を見だして次々と笑い出す。クレト以外。
「シャインがスライムを怖がるとか空から矢が降るよりありえねー」
「それな」
「ヘビのシッポもってこっちへ投げるくせによ、お前が震えるとか笑える」
「ひどい、怖かったのに!」
でも、怖いといったからか、みんなが笑ったからか、私も笑っていた。クレトも笑ったことになぜか安心した。
その後は二人一組になり警戒しながらの採集になったけど、魔物は出ることもなかった。一時間少しで依頼分はきっちり採れたし、ウサギも一匹、マリオとピーターで捕っていた。
マリオは魔力はそこまではないのかもしれないけど、的に当てる時も精確だった。弓か精確に的に当てる才能があるのかもしれない。それぞれに能力が違うからできることも増えるね。
「シャインのおかげで採集が早く済んだ」
「ウサギは捕れないからね。ピーターたちのお陰だね」
「お前なら、ウサギくらい一蹴りで仕留めるだろう」
「ムリ。マリオ、私はウサギをもふりたいほうなの」
――さすがにウサギを蹴れないよ! あんなモフモフでかわいいのに。あぁ、狩りは苦手かもしれない。ウサギのようにかわいい魔物とか出たら、どうしよう。
「ウサギがかわいくて狩れないとか言いつつ、ウサギ肉のシチューはしっかり、がっつり食べるからな、こいつ」
「……ルカさん、私の行動を予測するのはやめてもらえますか? 出されたものは残さず恵みに感謝して完食してるだけです」
「予測じゃなくて、事実。たまに苦い野菜残してるけどな、お前」
クッソウ。こういう時、幼馴染って困る。六年もの付き合いをしているのに、まだ六年しか生きてない、オムツからお
私はジト目でルカを睨んだけど、言い返せなかった……。ぐぬぬぬぬぬ
おいしいものは残さないもん!
冒険者ギルドに持っていったら、担当のギルさんに褒められた。
早く集まっただけでなく、綺麗に採集してあると。
依頼料もたくさんもらえて頬が緩みまくってしまう。私は大銅貨二枚をもらった。六人で大銅貨十四枚だったのだけど、ウサギ捕ってないし、半端数の薬草をもらったからね。
「さ、残り一人当たり幾らずつになるでしょう」
「十二枚を五人で分けるから、二枚ずつで、二枚あまる……」
そうそうピーター。そこまで正解! 次は? うーんと考えている。クレトが発言する。
「二枚の大銅貨を小銅貨に変えたら二十枚になる。それを五人で分けると、はい、ピーター」
「え? 俺? えっと……、四枚か?」
「正解」
クレトが頷く。クレトって最初から分かっていたって感じだねぇ。
ルカが「ピーターはすごいな」って言ってる。数の計算って実物があれば、理解しやすいから、今度ルカと何か遊びながら計算しよう。
「今までの依頼でこんなにもらえたのは初めてだ!」
「俺は採集の中では最高額だな」
「確かに。採集単独は、ほとんど受けたことなかったしな」
採集って狩りのおまけみたいなものなのかな? でも、見て分かるようになるには採集もしとかないと、雑草と区別がつかないと思うんだけどな。
みんなも喜んでいるようで良かったけどね。私も報酬が入ってホクホクだ。
何しろ、ポーション五倍化したのに、まだ売れない。おまけに、私に儲けが入らなさそう。今までのお小遣いに少しプラスされるくらいが関の山。
収穫や採集で手に入るものばかりならいいけど、購入しないと手に入らない欲しいものも出てくると思う。
百合の根は使ったけど、実は牡丹の根の皮も欲しい。
「立てば
ことわざとして有名だったから、この三つの花に例えられたら、それはきっちり褒め言葉なのだけど、思い出したのは、それだけではなかった。
元々は、生薬の効果から来てる。ただの美人への褒め言葉ではないんですなぁ
・気分が立ってしまうような女性には芍薬(の根)。
・疲れやすく座ってしまう女性には牡丹(の根)。
・精神的に落ち着かない女性には百合(の根)。
効能は比喩されているのだけではないけど。……あれ、比喩と言えば続きが……
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花 ばばあになればしおれ花」
!!!!!ババぁになればしおれ花って!やめーーー! やめて!
誰よ、こんな戯れ言葉作ったの。あぁ、でもなんか笑える。先日ババくさいと言われたばかりの、こっちの胸は痛ん、、ではないがな。まだ六歳じゃっ!
そだ! 「あなたは百合の花のようだ」ってピーターが誰かに言ってたら、あなたはヒステリーのようですって言ってるよと変換してあげたい。ピーターは単なるたおやかだね、とかの意味で使うだろうけど。
ピーターを見てニヤニヤしてたらしい。ルカから「また黒い笑顔をしてる」と言われた。また? 黒い笑顔って何。
昼からは、クレトの家でお手伝いのお仕事を請け負うことになった。オリーブの収穫がすでに始まったそうで、人手が欲しい時期なんだって。
一番の収穫期にはかえって人がいっぱいいるらしい。家の手伝いとその友人たちってことで、報酬を直接もらえて、子供の報酬にしてはいいはずだから来てくれってクレトに言われた。
ギルドを出て、商店で食べ物を買って帰るというマリオたちと一旦別れ、お昼を食べに家に向かう。
商店かぁ。疲れによい
山深くや、遠くにあるのかもしれないけれど、私が行ける採集場所では見たことがないから。根っこ自体が売っているのかもまだ分からないけど。依頼を出すことになるかもしれない。
実験に失敗したら、道具を新たに買わないといけないかもしれないし、実験にはお金がいる。お金も稼がないといけないなぁ。まだ六歳なのに、お金のやりくりまで考えるってどうよ
実験を他の薬剤師はしないのか母に聞いたら、
「実験にはお金もかかるのよ」
と、苦笑されたから、色々と必要なのだろう。まだ他に何が必要かは分かってないけど……
――クレトの家に行くのは決定ですな。
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