第15話

 ルカと待ち合わせして、オリーブ工場があるウルバノ爺さまの家に到着する。

 クレトも他の仲間もすでに集まっている。

 声をかけようとして、家の向こう側にのそりのそり歩くでかすぎる猫を発見する。

 猫にしては骨格が大きい気もするけれど、市場の魚屋さんの猫も超デブ猫だったから、きっとおいしいものをいっぱい食べたらあんなになるんだろうな、と楽しくなる。


「でかぬこだねー! クレトが飼っているの?」


 あ、「お待たせ」の挨拶が抜けた。猫が私の脳内をだいぶ占領してしまったらしい。


「……は?」

「お前、猫なんて飼っていたか?」

「いや」


 クレトの猫を飼ってないという返答に、近所の猫が我が物顔で敷地を歩いているのかと思い指をさす。


「あの子、誰の子?」

「ぶほぅっ」


 噴出して爆笑してるルカたちの隣ではクレトが苦虫を噛み潰したような顔をしている。あまり喜怒哀楽を出さないと思っていたクレトのその表情に目を瞬く。


「え? なんか間違った?」

「ひぃひぃぃー、あー、腹いてーー! お、おまえ、あれのどこが猫に見えるんだよ?」


 答えてくれないクレトの代わりに笑いすぎのルカが答える。

 バカ笑いに気づいたのか、話題の猫もどきがのっそりと歩みをこちらに向けた。


「あれ? 顔はなんだかすっとしてるねぇ……? ん? まさかのワンちゃん?!」


 ワンちゃんの言葉に反応する犬もどき。たぶん犬なんだろうけど、ワンちゃんの言葉に嫌そうな目線をくれたような気がした。

 その犬がすぐクレトへ視線を戻しかけて、ハッと振り向き私を凝視したまま動きを止めた。


――なんか犬もどきが人間ぽい……?


 ブルーグレーの混じった白銀色の毛並みに一瞬赤く光ったように見えた金色の瞳。よく見たらかっこいい? んー、でも全体のバランスが若干微妙だなぁ。ギュウッって無理やり縮めたけど縮めきれなかったような不自然さ?――


「フェン」


 クレトの呼ぶ声に、フェンはフイッと彼のほうへ歩みをすすめる。しっぽが左右に悠然と揺れる。


「名前、フェンなのね。で、やっぱり犬? 撫でていい? クレトが飼っているの?」


 ふさふさの毛並みを触ってみたくて、近づきながら矢継ぎ早の質問をしてしまう。


「猫に間違われたら嫌だよなぁ?」

「メインクーンっていう巨大猫がいるんだよ。すっごくかっこよくてかわいいの! 首回りとシッポが特にもふもふでね、賢いから投げたボールもちゃんと拾ってもってくるんだよ」


 やっぱり無口なままのクレトに代わってルカが横入りするが、猫だってかわいいのにと思わずメインクーンを語る。でも、どこでそんな巨体をみたっけ?と自問自答していたらマリオが口を挟む。


「それ犬みたいな猫の話してるけど、シャインは犬を猫に見間違えたんだから反対だろ? だいたいネコとイヌは全然違わないか? 犬は鼻が出てるしなぁ」

「クシャってしたつぶれたような顔の犬種もいるよー。それにメインクーンは小さめのがっしりしたトラのようでかわいいんだよぉ」

「なんでそんなに詳しいんだよ! てかそこじゃない」


 マリオとルカの突っ込みに、「カオスだ」とボソッと呟いたクレトの声が耳に入る。

 フェンは飼い主だろうクレトに一度すり寄ってから、どこかへ歩いていく。


「あー! フェンがどっかに行ってしまうー。フェ~ン待ってー」

「いや、お前はこっち」


 フェンをもふりたいと思うのに、ルカにずるずると引きずられてフェンから遠ざかり、わきわきしてる手だけが空中を掴んだ……


 「お前は仕事をしに来たんだろう」というルカの言葉に渋々従う。


 クレトが仕事の説明をしてくれるらしい。二か所に分かれて作業するとか。


「オリーブの収穫でもいいし、塩漬け用にする加工の処での手伝いもある。ただし、オリーブの採集は少し奥になる。今日はこの敷地でしか収穫しないから遠くはないけど」

「俺は塩漬け」

「俺も」


 ピーターたちが先に塩漬けと言う。私は採取に興味があるから、収穫にしよっと。


「私とルカが収穫ね」

「おい、勝手に決めるな」

「塩漬けがいいの? すぐには食べられないよ」

「お前みたいに食べねーよ。ま、収穫でもいいけど」


 イバンは来れなかったので、私とルカだけ収穫する。他のメンバーは塩漬けのほうへ行く。

 採集には手伝いの人が採集場所まで連れて行ってくれた。

 オリーブの木にまだ緑色の実がなっている。

 塩漬け用は緑のうちに採取して漬けるらしい。


 「こちら側のオリーブの木は柔軟性がないから、木自体を揺らして収穫できないんだ。これで手摘みしてほしい」


 渡されたのは大きな四角の熊手、かな。ガタガタと動く大きな道具二台は大人たちが使っている。

 もう少し木が太かったら、ルカと私で木に登るんだけどなぁ。

 細いし、木が痛んだらいけないからやらないけど。下に網が置いてある。


「風魔法で揺らして落してもいいですか?」

「できたらいいね。コントロールが難しくないかい?」

「風魔法で傷つけずに落せたら、それでも?」

「いいよ」


 大人に了解を得、分かったと頷き、ガタガタと動く大きな熊手から離れる。うるさいんだもん。


「ルカ、あの上の狙おうか」

「最初は近いところに風魔法を使って、傷の具合を確かめたほうがいいだろう」

「そうだね!」


 魔力を手に乗せて、放つ。


「吹け【疾風ストーム】」


 大きく枝と葉っぱが揺れ、実が落ちてくる。二人で葉や実の状態を確かめる。


「大丈夫そうだね」

「そうだな。でも、やりすぎるなよ。魔力切れ起こしたらいけないからな」

「うん。じゃぁ、上のほうは風魔法で落して、下のほうはこの熊手でいいかな。」


 二人で楽しく作業をする。

 他のメンバーも楽しく頑張っているかなって思って、先ほどのそっけない態度のクレトが思い出される。

 フェンを触らせてくれないなんて、思ったより意地悪だ。ふんっだ。


 ルカに「クレトって黒いオーラ背負ってるよね」って言いそうになってグッと詰まる。

 「オーラが見えたのか?!」って目からキラキラなハートが飛びそうな気がする……

 きっと、「私見えるんです」的な表現をルカにはしちゃいけない。うーん……


「ねぇ、クレトって平均律の無調性音楽的な雰囲気がしない?」

「……は? 何言ってるのか、さっぱりわかんね」

「だよねー、私も自分にびっくりだよ」

「おい…… 分かりやすく言い直せ」


 なぜか出てきた単語なのに、その意味を知っている自分に驚きつつも、把握まではいってないからムリ!と思ったけど、ええっと、言いたいことは、クレトへのイメージだったかな?


「知的に脱構築した音……ううん、えっと、美しすぎるのに逆に怖いって感じ?」

「クレトが美しすぎる?」

「違った」

「クレトが怖いのか?」

「ううん、全然」

「……」


 クレトの声音に気を取られすぎなんだろうと、クレトと音を離して説明しようとしてみたら、おかしくなった。頭を抱えていたら、


「もしかして、影があるってことか?」

「おお、それ! きっと、それよ! パッパラパーのルカがよくぞ気づいてたね!」


 パシッン! ビシッと指をさしたその手をルカに払われた……痛いけど、私の失言です、はい。


「じょ冗談だよぉ」

「……母ちゃんたちが言ってたんだよ。影がある感じがするって」


 嫌そうな顔でルカが言う。


――あ、やはしあなたさまが気づいたわけではなかったのね。


「別の時には、悪い男は影があって、それがすごい魅力的なんだとか言ってたんだが、お前、意味分かるか? 悪い男が魅力的ってどういうことだ? クレトは悪人だと思うか?」

「いやいや、違うよ! それ一般論だよ。クレトのことじゃない。それに悪いって意味がそのまんまの悪いじゃないかもだし」

「どういうことだ?」

「悪いってよりつれないの意味とかのほうかも。捕まえられないと余計捕まえたくなるのにできなくて歯がゆいって分かる?」

「おー、それなら分かる! 狩りなんかで逃したものほど悔しいって思うぜ」


――どんどん離れて行っている気もするが、ルカが理解してくれたなら良かったよ。これ以上説明させられたらまじパンクしそうだったよ。それに――


「あとね、影とかの暗い部分って悪いことじゃない気がする。ちょっと違うだけ。でも、同じ人なんていないんだから、それが当たり前だし。調和の時間の重なりってストレスがなくて穏やかだし、その気持ちいい状態が壊されるのは、嫌な気がするかもしれないけど、不調和の波紋がたまに混じるのは、人生の香辛料かもしれないし――」

「ストップ! これ以上言われたら頭から煙でそう」


 せきを切ったように語ってしまった。最近、違うって何だろうって思ってたから、感情が揺れていたぽいや。ストップしてもらえて、助かった。一息ついて笑う。


「あはは。ルカの髪の色って燃えてそうだもんねぇ」

「おい」

「ルカって、核心ついてくることあって、物事を私なんかよりよく分かってるのに、ね」

「あー、母ちゃんたちが言う含みのある表現って苦手かも。女性的表現っていうのか? 萌え要素って言ってたぞ」


 自分の頭をがしがしとかきながら言う。本当に苦手そう。


「影が萌え要素なの?」

「それとは別かもな。ただ、マリオの姉ちゃんたちが言うには、萌えってのが最近は進化して天井と床の関係とか、お前分かるか?……ま、お前は俺以上に無理そうだな。恋愛要素ゼロぽいしな」


 萌えから、なぜ天井と床が出てくるの? 

 てか、恋愛要素がゼロって何?!


「私、つれないって言葉知ってるから、ルカより上だよ! きっと」

「うわぁ! シャインより恋愛要素ないとかやめてくれ! マイナス出発かよっ」 

   

――結局、自分でも何を感じていたのかよく分からなかったけど、悪人って単語に反発したい気持ちが大きくて、屁理屈を並べただけになったのかも。


 おまけに、言いたいことは「協調性が少し欠けているよね」ってことだったと、後で気づいた。

 はぁぁ。飼い犬を触らしてもらえなかったくらいで、協調性欠けるもないんだけど。クレトのせいじゃないのに、もふりたい気持ちが暴走した。

 どんどん話がずれて行ってたのは、私のせいだった。狩りに走ったルカとあまり変わらないや。

 

 それにしても、もふれないと頭にきて、それこそ悪口に近いことを言おうとしていた自分もどうかと思うけど、そのクレトを庇おうとして言葉がどんどん出てきたのは、どうしてだったんだろう……。



 大事な報酬は大銅貨二枚だった。

 三時間も働かなかったし、おいしいお菓子付きで、風魔法制御の練習時間にもなった。また行きたいって言ったら、かなり貢献してたらしく、喜ばれた。風魔法くん、いい仕事してますねぇ~

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