第11話

「お前が薬屋のところのシャインか?」 


 東門から出て間近な比較的安全な草むらで一人薬草を採っているときだった。

 澄み切った清水のような、それでいてダークな色ものせたその声音に、思わず薬草へと伸ばした手は止まって、その音源に顔を向ける。

 

 銀髪は肩のところで風に揺れ、紫紺の瞳に更冷たさを混ぜた印象の目つきが、見た目同年齢くらいの少年のものには見えなかった。

 それが私が抱いたクレトの初印象。


 私はゆっくり立ち上がり自分より少し背の高い彼を見上げた。


「……そうだけど?」

「ルカが呼んでる」


 なぜ名前を知っているのだろうと、首を傾げる私に彼がボソッと答えた。


 高く澄んだ声なのに、答え方のそっけなさがちぐはぐに感じてしまい、妙に落ち着かない気にさせられる。彼が呼んだ自分の名前だけが周りの音よりもくっきりと聞こえたのはなぜだったのか……

 彼の出す音声が自分の中のどこかに影響を与えているようなもどかしさが分けのわからないイラつきへと変わる前に、彼の促す言葉で、ハッと現実にひき戻される。


「行くぞ、ついてこい。東門で待ち合わせだ」


 踵を返す彼に足を踏み出しついて行く。言い方が偉そうというか、人を従えたことがある感じを受けたけど、まさかね、着ているものも平民の子供服だし、ね。


 東門ならすぐ近くだし、相手は友達を知っている子供だ。用心は要らないと思いつつ、疑問を口にする。


「名前は? ルカはなぜ私を呼んでいるの?」

「……名乗られよ、とは言わないんだな。名前はクレト。東門の内側で他の仲間と会わせるとルカが言っていた」


――ルカって口軽っ、すでに我が家へ入る合図まで教えたの?!


 むぅっと口を尖らせ、ルカに一言言わねば!と思っていたが、東門に着いても、ルカの姿は見えない。どうやら他の友達を呼びに行ったようだ。

 門兵にカードを見せて町に入る。


「籠を家に置いてくる」


 家を指しながら家に向かうと、ルカもついてくる。 


「ただいまぁ。行ってきまーす」


 スゥーと開いた魔具の自動扉から店のほうへ入り、カウンターに籠を置いて、祖母に声をかけながらまた出かけようとする。


「おやおや。そっちの新顔さんは紹介してくれないのかい?」

「あぁ、そうだね。クレトって言うんだって」


 名前しか知らないから、立ち止まってそれだけ答える。扉の前で立っていたクレトは中に入ってきて、挨拶をした。


「初めまして。クレトです」

「私はシャインの祖母だよ。どこぞのお貴族様が来られたかと思ったよ」

「いえ、僕はウルバノ爺の孫です」

「孫? そうかい、シャインと仲良くしてくれたら嬉しいよ」 


 祖母は一瞬の怪訝な表情をすぐに笑顔に変える。彼の声に気を取られて気づいてなかったけれど、確かに端整な顔をしているなとクレトの横顔を見る。

 祖母に対する口調も、ルカたちと違って丁寧だ。

 ウルバノ爺様なら南門辺りでオリーブ工場を営んでいる。ルカの家ともすぐ近くだ。


 ルカたちは「ですます」も使えないんじゃないかな?「ルカだです」とか言いそうだ。ぷぷぷ……

 ルカの名前がルカダになったとニヤニヤしていると祖母がカウンターの下から棒つき飴を出してくれる。


「ありがとうございます。……懐かしいな」

「ルカたちの分もちょうだい」

「棒つき飴は全部で五本しかないよ」

「足りなかったら割って分ければいいよ、ルカたちが。じゃぁ、行ってくるね」

「あまり遅くならないようにね」


 飴を口にしながら今度こそ外に向かう。

 外に出たクレトが「アンブルの知恵者か」と呟いたけど私の耳には届かなかった。


 棒つき飴は父からもらったもので、確か王都の貴族街で買ったものだと言っていたな、と飴の甘さを感じながら思い出す。「懐かしい」と口にしたクレトに、王都にいたことがあるのかと尋ねようとしたところで、ルカの私たちを呼ぶ声が聞こえる。

 おっと、ルカダ君のご登場ですね! 


「ルカダ、遅かったね」

「三人探してきたからな」


――あれ? 名前が違っていることに気づかない? ……っあ! 「ルカだ」に聞こえたんだ! しまった、「ルカダだ」と言うべきだった! うぁあ! おまけにルカってギルドでちゃんと「ルカです」って挨拶してたね! くぅぅ、痛恨のミス……いやいや、まだ誰にも一人でスベッタことはばれてない! 大丈夫、大丈夫。


 一人キョドッて焦っている間に、ルカが連れてきたマリオたちとクレトとは紹介も終わっていて遊びの取り決めをしている。

 ケイドロをするらしく、クレトに遊び方を教えている。警備チームと泥棒チームに分かれるんだって。


――うん、本当は警察と泥棒だけどね。警察の代わりにここでは騎士とか兵士だから警備にしたんだよな。お陰で、貴族街でもお転婆してるって勘違いされたけど。


「飴、あと三つしかないから四人で分けてね」

「分けるのがめんどくせー」

「要らないなら私が全部食べるよ?」

「いる、いる!」


 飴は私の手からサッと消えた。結局はルカが俺はいいよって言ってくれて、文句を言っていたイバンと、サッと取っていったマリオとピーターは譲ってくれたルカを褒めたたえていた。


――ルカには前あげたからね。てか、飴持ってきたのは私だよ? 褒めるなら私を褒めていいんだよ? 

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