第10話
ババさまが作るポーションは質がいいらしく、定期的に貴族からの注文が入る。主に高位貴族が雇っている騎士たちのためだ。
ここアンブル領は領主たちの住む貴族街があり、高い城壁で囲まれている。その周りに平民の住む町がある。
貴族街をぐるっと囲むようにして町をなしていて、貴族街がほぼ四角に城壁で囲まれているのとは違い、町は森や川などの地形生りに低い壁に囲まれている。
いつもは祖母一人で届けることが多いのだが、ポーション作りに成功したからか、今日からは私も連れて行ってくれるという。
父のところへ行くときの服にいそいそと着替える。と言っても、裕福な平民も着るような服で、パッと見て貴族とは分からない程度の服装。平民街をいかにもお貴族さまって恰好では歩かない。
まぁ、ごくたまに護衛とかをゾロゾロ引き連れて歩くご令嬢もいなくはないようだけど、単身で遊びにくるような貴族は平民の恰好をする、そうだ。
アンブル領は割と豊かで、スラム街とかはない。それでも、一応平民として町に住んでいるから、服装などは注意するように母から言われている。物取りがないわけじゃないから。
「挨拶の仕方や言葉使いは父親のところでする時と同じように、シャイアは行儀よくしてればいいからね」
「うん、わかった」
父親のところへ行く時とは違い、徒歩で貴族街に向かいながら祖母から注意事項を聞く。
貴族街は南北二つの城門がある。南門につくと、祖母がカードを門衛に渡す。祖母のカードは確か薬剤師ギルドのもの。
「薬師のばあさん、今日はどちらへ」
「領主さまと他二か所へ、これを届けにね」
祖母はにこやかに挨拶しながら薬のはいった籠を見せる。
門衛はカードを水晶のついた魔導具らしきものにあてる。通行記録に記載されるらしい。
カードを当てるだけで時間まで記録されるなんて便利だけど、連れがいることは別途で記載しないといけないらしく、もう一人がタブレットに記入している。
「いつも助かってるよ。連れはお孫さんか?」
「あぁ、シャインというんだ。これからはこの娘も通ることが多いから覚えておいておくれよ」
二人の門衛へ軽く膝を曲げる挨拶をする。ほうっと目を瞬いた門衛たちから「貴族の挨拶も完璧だな」と言われるが、父親のところで学んでいるし、一応は貴族だしね。それに挨拶くらいできないと領主の館へは行けないだろう。
ブンブンと手を振ると、苦笑いされながらも、手をあげて見送ってくれた。
――あ、貴族の子女はバイバイなんてしないんだっけ? 手をあげているのは見たことがあるんだけどなぁ。大手を振りすぎ? しまった。せっかく褒めてもらったのに、台無しにしちまったよ。
道すがらアンブル領と国内の他領との違いを聞く。領主が二人いるらしい。と言っても、アンブル伯爵の姓を持つ領主がほとんどを実際に治めていて、もう一人のレイバ伯爵は南国の島と、島に続く港がある町の東・南門とその傍にあるダンジョンだけを管理統治しているとか。
「町にある南門の外は港だろう? そこから南の島へ船が出るからね。島と出入りの門はレイバ伯爵の管理となっているんだよ。他には東に位置するレイバダンジョンも名前の通りレイバ伯爵所有。つまりシャイアはレイバ伯爵所有の東門前に位置する、アンブル領に住んでいることになる」
「うぅ、ややこしいね」
「今は、二人の領主が住んでいるってだけ覚えてればいい」
ここで、先ほどの「領主さまへ届ける」に「いつも助かっている」と門衛が言ってた言葉を思い出し、貴族街へ続く門を管理しているのはアンブル領主だろうとピンとくる。
私、天才じゃね?
「今日行くのはアンブル領主さまの家のほうね!」
「まぁ、領主とこの町で言ったら、アンブル領主を指すからね」
――全然天才じゃなかったよ……ビシッと指さした、この人さし指が不憫すぎる。
「ババさま、家の前の東門の門兵はレイバ伯爵が雇っている、でいいの?」
「そうだね」
あ、こっちは合っていた……
アンブル領主さまの邸宅についたのだけど、会う予定の領主さまは急用が出来たとかで対応は家令がしてくれた。
定期的な買い物まで領主直々じゃなくてもいいだろうとは思うのだけど、ババさまに領主が会いたがるのだとか。平民の様子を知りたいのかな。
他二つのお屋敷も家令が対応してくれた。
王都のポーションよりも質がいいらしく、社交シーズン間の分も買ってくれているらしい。社交シーズンにポーションが必要って何のお仕事なんだろう、って気になったけど、大人しくしといた。
深層の令嬢ですから。
お屋敷入った入口からすでに、鎧や剣の装飾品が並べられてあったので、騎士関係の仕事についている子息が多いのかもしれない。騎士って国とかに雇われているはずだから、個人でこんなにポーションが必要なのかな? とか思ったけど、おいしそうなお菓子を出されて、疑問はすぐに横に追いやられた。
帰り道に、あの天使のような甘いお菓子に比べたら大したことない
王都に行く前に所有しているダンジョンの魔物を狩って行くそうで、そのために多めのポーションが必要だそうだ。
今期は王都に長く逗留するため、留守にする間に増えすぎると困るから、らしい。なんでも小さいダンジョンで、冒険者が来るほどの規模ではないとか。
魔物は普段ダンジョン内だけにいるんだけど、たまに出てくると聞く。増えすぎて困るとはそれのことだろうか?
「魔物ってダンジョンから出てこないように入口に結界張っているでしょう?」
「多すぎると結界を破られることもあるらしいの。魔物自体ダンジョンから出たがらない習性を持っていると言われているがな、それでも多すぎると横穴が開いていればそこから出るものもいるじゃろうて」
ババさまの口調が素になっている。
祖母は私との会話を、貴族として暮らしていくときのために、なるべく元の話し方が出ないようにしているようだが、貴族街で丁寧な言葉使いに疲れたのだろう。主に語尾が違って面白い。
周りの言葉使いに引っ張られる私とは正反対だ。
「大変だね」
「そうじゃな。貴族は魔力が多い分、国から割り振られるものも大きい。その代り与えられるものもあるがな。ま、国としてはどこかに意識が向いていていてくれるほうが統治しやすいってのがあるのじゃろうし」
「どこかに意識が向いていると統治しやすいの?」
話は一部ぼんやりとしか分からなかったが、疑問は次々と生まれる。
「そうじゃな。例えば、共通の敵がいると一つに団結しやすいから、そのリーダーたちだけを管理すれば楽じゃろ? 敵がいなければ、自分の思い思いに暮らすからまとまりにくく、管理はし辛い」
「魔物がいなければ?」
「国としては新たな敵を見つけようとするじゃろ。今までそうやって管理してきた体制を急に変えることはないじゃろて」
「新たな敵って何?」
「身近なのは周りの国や領土だろう」
ホヘー。周りの国を敵に見立てちゃうの? 怖いね、何それ。
「ま、魔物はなくならんじゃろ。国同士で人が争うのは今のところ心配せんでもよい。周りも大国に攻めようとは思わんだろうしな」
「うーん、魔物とは友達になれないの?」
ババさまは目を大きく見開き、そして笑った。
「普通の魔物とは意思の疎通が難しいと言われておる。動物だってそうだが、魔物は攻撃してくるし、魔石やアイテムと言われるものを残して消滅する。だいぶ違う生き物じゃて」
ちょうど家について、話はそこで終わった。
祖母は開いた店の扉の中に入り、私は一旦止めた足が動かない。
魔物って消滅しちゃうから、見たことないんだよねぇ……。
冒険者さんたちから話は毎日のように聞いたり身近なものだし、絵とかは見たことがあるけど、実際には見てない。
そのうち、ダンジョンに潜ったら嫌でも遭遇できるけど。
見た目がかわいい魔物もいるって聞いたんだけどなぁ。
――敵なんていないほうがいいのに。
違う生き物って、私たまに「シャインは俺らとは違うから」とか「変わった生き物だよな、お前って」って言われることあるんだけど、私って魔物に近いのかなぁ。
なんか妙に気分が底辺を
顔もみんな違うよ? 性格も違うよ?
周りが同じ私だらけの世界を想像してみた。
ぞぞぞぞぞぉおおおおおおおおお
「違ってよかった! 違うって最高! ひゃっほ~」
世界は浮上した。間違いなく浮上した。
この世界はみんな違っているからこそ、いいに違いない!
私は止まっていた足を動かし、家に入ろうとして、自動扉に顔面をぶつけた。
うぎゃぁっ!
――いつの間にしまっていたの、
私は、その後もババさまの手伝いをたくさんした。新たなるポーション作りのために家でもついて回った。
結局この日、ババさまの口調は素のままだった……。
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