第86話

 午後の巡回途中、はぐれ魔物が木の陰にいたから駆除した。

 すぅと消えて行く魔物を見ながら、次の生があるなら駆除されない魂であれと祈る。駆除した側の私が祈るなんて余計なお世話かもしれないけど……。

 ニーズに乗ったまま駆除したので、魔石など回収し損ねたと思ったら、ニーズが後ろに飛んでくれて、私は近くの背の高い大木に飛び移った。トンっ、トンっと大枝に伝って降りて魔石とドロップした品を回収。


 俊足で走りながらニーズが乗せてくれやすそうな木があまりない開けた所へ出る。

 それに合わせてゆっくりと低飛行をしてくれるので、ジャンプしてシッポに飛び移った。

 乗っていたピエールさんにはとても驚かれたけれど、先に進む隊長たちに早く追いつこうと思っただけなのだ。這うようにして鞍まで来るのを見られるのは少し恥ずかしいなと思ったけど。私だって落ちるのは怖いからね。ま、落ちても浮遊の魔法もあるし、改良マントも魔導服もあるからこそしているのだけど。


   

 その後は、魔物には会う事なく、隊長が把握していた騎士団小隊や冒険者のグループに会って、体の具合をチェックさせてもらう。

 特に若い人たちは小さな負傷があっても、言い出せないのか強がりなのか、そのままにしていたりしたから、化膿の可能性などをまた力説してしまった……。

 

 夕方前に、「今日は早く終わったな」と陣営に帰ることを教えてもらってホッとする。


「シャインは初めての経験で疲れただろう?」

「大丈夫です。現場を見ていろいろ学べました。ありがとうございます!」


 元気よく答える。私は初めての出動だけど、他の人たちは数日続けているのだ。弱音を吐いたら申し訳ないと思ったし、初めての経験も多かったから、そちらに気を取られていて疲れている自覚がなかったのもある。言われて体が重いとは思ったけれど、休憩はかなり頻繁に取ってくれていた。


 私は陣営に着いてすぐにポーション作りに取り掛かった。

 今の季節が秋で本当に良かった。おまけに王都付近の森の中。中級ポーションは他の人が作ったものに、私が改良しても、十倍化できる。

 実際、ホセにはいつも中級ポーションを作ってもらい、その後、ガンマとデルタポーションに改良している。


 私は取り換えてもらったポーションを取り出し、医療班に来てから近くで採ったリンドウと葛の根を粉末にしたものを準備した。小鍋などポーションを作る準備物は万端だ。小瓶は医療班だけあり空がいっぱいあるので、使用済み小瓶をきちんと消毒した。自分でリンドウや葛の根を乾燥させて、粉末にした経験があったのも良かったと思う。ポーションは薬だから、少しでもおかしいものは人に飲ませられないから。鑑定のスキルがあれば詳しいことが分かるのだろうけど、鑑定スキルはないし。


 次々と作成し、半端は出たけど、とりあえずガンマ・デルタポーションが四百瓶以上できた。

 ふぅ、さすがに疲れる……。

 これらをまた普通の中級ポーションと取り換えてもらうのだ。ガンマポーションたちのほうが、値段が若干高いから断られることはないだろう。


 私は四百個持って隊長のところへ向かった。


「隊長少しお時間いいでしょうか?」

「シャインか。いいぞ。話なら夕食も一緒に食べればいい」

「ありがとうございます。この中級ポーションを普通の中級ポーションと取り換えて頂くことはできますか?」

「…………これはどこから? まさか作るにしては時間も材料もここまで揃えられないだろうから、魔法陣で取り寄せたというところか?」

「そうですね。魔法陣使えるのは、助かっています。と言っても私独自なので、指定したところとの移動しか行えない限定的な移動魔法陣なんです」


 うん、改良したのは秘密だから、魔法陣と思われた方がいいかな。

 だましているようで、少し心がチクっとしないこともないけど。


「ふむ。独自か。普通のポーションより高価だったはずだが、それでもいいのか? 今医療班にある分は、その半分もないとは思うが、個人で持っている分まで交換すればいいだろう。ただ、騎士団のポーションは基準に満たされた物だが、個人で揃えてるものは品質が少し劣る場合もあるかもな。選別するか?」

「緊急事態ですし、気にしないで下さい。それに多少品質が劣るポーションの質をあげる方法もなくはないですし」

「ほう。その方法とやらは食事しながら聞けるのかな?」

「そんなに大そうなことではないですよ? 実験はかなりしたので偶然知ったこととかですけど。あと、お願いなのですが――」


 私はちょうどおつきの人が出ていき、人がいないのを見計らってお願いした。 


「何だ?」

「足の後遺症というのをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「もう七年だったか前のことだ。じん帯と骨の複雑骨折だったんだが、すぐに治療できずに完全にじん帯が切れたままで、骨も一部変形したままのようだな」

「見させて頂いても?」

「生活に支障はない。気にしないで良い」


 じん帯なら、昨日もくっ付けた。それに、毒素などを体から抜くことをしていた頃、冒険者さんたちが自ら進んで実験体になってくれたのだが、その時に後遺症の実験もした。実験というよりも、勘でこれならと思う症状にしか小心者の私は手を出せなかったが、じん帯一部断裂を治したことはあった。

 以前よりも精度は上がっている。


「治せるなら治したいと思われませんか? 今は筋力で補っていらっしゃるのでしょうけど、将来膝崩れを起こさないとも限りませんし。診るだけでも、診させて下さい」

「そういえば、シャインは押しが強かったな」


 えー。そうかなぁ。そう思って首を傾げたら、苦笑しながら裾をめくってくれたから、診ていいらしい。

 喜々として近づく。

 両足の太さなどの違いはあまりない。膝の前十字じん帯が完全に切れているのは何となく分かった。


「隊長、じん帯が完全断裂されているようですね。治療開始します」

「やれやれ、俺は実験体か」


 フェルマー隊長は笑いながらも嫌と言わない。


「この手に宿れ、聖なる光よ! 【再生リーフ】!」


 私は【再生】で魔力を流しながら、じん帯がくっ付き、周りの骨や血管などの異常状態を本来の姿にイメージしていく。

 再腱手術しているイメージで大たい骨と脛骨を繋ぐじん帯を強力に繋いでいく。

 それと共に関節内の半月板や軟骨が抉られている部分が奇麗な骨になっていくようにイメージしながら魔力を注いだ。

 うん、大丈夫! 口の両端が上がったらしい。


「……できたのか?」  

「たぶんですが。動かしてみて下さい、って動くんですよね。うーん、たぶんくっついたと思うんですが」

「大丈夫なようだな。戦いの際は魔力で身体強化をして補っていたんだが、たまに痛みや違和感はあった。その違和感すら感じない」

「良かったぁ」

「それにしても、学生がこんなことが出来るなんて、聞いたこともないぞ」

「あはは。スキルのおかげと実験体になってくれた人たちのおかげですね。あ、でもしばらくは無理しないで下さいね。繋げたばかりなんですから」

「ほう。経過のことまで資料があるのか?」

「いえ、資料という事のものは持っていません。慎重にしてもらっているだけです。できたら、私が治療したというのもあまり大っぴらにしないでいただけると助かります」


 経過報告は細かく聞いていた時もあったけれど、魔法での【再生】だからなのか、今までは困った経過報告は聞いたことがなかった。手術は他の部位を切断したりするけれど、切断したりすることがないからかもしれない。

 万能ではないけれど、冒険者たちがしやすいケガで、その後遺症だったからこそ可能だったと思う。

 そこでぐぅぅぅーーーっと響き渡るお腹の音。

 うっ、なぜ最後まで恰好よくいさせてくれないかな。


「……くっくく」

「もー! それ余計に恥ずかしいので普通に笑ってくださいっ。隊長、早く夕食に行きましょう!」  


 私は恥ずかしさのあまり、隊長の手を引っ張っていい匂いのする食堂として使っている場所に向かう。

 大勢の騎士たちの集う陣営だから、夕食なら基本スープはあるし、パンなども堅パンではない普通の食事に近い。騎士団本部から魔法陣で送ってくれるらしい。こちらからは空の鍋などを送り返すだけ。移動する小さな陣営だとこうはいかないのだろうけど。


 さすがに隊長は身長も高いし、筋肉も付いているから、私の倍の量を食べていたが、私がピエールとあまり変わらない量をペロッと平らげるのを見て、隊長にまた笑われた。今日はおやつも食べれずに休憩中も採集したし、普段はそこまで燃費は悪くないのだ。

 むぅと口を尖らせると、ごほんっとせきをして、話を始めた。


「第二中隊もダンジョン内に応援に出ることになった。明日から、地上はこの第三中隊だけで王都側を守る」

「先に教えてくれてもいいのですか?」

「騎士たちにはすでに通達されていることだからな。二日もあれば魔物討伐も終わるだろうが、ポーションは助かったよ。品質をあげる方法を聞きたいな」

「品質が低いと色も薄いですよね。足りないのを補うと色が濃くなります。不足なのは魔力だったり薬草だったりします。工程を省いて品質が悪いように思われがちですが、工程を省くことでできないことはあっても、品質に関係しないかもしれないと思っています。葉と茎を分けないで入れると薬効が半分程度だと聞いていたのですが、私が分けずに入れても薬効は同じでした。ただ魔力がもう少し必要でしたが」

「ほう。色々実験をしているのだな。魔力を流すタイミングや量が分かるのはシャイン独自の勘かスキルで分かることかもしれないが」

「実験が趣味のようなものでして。国によって工程が違っても同じポーションを作ってしまえるので、手順よりも薬草の鮮度や傷み具合、乾燥の状態の方が影響が大きいようなのです。だから同じ量の薬草を使っていても、品質が悪いのは薬効成分が足りないということなんじゃないかと。あとは、ポーションの明度などで何が足りないか判断しています――」


 私は聞かれるままに、話をした。疑問も色々あって、その疑問を口に出せばそれについての見解も聞けた。

 隊長もポーションを作るし、ピエールも薬剤師だから、話は盛り上がった。


 私は、全てのポーションを普通の中級ポーションに変えてもらい、変えてもらったポーションの品質をチェックしたが、目で確認する分にはそこまで品質が劣っているのもなさそうでホッとした。あと二日で魔物討伐が終わるかもしれないが、魔物はいつだって出るのだ。

 まだ渡せてない冒険者にもあげたい。

 騎士たちは中級ポーション以上を携帯している上に騎士団からの支給だからまだいい。

 思ったより遠慮してポーションを使ってないし、誰でも作れるハゥツポーションはかさばるからか携帯してなかったけれど。


 私の場合、自分が弱いから仕方ないけど、装備も万全で、ポーションだって上級ポーションも、治療魔法も使える。それなのに、後方支援組なのだ。治療するしまだ生徒だから当たり前かもしれないけれど、やっぱり不公平感は自分自身が一番感じている。

 せめて自分ができることをしたい。

 私は換えてもらったポーションをどんどん改良していった。


 次の日もフェルマー隊長と一緒に巡回しながら、ポーションをあげて行く。換えてもらえる分は換えてもらった。

 群れの魔物も地上にはいないようで、はぐれ魔物を探している状態だったから、負傷している人もほとんどいなかった。

 ホッとする。


 やけに昆虫類、それも蜘蛛系の魔物が多かったのに……。

 終わりが見えてきて、ポーションもあり、群れの魔物もいないことが油断に繋がってしまったのだろうか。

 人の命の現場に立ち会っていることをまざまざと見せつけられることになろうとは……。 

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