第87話

 スープをご馳走になったアイトール隊長率いる小隊が眼下に見えるが、隊の様子が変なのに気づく。

 フェルマー隊長が召喚獣から降りながら声を張り上げる。


「どうした?」

「あ、フェルマー隊長! 助けて下さい! 魔物の毒にやられました!」

「ポーションがないのか⁉」

毒サソリデスストーカーの魔物です! 魔物がぺアだったのを俺が気づかずに、かばったこいつがやられたんです! 助けてくださいっ」

「血は吸い出したか? いつ刺された?」 

「五分も経ってないかと。血は吸い出しましたが、痺れると言ったきり気絶しています」


 サソリ魔物の毒にはポーションが効かない。たぶんだが、出血毒などには効果があっても、神経毒には対応できないのだと思う。

 血清があれば……。


「俺でも無理だ……」


 神経毒を処理できないというのは、皆が知っていることだ。複合魔法の上でもなければ。

 助けてくださいと言う方も聞く方も辛い。それでも、医療部隊隊長の姿を見て、思わず懇願したのだろう。

 私は一部の毒と毒素を抜くことができる。神経毒の患者を診たことはないが、できるのではないだろうか。


「隊長、ダメ元で治療させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「シャイン、何か案があるのか?」

「体の毒素を抜く要領でやってみます!」


 私はそばにより、自分の魔力を倒れている騎士の体に這わせていく。だが――

 毒が掴めない?

 何度やっても、毒があるのは分かるのに、それが私の意思とは別に移動する。


「できない……」

「シャイン、無理するな。できないんだ」


 茫然として隊長を振り返る。他の騎士たちもすでに諦めた表情だ。

 サソリの魔物自体、夜行性で洞窟などにいるし、サソリ魔物がいるダンジョンが珍しいうえ、サソリが出るのは決まった階のみだから、その階を避ければいい。魔物たちは自分たちのエリアをあまり出ることはしない。大量発生や何かに追われでもしない限り。

 だからか、治療薬も開発が遅れている。蜘蛛など昆虫が多く薄暗い階にしかいない毒サソリの魔物。大型の蜘蛛の魔物を見たときに、注意を促すべきだったのか。

 前世の記憶から神経毒だと分かっているのに!


 血清を作ればいいのは分かるが、抗体ができるまでに時間がかかる。何より魔物だから死んでしまえば消滅する。刺された毒がなぜ消えないのかは分からないが、ドロップ品に毒針があったりもする。

 神経毒が効かない、毒蛇や毒サソリも食べる孔雀やイタチの血をポーションに混ぜれないか考えたことはあるが、動物実験なんてできなかった。

 でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「フェルマー隊長、試みたいことがあります。私が囲いをして実験しても、いいでしょうか……」

「おいっ! 実験とは何だっ! 俺たちの仲間を死んでもいないのに、実験体にするというのかっ!」


 横で私の話すことを耳にした騎士が叫ぶ。他の騎士たちも怒りだして、拳をあげて私のほうへ来ようとしている騎士もいる。


「生かすために、実験してはだめですか!?」


 思わず叫んだ。

 実験という言葉でなく、他の言葉にすれば良かったと叫んだ後に気づく。ポーションの実験とも言えず彼を人体実験するような口ぶりになっていたと気づいたが、どちらにしろ囲いが欲しいから騎士たちにしてみたら同じかもしれないと思う。


「囲いを使う必要はないだろう!?」

「そうだ、俺たちの目の前でしろっ!」


 悲しみが怒りに変わった騎士たちはその矛先をシャインに向けている。分かってはいるけれど、それが怖いし辛い。でも、目の前の騎士はまだ生きていて助けたい。

 私は倒れている騎士を見ながら「お願いします!」と意識のない彼に頭を下げた。

 その姿に場は静かになった。近づいてくる足音。私の肩に手を置いて、頭を上げさせたのは小隊隊長。娘さんが私に似ているとか言ったアイトール隊長だ。


「助けたいと思ってくれているんだね?」

「……もちろんです」


 私は目を見ながら、力強くは言えなかったけれど、頷きながら答えた。

 出来るか分からない。でも、試してみたい。できたら囲いが欲しい。

 囲いがなくてもするしかないだろうか。逡巡し、騎士の命を選ぶ。


「だめでしたら、このままし――」

「やってくれ。囲いも了解した」

「アイトール隊長! 囲いなどせずにしてもらえばいいんです!」

「薬剤師には薬剤師のやり方も、事情もあるだろう。彼女はダメだと知っていただろうに毒を抜こうとしてくれた。昨日だって、些細な傷も治療してくれたではないか。このまま何もしないよりは彼女に任せてみようと、私は思う」


 黙ってしまった騎士たち。毒を抜けないとは知らなかったけど。

 アイトール小隊隊長が私に向きなおる。


「お願いする」


 頭を下げた。それを見た騎士たちは顔を背けたり、唖然としているようだ。


「最善を尽くします。三メートル程下がってもらってよろしいですか?」


 私はニーズから鞄を降ろし、倒れている騎士の傍で詠唱する。


「立ち憚れ 【土壁クレー・ウォール】」


 天井のない土壁で四方を覆った。少し広く、高く五メートル四方の壁。

 上級ポーションを取り出す。これを使って神経毒にも効くポーションを作る。

 鍋もコンロもないが、魔法はあるし、上級ポーションにまで出来上がっているものに混ぜるだけの工程。

 空き瓶はいくつか洗った。風魔法で水滴を飛ばす。


 上級ポーションだって、今は二本しかもっていない。半分量で実験するとして、四回で成功させなければならない。そのための空き瓶と、もしこれも倍化するようなら溢れるだろうから。改良版になるのかは分からないが、作りたいのは神経毒に効くポーション。

 血が止まりつつある騎士の刺された傷口を見た。傷口は腫れていて、騎士の顔色も悪い。だが、まだ麻痺は起こしていない。


 横に転がっている毒が付いているドロップされた毒針を手に取る。

 神経毒。この針についた毒で血清や鎮痛剤などが出来るかもしれない。

 だけど、私の勘は今はこれじゃないと言っていた。


 私はそばにあった奇麗に咲く紫色の花に手をかけた。

 根を慎重に出して、土を風魔法で払う。水を出して洗い、若干乾燥させる。マントの上に麻袋、さらに清潔なハンカチ、包帯までを置いてその上で風魔法を使い粉末にまでする。

 完全に乾燥させなかったのは、粉塵が舞うのを防ぐため。

 

 根の粉を人肌に温めた小瓶の中の上級治療ポーションにほんの少しの量を入れ、魔力を込めながら揺さぶる。

 ぱぁっと光があふれ、ポーションも流れだしてしまう。

 下に空き瓶を設置して置いたから、ある程度はそこに溜まってくれた。


 改良上級ポーションができた!


 色や今までの改良ポーションを見てきたから、改良ポーションであることは分かる。神経毒に効くかまでは私は分からない。

 できたポーションを私は横たわっている名も知らない騎士の口に流す。

 空き瓶に溜まった物も一つ持って来て、傷口に半分かけ、口に流す。

 きちんと飲んではくれた。

 私は彼の体に魔力を這わせた。


 毒は……

――徐々に薄くなっていくのが分かった。助かる!

 

 ペタンと腰が落ちそうになるのを片足をついている膝に力をいれて踏ん張る。

 まだ全部抜けたわけじゃない。

 それに粉もきちんと処理しないといけない。


 私は後処理をしながら、騎士の様子をうかがう。

 青白い顔色は、普通に戻ったようだ。

 中枢神経にまで到達してなかった。呼吸停止などに陥っていなくて助かった。

 もう一度彼の様子を見たが、完全に毒は感じられない。

 助かった……

 

 花の咲く植物を元通りに植えた。根がないから、しおれていくだろうけれど、誰かに気づかれなければそれでいい。

 

 私は、その場を奇麗に片づけた後、土壁をゆっくりと壊した。そして、土煙ごと風魔法で遠くへと飛ばした。残っていた粉塵が舞って誰かが毒を吸い込むといけないから。

 

 周りで待機していた騎士たちがすぐに駆けつけてくる。

 私はフェルマー隊長に笑って見せた。


「ロレンツォは助かったのか?」

「まさか……?」


 私は頷いて、倒れている騎士の傍から離れる。

 傍に近付いた騎士たちが確かめていくが、顔色は良くなっているように見えるのだろうが、よく分からないらしい。

 半信半疑のようだ。騎士たちが触ったりしていたからか、ロレンツォと呼ばれた騎士が目を覚ました。起き上がるのを横の騎士が助けている。


「ロレンツォ! 大丈夫か? 気分はどうだ?」

「あぁ、何ともないようだ。痺れていた左足も動く」 

「良かった! 助かったんだ!」


 騎士たちが喜びの声をあげた。

 一部の騎士はまだ信じられないという表情をしている。


「信じられない。どうやったんだ? あぁ、秘密か」


 土壁まで出して目隠しをした。

 ポーション作成は中級以上はとりあえず秘密扱いだから。薬草の依頼があるわけだから、薬草の名前は知られていると思っていいはずなのだけど。

 私としては、聞かないでくれたら助かるかな。


「先ほど口で毒を吸い出してくださった騎士の方はこのポーションを飲んでください。心配なら鑑定を受けてからでも大丈夫とは思いますが」

「あ、俺だけど、鑑定できるよ。……治療と魔力回復両方できる上級ポーション? 【神経毒無効】という言葉も付いているけど、この神経毒っていうのが、サソリ毒のことかな?」

「はい」


 ちょうど毒を吸い出してくれた騎士が鑑定スキルを持っていたらしい。

 今までのポーションだとたぶん毒消しになっていても、神経毒には効かなかったのだと思う。神経毒無効が追加効果のようだ。

 私が分かるのは、出血毒と実質毒には初級ポーションでも効果があるということ。よくは分かっていないけど、個人的には祈り茸が毒に効いているのではないかと思う。

 実質毒はキノコなどの毒だから。出血毒は血液を壊す毒だけど普通の魔物の毒はたぶんこれ。壊死や溶血毒の症状を引き起こしているから。

 神経毒には効かなかったからこそ、鑑定で言葉が現れたのだと思うし、前世の記憶でもサソリ毒は神経毒だった。

 毒は何れもタンパク質なんだけどな。よく分からない。

 小隊隊長から聞かれる。


「もしかして、ガンマ・デルタ中級ポーションを作ったのはシャインなのか?」

「厳密には私ではありません。ですが、作成方法を知っていますから作れます。できたらこのことは秘密にしてください」

「うん? なんでだ? 売れたほうがいいのではないのか?」

「すでに売れていますし、私はまだ学園の生徒なので、私に作成依頼が来ても困りますので。アンブル領主か王都にも窓口がありますし」

「改良版の上級ポーションもあったのか?」


 うっ、来たよ。核心をつく質問。そうだよね。


「領主と話し合い中の段階で、薬剤師ギルドにもまだじゃないかと思います。私は作成方法を知っていただけです。もしものために材料だけは持っていました。初めて作るので実験になりましたけれど。学園の一生徒でしかない私が作ったことは秘密にしてもらえると助かります」


 ドキドキしながらも、自然に見えるように話す。

 上級ポーションの改良版は今この場で出来た。材料も何が必要か分からなかった。抗体を作りたかったのだけど、「抗体とは免疫のもとのこと」だという頭に浮かんだ言葉が、治療ポーションの追加効果「免疫向上」と結び付いた。

 だが、上級ポーションで「神経毒無効」になったのは、毒を入れたからなのかも実際分かっていない。


 この後、すぐに祖母に連絡しなければならないだろう。運がいいのは、新しいタブレットのお下がりを今持っていて、実家に先月まで使っていたタブレットを置いてきたから、通信できるものだと言う点か。

 

「そうだろな。おい、みんなも聞いていただろうが、ここで見たことは口外禁止だ。他でもサソリの魔物にも効く毒が出たと耳にするだろうが、シャインのことは口にするなよ。まだ学生だからな」

「はい!」


 一斉に答える騎士たち。

 

「では、お礼にこのポーションを三本お渡ししておきます」

「いいのか!? 三本も?」

「はい、後でフェルマー隊長にもお渡ししますが、サソリの魔物が出るのでしたら、これは必要でしょうから。ただし、封蝋がされていませんので、取り扱いには気を付けて下さい。お願いも実はあります。毒針を買い取りさせて頂けたら嬉しいのですが」


 上級ポーションは少しお高い。薬だし瓶用の封蝋ボトルシーリングワックスが高いワインと同じように施されている。

 ワックスをかけて冷水に入れるとすぐに固まるが、固まる前に作成期日を記入している。だが、封蝋を今はできない。


「もちろんあげるさ」

「ありがとうございます」


 毒から解毒剤や薬が作れるのだから、もしかしたら、毒針についた神経毒が何かの役に立つかもしれない。

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