第88話
「それにしても、サソリの毒に効くポーションが出来ていたとはな」
呟くフェルマー隊長の言葉に、私は見ないようにしていた『トリカブト』の花に目が行ってしまい、目を一旦瞑って、他に目線を移した。
トリカブトの根には毒がある。毒があるが、漢方でも使われる根は附子という。毒は薬にもなることはよく知られているが、トリカブトもまた神経毒の一つ。
開花時期がちょうど今だったからこそ、その花が目に着いたのは幸いだった。
毒針の毒で試そうと最初思ったのだ。だが、その時に目に付いたのは鮮やかな紫の花、トリカブト。
倒れた騎士の傍にあり、前世の記憶から漢方で『
漢方では加工附子と言って、毒性を減じる修治加工したものが使われていたはずなのだ。でも、そんな方法は知らない。たぶんだけど、今回ポーション一瓶に対し附子は一ミリグラムも使っていない。八百マイクログラム位だろうか。……と適当に思ってみた。
私はトイレ休憩と称して皆から離れて祖母へ連絡をした。
上級ポーションの改良に必要な材料がトリカブトの根だということに、祖母は驚いてはいたようだけれど、領主とも話をしておくと言ってもらえたから、ポーションの話が出ても大丈夫だろう。「エプシロン上級ポーションという名前になるだろうね」とのこと。その次できたら、ゼータ上級ポーションなんだろな……。
今回は神経毒に効くものだから、値段を抑えてほしいとお願いしておいた。十五倍化するから、値段を下げること自体は可能なのだ。だが、同じ値段だと他の上級ポーションが売れなくなるだろうから、小銀貨一枚以上になるだろう。領主とも話し合ってほしいとお願いしておいた。倍化のことは領主は知らないし、教えるつもりもないが、追加効果が大きい以上領主の考えも聞いておきたい。
十五倍化したものは、よくよく考えないといけない。十五倍化だからこそポーションの作り方を言えないわけだし……。
もしこれが倍化しなかったり、五倍以下になるようなら、かえって神経毒対応ポーションの作成方法を広めることができたかもしれない。しかし、十五倍化もした。その方法を知ったらきっと上級ポーションの買い占めが一時であっても行われるかもしれない。その時に、本当に必要な人の手元に届かないのが一番怖い。
このポーションに限っては、倍化しなければ良かったのにと思ってしまう。倍化しなければ、既存の上級ポーションも売れて、購入した上級ポーションにトリカブトを入れるだけで作れるから。ただ、トリカブトという点も問題ではある。劇薬だからきちんと取り扱える人でないと危ない。
それでも、元々手に入り辛い上級ポーションのほうが初級ポーションよりも三倍多く作れるのは幸いかもしれない。
命を考えると上級ポーションを持たないほうがおかしいのだろうけど、命の危険はあっても、冒険者ギルドからは無理をしないでダンジョンに潜るのを推奨されている。仲間がいることもあって、中級ポーション一本しか持っていない人も多いのが実情だったりする。
Bランクの冒険者たちが中級ポーションすらろくに持っていなかったことは衝撃だったけれど。
もちろん、稼ぐ冒険者たちは上級ポーションを持っているし、騎士団には常備してあり、特殊ポーションなるものもあるらしいけど。
隊長たちはきちんと簡易食卓と椅子で食べるが、騎士たちは草の上や切り株など開けたところで食べている。階級別に席も決まるのだろう。
通話していたので遅くなってしまい、適当に座って食べ始めたら、周りにいた騎士たちに色々質問されてしまった。
「もしかして領主の娘だったりするの?」
「いえ、違います」
「そうなんだ。アンブル領の女性って皆んなお転婆なの?」
「え?」
「アンブル領の領主の娘って奇麗だけどすごいお転婆で騎士コース取っているって噂を聞いたことがあるからさ。さっき話で発明者か領主しか知らないポーションって話をしていたから、どちらかの家族だろうと思ってね。君も騎士コース取っていたんだろう?」
そ、そうだけど、騎士コースを取っているとイコールお転婆ってのはどうなの?
それよりマルガリータの噂って騎士たちにも広まる程なのか……。領主の娘が騎士コースに進んだからかもしれないけれど。
「私は騎士コースと言っても、前等部でだけです。後等部では違いますよ?」
「ふーん、君ってどこの家なの? 新しいポーションを発明している家なら金持ちなんだろうけど、損したね。さっき助けたのは貧乏貴族だからお礼なんてないよ、きっと」
「お礼をされるためにしたわけではありませんから」
さっきから、斜め前の茶髪の騎士にお転婆なのかとか金持ちなのだろうけどとか、果ては損したねですと? 人の命を助けるのが医療班なのだけど。
私のむっとした様子に横で食べていた騎士がフォローしてくれる。
「コンラド、そんなことは聞かなくてもいいだろう。君はあれだけ治療ができれば、医療へ進むのだろうね。アンブル領としては手放したくないだろうけど」
「どうでしょう。まだはっきりとは進路を決めていませんので」
私もまだよく頭の整理ができていないポーションについて尋ねられるよりは良いか、と思っているとサソリに刺された騎士と鑑定してくれた騎士が近づいてくる。
「改めて礼を言うよ。ありがとう」
「助かって良かったです」
「ところで、アンブル領と聞こえたけど、君はアンブル領出身なの?」
「そうです」
「同領だったんだね。お名前は?」
「シャイン・マディチです」
「え? マディチ子爵家のお嬢さん? 息子さんたちのことしか知らなかったよ。失礼した」
アンブル領出身の王都騎士に初めて会った。兄を知っていて、私が知らないってことは、上の兄のほうと歳が近いのかな。
「ロレンツォさまは、兄たちをご存じなのですか?」
「学年は違ったけどね。同じ領にいれば自然とあいさつくらいはするから」
「王都の騎士団に入ったのですね」
「ロレンツォは王都騎士団から奨学金を受け取るほど、剣技に優れていたからね」
ロレンツォに付いてきてくれた騎士が誇らしげに言う。仲がいいんだろうな。
「どうせ金がなかったんだろ」
「コンラド! ロレンツォが優秀だからって絡むなよ」
「本当のことだろ。君も命を救うならもっと金持ちのやつにしたらよかったのにな」
私に振るの? さっきも言ったのに、懲りないな。
食べ終わっているのだから、さっさと片づけに行ったらいいのに。
「金持ちとか同領とかは関係ありません。ここにいる皆さまは国の大事な騎士ですし」
「騎士なんて王の使い捨て駒にすぎないだろっ」
あらら、嫉妬だけでなく、国への不満もあるのか。
まぁ、疲れも溜まるころだし、ねぇ。
「捨て駒にされないだけの実力を持つか、お嫌なら辞めて他の道に行くこともできますよね。騎士たちが体を張って頑張ってくれていると人々は知っているし、感謝していますよ」
ゆっくりと茶髪騎士の目を見て話す。「感謝なんて金になるのかよっ」と呟いて隣の騎士と立ち上がって離れていった。ホッとする。
喧嘩の巻き添えなんてご免だし、貴重な戦力たちの仲を悪化させる必要もない。まぁ、言いたいことは言ったし。私も残りのパンを水で流し込んで、器を持って行くために立ち上がりパンくずを手で払う。
「嫌な思いをさせてすまない」
「ロレンツォさまが謝ることは何もないです。金持ちかどうかの前に貴族からしたら、私なんて半分平民ですし」
にっこり笑って答えたら、その場がしーんとしてしまった。
あらら。平民嫌いだったか?
しまったなぁとぼんやり思っていると次々と笑い出す騎士たち。
どこに笑われる要素があったのだろう、と首を傾げた。
「あはははは。そんな威張って言うことではないとは思うけど」
「本当だよな。腰に手を当てて私なんて、って平民であることを誇られてもなぁ。わっはははは」
え? 腰に手を? ……あちゃ、やってたようだね、うん。
慌てて手を前にしたが、騎士たちの笑いは止まらない。顔から火を噴きそうだ。ルカたちが誇らしくて、自分の中にも流れている平民の血を誇らしく思うようになっていたのかな。それにしても笑いすぎだ。
私は器を持ち「失礼しました」とその場を逃げ出した。
彼らに気に入られたのか、出発するときには「シャインちゃん、気を付けてね~」とか「後で会おうね」とか声をかけられた。
いつまで笑われるのだろうか……。頭抱えるよ。
同期で食事をするその場にいたのが、半数が平民だったり、貴族でも下位貴族の三男以下が多くて経済的に苦労していた騎士が大半だったことを、シャインはもちろん知らない。口達者なコンラドに対抗できる者が、彼らの中にはいなかったことも、腰に手を当てて妙なことで威張る姿すら無粋な騎士たちの中ではかわいらしく見えたこともまたシャインは知らなかった。
その後の巡回で、残りの
ダンジョン内を攻略中の中隊にも届けるようにフェルマー隊長が指示してくれた。
残りの附子の粉はハンカチにくるんで持ってきていたから、上級ポーションを交換してもらったもので丁寧に作った。やはり十五倍化していることがはっきりした。
ダンジョン内の討伐も上手くいっていているようだ。
ニーズが見つけた穴が大きかったらしく、下層から上がってくる大型魔物が最初にあの穴を開けて、外に出たのだろうということだった。
本当に隊長の言っていた通り二日後に、討伐完了となった。
学園の生徒と合流して学園に戻れと言われたが、医療部隊だけはけが人がいないか、巡回をするということで、私は残って隊長と二人で巡回した。それでも、昼過ぎには解散になったけれど。
第三騎士団の陣営も撤退作業は終わっていて、上から見たらがらんとした空き地になっていた。
学園まで送ってくれた紳士な隊長に感謝したら、後遺症の治療に比べたら何でもないと笑われた。お礼もしたいから騎士団にいつでも来てくれと誘われた。
「そんなこと言われたら、本当に行きますよ」
「シャインならいつでも大歓迎するよ」
笑顔で答える姿も、最後まで恰好良かった。
だが、それを見ていたヨハンネスから「ルカとクレトを合わせたようなおじさん、だれ?」と聞かれて、「はぁあああああ??? どこが!」と叫んでしまった。
まぁ、おじさんではあるんだけど。子供も私より大きいらしいからね。
しかし! 体格の良さでルカ、銀髪でクレトを連想したのだろうけど、フェルマー隊長の恰好良さは彼らにはまだまだですよ、と思ったら横にいたビアンカにも「似てたね」と言われてしまった……。
自分の中の格好いいという基準がゲシュタルト崩壊し始めそうになり、迷わず思考を放棄した瞬間となった。
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