第89話

 学園の寄宿舎に着いたとたん、ニーズの姿を見つけたのか、生徒たちが集まってきてくれた。


「おかえり」

「おかえりなさい。お疲れさまでした」

「た、ただいま、です」


 多くの生徒の歓迎に驚いてしまう。ビアンカに何事か尋ねようとして、知った声に呼ばれた。


「シャイン、戻ったか! 良かった!」

「ルカ、何かあったの?」

「何かあったって、魔物討伐に行ってただろうが」

「それでなの? 上級生たちは?」

「あぁ、みんな無事だ。まだ一人帰ってこないと話が出てたから、心配してくれてたんだろう」

「そっかぁ。何かあったのかとびっくりしたよ」

「魔物退治依頼があったのも久しぶりらしいから。皆にとって誰かが討伐に行くのも初めての経験だしな」


 私は集まってくれた生徒たちにお礼を言って、ご飯の前にシャワーを浴びた。


 その間にリタたちが集まっていて、無事な帰還を喜んでくれた。

 後方支援だけど、今回医療班へ派遣されたのが私だけだったので、情報も入らず心配していたようだ。

 リタとは毎日連絡取り合っていたのだけど。

 リタと顔を見合わせて、「次からこんなことがあったときはちゃんとみんなにも報告するよ」と言ったら結局、通信していたこと、魔法陣もあることまでばれてしまった。元々騎士コースで使っていたからバレバレなんだけど、必要なものがあれば魔法陣で送ってくれるという心強い言葉も聞けた。

 次の機会なんて欲しくはないけどね。


 今年以降作成された上級治療ポーションをもっているなら、新しい上級ポーションがあるからそれと交換してあげると言ったら喜ばれた。まだ市販化されてないことは伝えて。

 みんなは、シャインが疲れているだろうといって、少しだけ状況を聞いてそれぞれの部屋へ帰って行った。リタが作ってくれていたサンドイッチを食べて、夕方すぎにはベッドへ直行した。

 ベッドに横になると同時に私の意識は夢の中に沈んでいった。


 

 次の日、早朝に目が覚めた。いつもよりたくさんぐっすり眠ったので、気分もすっきりしている。

 附子をもう少し集めたい。

 今日は学園の授業があるから、早朝にトリカブトを探しに行く。去年生えていた場所をおぼろげにだけど覚えていた。

 ミツバチの巣のそばにあったトリカブトは除去したけれど、それ以外のものは確かそのままにしていたはずだ。

 そこになければ、少し探すことになるかもしれない。でもニーズがいるから、距離を飛ぶのは問題ない。他の薬草を採るのもいい。上級ポーションの材料も必要だ。他の人を起こさないように、こっそり出かける。


 朝もやが目にまぶしい。もう少しで太陽が上がるらしい。ニーズに乗って飛ぶと遠い山の上に太陽が上がってくるさまが見える。

 トリカブトはすぐに見つかった。附子を慎重に処理する。

 その場で持ってきていた鍋の上級ポーションに投入して作っていく。毒があるものだから、宿舎では作りたくないのだ。

 専用の建物があるし、換気もされているが、屋外のほうが安心できる。ハンカチを二重にして鼻と口を覆い、慎重に取り扱う。

 

 さすがに十五倍化は量が多かった。

 ふぅと息をつく。魔力も消費する量が多いし、毒物を入れるから緊張して汗をかいてしまった。

 宿舎に帰る前に、他の用事も済ませる。

 祖母と通話して、その後の状況を確認した。


「シャイン、無事でよかった。領主のほうは、喜んでいたから大丈夫。問題は金額だけど、薬剤師ギルドではこれまでのように二倍と言ってくるだろうがね。小銀貨一枚と大銅貨一枚で話を持っていこうと思ってるよ。追加効果が、毒サソリのいるダンジョンにとっては必須だから、と説得するつもりだよ」

「価格はそれでいいです。ババさま、提案なのですが、一人一個に限りと言って普通の上級ポーションとの交換をお願いするのはどうでしょうか?」

「いつできたのかも分からないのにかい?」

「上級ポーションには瓶用の封蝋ボトルシーリングワックスがされてますよね? そこに期日が書いてありますから、とりあえずそれを信じるしかないでしょう」


 瓶用の封蝋ボトルシーリングワックスが高いワインと同じようにされ、そこに作成期日を記入することになってはいるが、この封蝋を自分で作ってしまえば、いくらでも改ざんはありえることを祖母は言っているのだろう。 


「うーん、どうだろうねぇ」

「では、どちらにしろ今のところ独占状態ですから、保証期間を付けましょうか。二年以内にポーショーンが劣化して色が変わったら無料交換してあげるように」

「ふむ。いろいろ面倒なことを考えるもんだね。まぁ、封蝋の色を変えればいいのだろうけど……」


 ババさまが作るものは使用期限が長いようだと聞いたことある。

 薬草の管理とかもしっかりしているから、状態がいいのかもしれない。

 確かに王都で作ったものとアンブル領で作ったものでは微妙に違いがあるのかもしれない。ただ、神経毒に対応できるから、多くの人の手に渡ってくれることが大事なのだけど。

 すでに私は中級ポーションを他の人のに混ぜて、それを交換している。期限まで考えてなかった……。

 うぅ、朝から頭を抱えるよ。


「値段は抑えるようにはするから、交換は待っておくれ。もう少し考えてから決めよう」

「はい。分かりました」

「シャイン、この国のポーション代は決して高くはないんだよ。上級ポーションが小銀貨一枚というのは、時に人の命も救える値段としては破格だと思う。現に遠い国では銀貨一枚と十倍の値段らしいからね。上級ポーションを携帯している冒険者が少ないのは、彼らが選択していることだ。下のランク冒険者でも上級ポーションをしっかり持つ人だっているんだよ。数日の酒代を我慢すればいいことなんだから。どちらを選ぶかは本人次第さ。シャインがそこまで気にすることじゃないよ」

 

 確かにババさまのいう通りだ。私は通話を終えた。

 ちなみに、上級ポーションは小銀貨一枚になる。大銅貨の上の単位で、日本円で約一万円也。常備薬としては高いかもしれないが、もしものとき、命綱になると考えると高くはないと思うのだけど、人それぞれなのだろう。

 貧しいからこそ、借りあいもするが、時にそれは争いの火種になることだってある。

 身を守るのは、ポーションだけじゃない。魔道具もあるし、と思って気づく。


「魔導服の量産、たぶんできるね……」

 


 魔導服に取り掛かる前に私は父にも連絡し、上級ポーションのことを報告した。祖母から報告が行っていたそうだが、詳しいことは話していなかったので、状況説明からすることになった。

 最後に爆弾を落とされたけれど。


「シャインが好き勝手しているのはよくわかった。遅くなったが、侍女の手配ができた。新学期に間に合にあわなかったけれど、シャインにとっては必要な薬剤のお手伝いができる人だよ。ローサ・オリバレス男爵夫人だ」

「えええ! こ、困ります! 私は何不自由なく過ごしていますし、友人と隣の部屋がいいんです! 侍女がいると部屋を変えないといけないんです!」

「心配しなくていい。シャインの隣を開けてもらうように言って置いたからどちらかが空き部屋のはずだよ。そこに入ることになる」


 始業式前に決まっていたことなのか。いつの間に、宿舎の手配までしていたのだろう。まぁ、後等部では侍女がいたほうがいいとは聞いていたし、宿舎のことまで考えてくれていたのはありがたいけど。  

 強引だけど、続き部屋は回避できたことを喜ぶべきか。リタにばかり色々押し付けていたから、ちょうど良かったのかもしれない。


「……分かりました。」


 私は力なく答えて、通話を終えた。



 侍女は週末にやってきた。

 母よりも年上だろうと思われる女性だった。私を見るなり抱き着いてきたのには驚いた。


「シャインさま、ありがとうございました!」

「え?」

「守りの魔導具をその前の討伐で使ってしまっていたそうですし、シャインさまがいなかったら私は末息子を亡くすところでしたわ」


 頭にはてなマークが浮かぶ私に説明してくれる。

 ローサ夫人はあの毒に倒れた騎士、ロレンツォの母上だった。

 息子の命の恩人に報いるため、侍女を引き受けてくれたとか。ロレンツォの件があり、孫を救ってくれたと姑からも背中を押されたようだ。……大げさな気もするけど。もともとはロレンツォが隣の騎士をかばったんだから。


 アンブル領から王都に出てこないといけないことは悩んだそうだが、後等部が始まっても侍女がいないことで決心してくださったとか。……私は侍女を父が探していることすら知らなかったのだけどね。

 父たちは口が堅くて、身元のしっかりした人を選びたかったようだ。

 マディチ子爵家にいるメイドたちもいい人たちなのだけど、若い子も多くて口はちょっとね、軽いらしいから。女子にとってはおしゃべりこそが楽しい、ってのは分かるんだけどね。

 


 その後の父からの情報で知ったのだが、王宮で侍女とスキルから医務室の手伝いもしていたことがある優秀な方だった。王女付きの侍女をされていた方に侍女をして頂くなんて、と思ったが昔のことで侍女見習いにすぎなかったと言われた。

 王都に隣接しているニヴル領出身だったから、今回の魔物討伐の領地でもあり、二重に感謝されてしまった。


 早速、私はローサ夫人にお願いする。


「学園は中級ポーションの材料が豊富に揃いますので、採集してもらったものを調合していただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「はい、上級ポーションも作れます」

「あ、では朝材料を採ってきたのがありますので、後でお願いします」


 驚かれたようだが、流石に顔にまで出ることはなく、「分かりました」と微笑まれた。

 調合する様子を見させてもらったが、丁寧で手慣れた様子はたぶんアンブル領でも作っていたのだろうなと思わせた。内職してましたか、なんて聞かないけど。


 ローサ夫人は、薬剤の手伝いから侍女としても完璧で、リタのことも可愛がってくれる。今までリタに任せていた部分もローサ夫人がしてくれるようになった。また、リタが侍女となる素質もあることを知ってか知らずか、いろいろとアドバイスしてくれているらしい。

 そこで初めて、友人=リタが将来自分の侍女になるという可能性もあることを知った。でも、リタは優秀すぎて子爵令嬢ごときでは勿体ない。

 領主の館から引き抜きが来ているし、どうせなら領主家族の侍女になるほうがいい。ただし、仕えるのがマルガリータになる可能性はある……。

 リタには侍女になってもらわないことを結論付けた。

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