第90話

 改良ポーションはまだ一種類だけど、毒でもできたのだから、視野を広くしてもう一つのほうも探してみようと思っている。

 エプシロン上級ポーションが大量にいるだろうと思っていたが、神経毒に対する解毒剤に関しては、この国ではそうそう需要がないことが分かった。魔力回復と治療までできるのはいいらしいが。

 神経毒は魔物のサソリぐらいだからね。


 それ以上に、魔導服のほうも大事かなとも思う。

 ダンジョンの中には沼も湖もあるそうで、重い鎖帷子よりは軽いほうがいいだろうし。とか考えていたらいろいろ実験してしまいました……。


 試行錯誤していたから、数日かかった。その間にルカにも市場調査のつもりで聞き込みをする。


「ルカはもう騎士の影響を受けているだろうから、ニコラスパパだったらで答えて欲しいのだけど、鎖帷子の魔導服いくらだったら買う?」

「レイバダンジョンに潜るとき、門番たちに装備はある程度揃えろと言われるし、親父だってBランクだからある程度は出すだろ」

「門番に装備で何か言われたことあった?」

「はぁ。おまえ、自分の装備がどれほどすごいか、分かって言ってる?」


 あぁ、そうでした。過保護な装備だったね。何か言われることもなかったわけだ。階層を聞かれることはあったけどね。

 見習いで耳飾り型通信機付けていたからなぁ。


「じゃぁ、銀貨でも出すと思う?」

「うーん、どれほどの物か、で違うだろうけど、小金貨までは無理だろうな。銀貨なら魔導服だろ、出すかもな」

「Bランクよね。ポーションは何を持って行ってるか分かる?」

「普段はデルタとかの中級ポーションがメインだろ。よっぽど攻略が難しいような場所だと上級ポーション持って行くようだけどな」

「ちなみに、ルカは?」

「俺はまだ初級ポーションメインだな。中級ポーションは一つか二つ」

「だよねぇ。たまたまだったのかなぁ……。王都のほうでだけどね、Bランクで初級ポーションがメインに持つって言ってたのよね」

「人によってさまざまだからな。俺たちはシャインがうるさいってのもあるから中級ポーション持つけどな。たまにもらってるしさ。治療魔法使えるやつが多いパーティだったのかもな。そうじゃなければ、中級ポーション一個も持たないってのは危ないだろ。よっぽど装備がいいのか」


 治療魔法は魔力切れ起こしてたら使えないし、装備もそこまでいいようには見えなかったのだけど。現にケガしていたし。

 私はルカに参考になったとお礼を言ってエプシロン上級ポーションを渡した。


「とうとう上級ポーションを持つまでになった!」と笑っていたけど、次は買ってねと言ったら「おう」って答えたから、危ないところへ行くときにはちゃんと揃えるのだなと安心した。


 魔導服のほうは、上級ポーションを作ってくれているローサ夫人にも、数の分は支払いをしているし、その他もろもろ諸経費はかかる。

 それでも、ルカの話を聞いて銀貨一枚くらいに抑えられたらいいなと思った。

 


 エプシロン上級ポーション一本で出来た魔導服は五十着と少し。

 魔物の蜘蛛の糸をほんの少し織り交ぜた長袖カットソーを大量発注してみたのだ。ニーズのおかげで蜘蛛の糸が手に入ったから、それを使った。魔物の糸がなければ、三十着がせいぜいかな。


 「ちぢみ織り」という工程も取り入れてもらった。

 通常の棉糸にさらに千回以上の回転を加え撚りをかけた強撚糸にした。これだけでも吸汗性、速乾性に優れた生地になる。横糸だけに使うことで軽く、薄い生地が出来上がり、工場からは特別契約を結びたいと話が来たそうだ。自由に改良していいものが社会に出回ることを望むと伝えた。

 前世、日本の織物、染め物の技術は素晴らしかったはずだけれど、内容までは知らないことが多い。何かの折に、たまたま知ったことがちぢみ織りだったのだとは思うのだけど、他はさっぱりだ。

 絞り染めくらいなら、紐で絞って浸けておくという知識はあるくらいか。


 なにせ、魔物の糸があるから、お金さえ払えば丈夫で伸縮性や気密性に優れながらも速乾性にも優れた生地が手に入る。平民の服が改良されていないのはこのせいもあるかな。

 できた生地には魔物の蜘蛛の糸が入ることで、さらに伸縮性、耐摩耗性に優れたものとなった。


 魔物の糸効果が大きいとは思うけれど、鎖帷子の機能に加え、【打撃緩和】、【毒消し】、【汗処理ドライ機能】、【防水・耐久性】まで五つの機能を付けた。



 結果、三百数着ができた。フェルミン兄の護衛兼執事のホセを呼んだ。ランバートは最上級生として在学中だから、私が直に話をしたほうが早いのだろうけど。ホセには今まで窓口になってもらっていたし、私が兄に会いたかったのもある。


「お兄さままで来てくださったのですね!」

「シャインがホセにお願いしたんだろう?」


 抱き着く私を受け止めながら笑顔の兄がいう。

 うん、そう。何気なくお願いはしておいた。


 私は建物の前だったのを思い出し、いそいそと中へ招き入れる。

 私専用の建物だけど、兄もたまに訪れていた場所。寄宿舎の部屋は基本女子側は男子禁制だから、ポーション作りなどをしている建物へと来てもらった。

 お茶を入れてもてなし、本題に入る。


「鎖帷子などの機能が付いた魔導服が三百ほどできました」

「三百も! それはすごいね」

「魔物が湧く時期があると聞きましたから、急ぎ作ったのです。魔物の蜘蛛の糸を使っていますから、元の素材が高価ではあるのですが、なるべく値段を抑えたいのです」

「そのための量産だからね」


 さすがは兄上、分かっていらっしゃる。

 急ぎすぎて、ペンダントの蓄積してた魔力だけでも足りずに、中級ポーションを飲みながら魔力回復して作ってしまった。


「アンブル領は窓口となるランバートさまがいらっしゃるので、比較的手に入れやすいし、目に留まりやすいのです。ですが、私としてはその他の地域の、特に冒険者たちにも手に取ってもらいたいのです」


 騎士たちはそれでも貴族だし、ある程度の装備はしているが、王都付近の冒険者たちが思ったより装備が思わしくなかった。

 私たちが潜っていたレイバダンジョンに来る冒険者たちの装備はもっとましだ。王都というと儲かっているイメージが勝手にあったのだけれど、魔道具なんて付けているようでもなく、だからこそあれだけのダメージを負っていたとも言えると思う。

 かすり傷などだったら、魔道具が発動しなかったとも思えるけど。


「うーん、王都付近の冒険者か。アンブル領の冒険者はちょっと特別だからねぇ」

「宿ではなく、貸家に住んでいるという点ですか?」

「それだけじゃないけど。装備にも気を使っているらしいね。まぁ、そうするように冒険者仲間や領主たちも働きかけているようだけどね」


 王都で貴族が使った中古の魔道具などを大量に仕入れているのが、アンブル領領主たちらしい。

 住みやすくて居つく冒険者たちも多い。  


「あと、これは特別に作った魔導服です。見ててくださいね。えいっ!」


 サソリの魔物からドロップされた毒針から毒を抜いた針をその魔導服に思いっきり突き立てる。 

 ブスリ。

 鋭い針先で突き立てた後、破るように引き斬ろうとするが、繊維に傷を負わせることはできなかった。


「これはすごいね!」

「いいものを作られましたね」

「これは量産の服にもある鎖帷子などの効果ですが、他にも【物理攻撃緩和】、【魔法攻撃緩和】、【衝撃吸収】、【温度調節】、【汚染防止】などを付けておきました」


 魔法反射も付けたけど、そこまではいわないほうがいいだろう。今回使った魔物の糸が難燃性を持つからそこは基本あるとして。


「……ホセ、今シャインは何と言った?」

「確か、鎖帷子などの効果ですが、他にも【物理攻撃緩和】、【魔法攻撃緩和】、【衝撃吸収】、【温度調節】、【汚染防止】などを付けておきました、と言われたかと」

「シャイン! 何てものを作ったんだい!?」

「え? でも学園の既存のマントも六つの機能が付いてましたよ?」 


 量産のほうは五つの機能付き。上級ポーションだと複数の機能を付けることが可能になったから。


「学園のマントは量産で作るものではないからね。ポーションで作る量産の服は機能が一つじゃなかったの!?」

「今回は上級ポーションで作りましたから、複数の機能を持たせることが可能になったようです。あ、でもこの特別なほうは、ポーションだけで作ってませんよ。詳細は言いませんが」

「ただの長袖シャツがそんなに機能を付けていたらおかしいよ? 魔法マントだって裏地もあって、魔物の糸も使っている高級品なのに」

「魔物の糸は使ってますよ?」

「それにしても、だよ。防具に比べたらペラペラのこの服のほうが防御力が高いだなんて」

「どうしましょう? すでに量産のほうは三百作ってしまいましたが」


 確かに、今まで量産していたのは温度調節一つだったなと思い出しながら、徐々に多すぎたらしいことを悟る。

 自分たちが使っていたのには、それこそ生地数分の魔法陣を描いていたから、うっかりしてしまったよ。

 目をつむって考え込んでいる兄。


「特別というのは、僕とホセ、他には誰にあげるの?」

「家族と友人にと思っていましたが、ダメでしょうか?」

「普段着を少し丈夫にしただけのようなシャツにまさかのそこまでの機能が付いてるというのはびっくりだけど、特別なほうは了解した。でも、量産のほうはダメだ。もう少し装備らしいものに付けるようにしたいと思う。父とも話をしてみるけれど、少し話は待ってほしい」


 あちゃ。

 長袖カットソーと言っても、私的にはコンバットシャツのような軍人たちが着るようなイメージでいたが、普段着と言われたらそうかもしれない。知り合いにごつい軍人のようなイメージの人がいなかったから、コンバットシャツと長袖カットソーの中間的なデザインだし。細身のコンバットシャツといった感じかな。


 上腕部分にポケットを付けたり、袖周りも調節可能にしたり、二重に生地を使った部分もある。だからこそ十一もの機能を付けることができたのだけど……。


 防具であるボディーアーマーにその機能を付けてもよかった。だけどベスト型だから、腕部分を斬られたら痛いなと思うのだ。結局、防具下に着るシャツに鎖帷子等の機能を付けてしまった。

 鎖帷子だけのアーマーならもっと量産できそうではあるなと考え、答えた。


「分かりました。でも、防具って革や金属が主ですよね? 重くないですか?」


 革ならできるだろうけど、金属にポーション?


「裏地などもあるだろうけれど、別に防具に付けると決めたわけじゃないしね。騎士服のようなものに付けてもいいだろう。魔法マントのようにマントでもいいが」

「おお! 恰好良さそうですね。では後は任せます」


 これ以上は私も分からない。後はまるっとお任せにする。

 魔導服の量産で、安全にダンジョン潜りをしてほしいなと思ったけれど、物が一つできるのも、結構大変なのだと分かったから。

 値段も銀貨一枚と言ったら価格崩壊になるといわれてしまった。私的には小銀貨九枚にしたかったのにな。


 生地にもよるが五つの機能付きで、エプシロン上級ポーション一瓶に対し、三十~五十の魔導服ができるようになるのは画期的だと褒められたから満足、かな。

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