第111話

 学園内はまだまだ先にある舞踏会などの楽しみのために、ざわついている。

 私は、というと。

 もちろん、元気いっぱい。――表向きは。


 預言書を見てしまった翌朝、「王族たちはどうしてる?」と思い当たった。

 元々、王族や領主たちが見ることのできる本や資料を、たまたま私が見てしまっただけ、なのだと気づいたのだ。

 いち学園の女子生徒が一人悩んだって、どうなるわけでもない、とようやく気付いた。遅いよっ、私!

 おまけに、王族の生徒たちもちゃんと学園に出席していた。生徒だから当たり前? 

 あれは預言であって、絶対の未来じゃない。

 この国では占いや預言のことを「過去のことはほぼ当たる、でも未来は国が認めた預言者すら半分しか当てられない」と言われている。   


 だいたい、今年凶年と言われていたが、凶作というのも聞かないし、事故や災害が起こってもそれは去年と同じくらい。あ、去年が少し多かったから少しは多いのかな。ダンジョン魔物の集団暴走は、数年続くことがあるから、そこはしょうがないと思うし。

 そもそも、神話と同じようにこの世界にも、ニーズやフェンリルもいるし、魔法はあったから前世よりは神話に近い世界だと思っていたけれど、北欧神話に魔物の湧くダンジョンってあった? 迷宮ラビリンス括りなら、あっただろうけれど、魔物が湧くこの世界

 

 それに、戦争対策としてできることが私にあるのか? と自問しても、答えは出なかった。自分が特管庫に入れ、目にしてしまった預言書に自分についての預言かもしれない部分があったとしても、それが本当に私のことかなんて、たぶん誰も分からない。


 ま、逃げたとも言う……。


 

 それに、秋は漢方の材料を集めて、ポーションを作る時期、と私は思っている。ポーション作りに没頭していたら、どんどん時間は流れてくれた。

 ダンジョンから湧き出る魔物対策としても、ポーションは必要で。

 私は必死に作った。


 儲けはすごい金額になるのだけど、国にかなり割り引いた金額で一括で卸して、ケガにも対応してもらっている。ここら辺の手腕は、領主や父たちのおかげ。領主は倍加の件を知らないから、最初はそこまでする必要はないとは言われたそうだけど、まだ製造方法を公開していないから、その代わり。


 祖母たちは、ポーションが売れてからもそれまでと同じような生活を続けている。

 衣食住で変わったことはない。冒険者に採集の依頼はするけれど、それまでもしていたことで、常時採集依頼に変えた位の違い。だから、私たちの生活に嫉妬して狙われるというのはないと思う。


 父が護衛を増やしたし、領主はなんと、東門の城壁を高くした。駐屯所が門と我が家の間にあり、その駐屯所の横から矢で狙われたこともあり、レイバ伯爵も一人だった夜間の門番を二人に増やしてくれた。襲撃の次の日には壁もできて、人も増えていたと。仕事早っ!

 両領主にとっても、私たちは無くすわけにはいかない存在だからと言われたけれど。それで町の住民から不満が出ないのは、祖母のおかげだと思ったら、高い城壁自体が町の安全にも役立つから、だった。感謝されているそうだ。

 


 ……で、なぜ今私はフル装備に近い出で立ちなのでしょうか?

  

 分かり切っていることを自問してしまい、ため息を吐く。


「はぁぁぁぁ」


 凶年じゃないと思っていた数日前の自分が甘かっただけだ。

 個人的に魔物討伐に駆り出されただけだから、他の人にとっては凶年でもないかもしれないが。


「シャイン、諦めろ。今回、一緒に来てくれて嬉しいよ」


 隣には私のため息を聞いて、ニヤニヤ顔のルカ。蹴っていい? いいよね?

 繰り出すシャイニーキーィィック。さらっと避けられてしまったけれど。くっ、悔しい。

 

 完全な八つ当たりをルカに向けている。


「シャインはブランクもあるから、後方だけ守ってくれたらいい」


 そう言うのは、これまたここに相応しくないクレト。彼を見て、私だけじゃないしなと諦める。頑張って早く医療班に行こう。今年は医療班にすら、誘われなかったから、大丈夫だとばかり思っていたのに。

 今いるのは、ダンジョン前。


 騎士コースの二年生は何度か短い遠征を繰り返して、魔物討伐に出ていた。それが、今回私たちまで出動となったのは、ダンジョンに長く潜れる召喚獣を持っているから、なのだ。

 闇魔法とダンジョンは理由こそ分かってないものの、関係性があると言われている。ダンジョンの空間自体、外とは違う。

 聖獣と言われる召喚獣はダンジョンに入りたがらない。ダンジョンに潜って一日を超えるとおかしくなると言われている。


 だが、ダンジョンに入っても、比較的大丈夫な召喚獣がいる。

 それが、黒の飛猫フライ・キャットであり、黒飛猫よりさらに平気なのが、フェンリルや竜。

 去年も魔物討伐で召喚獣と一緒にダンジョン入りする場合、数時間毎に交代したという。つまり、一階部分に入るだけで十分だったようだ。

 洞窟型だと、召喚獣に歩かせないといけないし、かえって窮屈で戦い辛い。

 

 今年、魔物が集団暴走しているダンジョンに、正面出入り口のある一階からの魔物が、横穴からはなぜか地下七階と通じて大型の魔物が湧いてくるものがあった。そこがやっかいなことに、農村のすぐそば。町にも近い場所にあったことから、外での討伐よりダンジョンへ潜ることになったのだ。大型も多いから、塞いでもすぐ壊される。

 フェンリルや竜の召喚獣者が騎士コースを選んでいるとは限らない。いや、フェンリルたちだからこそ、王族が多かったりするし、召喚者が高位貴族女性のこともある。

 そんな召喚獣に乗って討伐組が編成され、不足だと言われる中、黒飛猫に乗るマルガリータとルカが、クレトと私を推薦してしまったのは、自然な流れ、だそうだ。

 マルガリータって、こういう時、領主の娘なんだなぁと思う。マリガリータの発言で私は学園から討伐メンバーに抜擢されてしまったのだから。


「シャインを医療班に取られる前で良かったわ」

「ダンジョンに女性と一緒に潜るのは初めてで、嬉しいです」


 赤と黒の衣装が目にも鮮やかなマルガリータの言葉にとりあえず引き攣った笑いで応えておいた。

 騎士コースの装備でないのは、今着ている魔導服の方が戦闘能力が高い物だから。当然、私も似たようなもので、下級生、なぜか女子生徒たちから出発時に「先輩、素敵ですわ!」と言われた衣装になった。

 装備というより、女性騎士風の衣装だよなぁ、これ。

 学園の制服なら、魔法使いぽいのだろうけれど、これは完全にマントが翻る形。

 鎧ではないが、これでも、鎖帷子や攻撃反射のえぐい魔法が付いてます。相手は魔物。それも大型ですから。一年前ならともかく、騎士コースを外れて体も鈍っている。エプシロン上級ポーションだけでも小さめの収納カバンに百個入ってます。それは後ろ腰に巻き付けて、左腰には自作の剣。右腰にはポーチ。


「短剣でなく、ロングソードも欲しいほど、いい剣だ」


 とルカに絶賛されたのと、ミスリルが少し手に入ったことで、新たに休みの間に作ってしまっていた。身を守る物を作ってしまうあたり、恐怖心があったのだろうなとは思う。

 前世の知識から、軽くて丈夫な金属ならチタン、とは知っていても手に入らなかった。

 だが、夢の金属と言われるチタンに似ていて、それでいて価格が十分の一だったアルミニウム合金の成分を思い出して、作ってみたら、できた……。

 ニッケルを混ぜることでアルミニウムがB2クリスタルと言われる状態になり、密度も問題なし。詳しい内容なんて知らなかったのだけど、ねぇ。


 軽いのがいい。

 それで土台を作り、少量のミスリルで剣の表面を覆う。

 できた剣で試し斬りをした。丸太がスパァアアと切れた。それはもう、豆腐でも切ったのかって感じの手ごたえ、のなさ。笑ってしまったほどだ。

 だが、自分用のツタンカーメンもびっくりの鋼鉄短剣を真っ二つにした時には、笑いはすっこんだ。み、ミスリルってすごいんだね!

 孤児院の子供たちにあげたときに、すごいものを上げて大丈夫かなと思った自分が恥ずかしくなった。少量のミスリルが入るだけで簡単に折れる剣でしかなかったのだから。

 やりすぎな感はする。モノづくりって楽しいのだけど、これはなるべく目につかないようにしたいと思っていた。今回持ち出したのは、魔物相手だから。遠慮なんかしない、できない。遠慮したらこっちの命が危ない。

 ミスリル剣も、伝説のミスティルやどぎりテインもすごいものだけど、私の作ったのはなんちゃってティン。ミスってできたティン。命名、ミスチッタヨティン……名前だけでもと似せてみようとしたが、残念感しか漂ってない。 

 くっ、私のネーミングセンスなんてこんなものか。


 まぁ、使わなくてもいいことを願おう。

 抜かなければ、中身は見えないから。喧嘩早い者たちが使う金属リングだけの鞘もどきじゃないもの。ちゃんと刃型部分を覆っている鞘だから、大丈夫見えない。


 私は召喚獣が竜ということと、治療魔法も使えるということだけで最後方に陣取る。マルガリータ、ルカ、クレトと私、他三名の七名プラス召喚獣たち。

 外で待つ騎士コースの面々は三年生だから、きちんと挨拶はする。逃した魔物は彼らが始末してくれる。


 リーダーは三年生のアーロン。騎士団団長の子息だとか。

 首をゴキゴキ言わせて出発前の準備をするアーロン。うん、ごつい。

 でも、このごつい感じはきっと頼りになるごつさだと思いたい。

 

 さ、ニーズ頼みの魔物討伐に行こう。ぎゅっと手綱を握る。

 

「行くぞ」

 

 アーロンの声に騎乗した私たちは、召喚獣と共にダンジョンに入っていった。

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