第112話

 アーロンを先頭に召喚獣はダンジョンを下る。

 七階までは急なスロープ状の竪穴が開いている。爪痕なども多数あるから、飛べる魔物だけでなく、駆けあがった魔物もいたのだろう。

 でも、と思う。

 どうしてこんな大きな穴が七階から一階まで通っているのだろう。

 召喚獣に乗った私たちは先頭のアーロン以外、二列で降りていくが、余裕で通れる程の広い穴。


「まさかだけど誰かが作ったってことはないわよねぇ」


 七階に到着して振り返って思わずと言った体で呟くマルガリータの言葉が聞こえて、他の人も同じことを思うのかと感じる。

 穴を開けるくらいなら、土魔法で誰でも作れるが、七階までとなると、ダンジョンの階層を把握している必要があるだろう。直通の穴。錬金術を持っていたら簡単だろうか、そう自問しながら降りて来たから。

 それに、本来は騎士たちがしてくれることを学園側が任されているのも、黒の召喚獣を持つ騎士たちがすでに他のダンジョンに潜っているということ。浅い階層なら、交代でも騎士たちが駆除しているし、冒険者たちもいる。学生にまで依頼が来ている程、ダンジョンの深層からの集団暴走があるということだと思われるのだ。


 疑心暗鬼になっているだけかも。

 私は頭を振って今は要らない考えを追い払う。


「六階までは天井高が低いって話なのに、七階は十階建ての建物が余裕で建つ高さだな」

「そうだな。鳥たちの天国ってところか。明るいのに、天井近くまで壁がそびえたつ様は巨大で単純なラビリンスでしかないがな」


 ルカとクレトが話している。

 鶏のようなコカトリスや、雷攻撃が得意な小型サンダーバードたち鳥系魔物の住処だと言われていたここは、大木と壁で迷宮のような様を呈している。

 おまけに七階から十階まで崖になっている部分があり、十階の魔物が上がってくることもあったらしい。七階を避けて通る冒険者も多いからか、討伐されていなかったため、元々数もいた場所なのだ。

 十階の魔物でやっかいなのが、ボスのシルバーロア。白いオーガと呼ばれるゴリラぽい見た目の魔物。

 シルバーロアには騎士たちが当たってくれているというから、外に出て行ったのは確かで、そこは有り難い。ここには十階のボスは出ないということだから。

 それでも、シルバーロアは氷魔法を使うから、このダンジョンの七階と十階の魔物は属性だけで言えば強い魔物だ。


『周りに注意してください。来る!』


 探知スキルがあると言う同い年のヒラリオの言葉が耳に届き、全員構えをとる。

 雷攻撃と言っても、痺れるくらいではあるのだけど、落ちたら困る。コカトリスは石化が得意。降りる間に攻められなくて良かった。

 上空から飛行してくるなら上に注意というはずだ。

 地上からならコカトリスだろう。うん、私の勘は地上からコカトリスと告げている。 

 後方を守る私は後ろにも注意を払わないといけないけれど、それはニーズがある程度分かるし、頼んでもいる。


『なんで……』


 ヒラリオの声。なんで?

 後方は壁と、穴だから大丈夫と思ったのか、ニーズが飛び上がる。確かに、攻撃するのに、前衛がいるから、上方にいたほうがいいのだけど、そうすると攻撃の的にされることもあるんだけどな……。ま、いいか。

 魔物は五メートル上方の壁からその姿を現した。つまりは私の目前。


――巨大サソリブラックスコーピオンの魔物ですか! 


 自分の勘はなぜこれ程までに当たらないのだろうか? 地上か上空から現れようよ。中途半端に中間から現れないで!

 ニーズは探知できたようだけど。ヒラリオが若干上方を見ているのを後ろからなら気付けたはずなのに、そこまで頭が回らなかっただけ、とも言えるが。

 あれは毒がある。

 そう思った瞬間、まだ体の一部しか出していなかったブラックスコーピオンは、壁から尻の毒針を出し、攻撃してきた。


 ヒュンッ

 ごぉぉおお!


 毒針が私とニーズ目がけて飛ばされ、それに火を吐いたのはニーズ。

 私は固まっていただけだ。

 毒針はニーズの吐いた火によって消滅させられたようだ。あ、危なかったぁあ!

 その間にアーロンたちは魔法や矢を放っていた。


 ガッ ダダダダダッ


『グガァアアアアアア』


 巨大サソリの第二肢右はさみが吹き飛んだ。だが、すぐに叫び声と共に後退され姿が壁に隠れる。

 ここって、サソリの魔物がいたの??!

 ニーズがさらに上方へ飛び上がることで、今は疑問よりも倒す方が先だと気づかされる。剣を抜き火魔法の詠唱を準備する。

 壁の高さも厚さもさまざまだが、天井まで届いてはいない。横にはフェンとクレトがやはり飛び上がってくる。魔物が上から攻撃するなら、その上を狙う! ……恰好よく思ってみても、実際の私はニーズに連れられているだけ。

 ニーズは壁を越えながら下方に火を吐いた。

 私の目は先方にいるもう一匹のサソリの魔物を捉えていた。そちらに上級魔法を放つ。


「燃え尽せ! 【爆炎フレイム】」


 火だるまになり落ちた魔物は消滅する。ニーズが攻撃したものも消えている。クレトも一匹退治したようだ。


「おいっ! 勝手に列を崩すな!」


 リーダーの怒鳴り声。ごもっともなんだけど、やっちまったものはしょうがない。

 追いついたアーロンに頭だけ下げる。


『魔物が大量にこちらに向かっています! 気を付けてくださいっ』


 ヒラリオからの注意が通信機より届く。

 まじかぁー。次は鳥の大群でも来るのかね。ニーズは壁の上に降り立つ。

 アーロンが素早く次の攻撃方法を指示していく。アーロンの指示だとサソリの魔物が来ると思っているらしい。もし、私の勘が当たり鳥の魔物が来たら頑張ろう、と思ったら続々現れたのはサソリの魔物。

 くっ、また負けた。……やっぱり魔物には勝って、この負けを取り返そう!



 ブラックスコーピオンが壁からワラワラと這い出して来る様はちょっと不気味だ。

 上から傍観しててもそうなのに。みんなは大丈夫だろうかと下を見る。

 アーロンの指示で壁や大木の陰に隠れていたメンバーたちが、攻撃をしかける。

 さすがは騎士コースのメンバーたちだった。動揺していたのは私だけらしい。

 気を取り直して、火以外の魔法で加勢する。広いし、地上までの穴も開いているから、火魔法を使っても大丈夫とは思うけれど。賢いニーズも毒に警戒しているのか、ちゃんと体は壁の後ろに隠して、火を吐いているから。


「凍て、貫け! 【氷針アイスティング】ー!」


 連続で出してはブラックスコーピオンたちを貫いていく。毒針の威力も早さも半端ないが、壁や大木のおかげでポーションの出番はまだない。サソリ毒に効くエプシロン上級ポーションを百本も持ってきた自分に苦笑が漏れた。魔物を当てる勘は当たらないくせに、ポーションに関しては勘が働らくらしい。

 ドサッという音や最後の雄叫びをあげて消滅する魔物たち。


『どうやら全部始末できたようだな。他に魔物の気配はあるか?』

『僕が分かる範囲にはいません』


 アーロンとヒラリオの会話に、いったんは終わったことにほっと息を吐く。今日も耳飾り型通信機がいい仕事をしている。 


『ケガしている隊員はいないわね?』

『……ケガがなければ、ドロップしたものを拾った後、俺のところに集合!』


 マルガリータの声の後に召集がかかる。


「みんなよくやった! 大きな魔石だけでも三十個以上だぞ!」

「リーダー、俺最初の一匹見たとき、ダメかと、やられるなって思いましたよ。大量に来ると分かった時も撤退して、騎士たちを呼ぶかと思ったら、配置の指示を出されるし。でもおかげで腹が座りました」


 ニコニコ顔のアーロンに、苦笑して答えるヒラリオ。

 うんうんと他のメンバーも頷く。


「七階まで普通の召喚獣が降りるのを嫌がると思うと、俺たちが戦うのが最善だったしな。最初にシャインとクレトが退治してくれたことで落ち着けたのはある。もう少し列は守ってもらえるといいが、今回はよくやったと言っておく」

「え! ……あ、先輩たちが攻撃してくれたのと、召喚獣のおかげで助かりました。ありがとうございました!」


 急に振られて慌ててお礼を言う。

 みんな疲れているのだろうけれど、魔石の大きさと数を見て、喜びが隠せないようだ。私はポーションを出して、配る。


「お礼の気持ちです。たくさん持ってきているので、魔力を回復しておいてください。少しでも毒針がかすった召喚獣がいたら召喚獣にもかけてあげてください」


 念のため、付け加える。先ほどニーズに声をかけて召喚獣たちも心配ないと分かってはいるが。 

 休憩を兼ねて、ドロップしたものを分ける。私は収納カバンもあるし、誰も欲しがらない毒針を全部もらった。魔石は一個。


「シャインが一番多く刈ったのに、なんだか悪い気もするわ」

「いえ、私ではなくて召喚獣のおかげですから。それに薬師としては薬剤のほうにどうしても惹かれます」

「魔石を売ればそれで幾らでも簡単に手に入るでしょうに」

「サソリの毒は我が国ではあまり出回ってないかと思われます」


 マルガリータの問いかけにルカが答えている。前回の討伐の時に、私が持っていたのを見て聞かれたから、サソリの毒が神経毒であまりこの国ではないこともルカは知っている。


「ルカは強いだけでなく、賢かったのね。どう、アーロン、アンブル領は逸材が揃っているでしょう?」

「お、おう」


 ふふんっと得意げなマルガリータ。


「ところで、鳥の魔物が全然いませんね。外に全部出たのでしょうか? どれくらい討伐したかご存知ですか?」

「ん? そうだな。ここのサンダーバードは小型なうえ、攻撃が遅いからな。サソリの魔物があれだけいれば逃げたんだろうな。俺たち生徒は少し後方を守っていたし、外にあふれた数は報告されてない」


 クレトの冷静な問いに振り返ってアーロンが答える。


「鳥なら、飛べるから遠くまで行かれるとやっかいね」

「召喚獣で騎士と学園の生徒が回っているから大丈夫だろう。それにここも広そうだ。まだ奥にはたくさんいるかもな」

「ええー!? サソリはもうたくさんです! せめて攻撃の遅いサンダーバードでお願いしたいですぅ」


 先輩たちの話に、嫌そうに言うのはヒラリオ。探知できるから、迫ってくる恐怖を感じるのだと顔をしかめて話していた。探知能力が欲しいと思っていたけれど、いい面だけではないのか。

 

 少しの休憩を終え、私たちは召喚獣に乗って、上空からどんどん進む。鳥の姿はないし、ヒラリオの探知能力がある。

 途中、数匹固まっていたブラックスコーピオンは難なく倒し、突き進む。コカトリスは固まって壁や大木の又に隠れていたが、探知スキルのおかげで危なげなく駆除していく。

 だいたい七階のフロアは攻略した時点で食事を取る。


「わたくしたちが準備してありますわ。さ、シャイン出して頂戴」


 簡易食を出したアーロンを見て、さかさずマルガリータが口を開く。

 どうぞと出したのは、サンドイッチとスコーンにスープ。サンドイッチは多めのキャベツとトンカツを挟んである。スコーンはお菓子代わりにチョコチップ入りで。

 スープは野菜ベースのコンソメ味。もちろん温かい。


 準備したのは、寄宿舎の厨房の方々。だから準備したのがわたくしたち、で間違いはない。それに、マルガリータは領主の娘だ。学園では身分の差はないとされるが、カフェなど有料の場所でお金を出すのは身分が上の者という一般の常識が通用される。貧富の差が大きいとこういった金を出すのは金がある者という流れが自然に受け入れられる。前世の日本は貧富の差が少なかったのだなぁとふと思う。

 スコーンはカフェで買ったがマルガリータから後で渡すと言われているし。出発までに時間がなかったから、これ以降の食事は、フルーツしかない。ダンジョンで夜は明かさないだろうし、陣営に戻れば食事はあるだろう。

 わぁと喜んで食べてくれるメンバーたちを見て、食事は大事だよなぁと思う。


 食べ終わったら、崖下の十階の攻略だ。  

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