第113話
最初、その魔物の後ろ姿を見たとき、大型コカトリスかと思ったのだ。コカトリスには毒蛇の尻尾があるから。トサカぽいのも頭頂にあるし。
だけど、体がヤギぽい。四足?
振り向いたその魔物の顔はウルフともう一つ、苦しげにヨダレを垂らすライオンだった。それも巨大な。
――キメラ!!
私の前世の記憶が言う名はキメラ。
キメラとは伝説の複合体の怪物キマイラからきた、生物学で言う同一個体内に異なった遺伝子情報を持った細胞が混じっている状態。
黒系の召喚獣を持っていることからダンジョンの深層に派遣された七名のパーティと共に七階から十階に崖沿いに降りて来ていた。
崖下には魔物がいなかったので、周り込んで十階のフロアにいるというヒラリオが探知した大型の魔物へこっそり近づく。
「…………」
「なんだあれは……」
「リーダー! 撤退しましょう! あんな怪物無理ですよっ」
アーロンの声にハッとしたように、小声でヒラリオが叫ぶ。
だが、こちらに気付いたキメラはふさぁと跳躍すると私たちの目の前に降り立った。
その異様な姿を見上げ、顔にまで鳥肌が立つ。
アーロンたちは緊張で固まってしまっている。
キメラが降り立つと同時に飛び上がったのはニーズで、私に念話で『大丈夫』と語りかけてくれたから、私は動けた。
――私に注意をひかせる!
ダンジョン七階層から降りる前に弓矢は準備した。矢が落ちないように矢筒の底には磁石を付けてあるがそれでも、ニーズと飛ぶと回転が好きな二人のために矢は落ちてしまう。崖下のダンジョン内では回転する余裕もないだろうと、背負ってきて良かった。私はすぐに弓をつがえ引いた。
ビューンと飛ぶ矢はキメラの頭に命中した――して、刺さりもせずポロッと落ちる。
矢じりは折れてしまったあの剣を使っている。つまり鉄より硬い鋼鉄。だから魔力はのせなかった。ツタンカーメンもびっくりのあの鋼鉄……。キメラにツタンカーメンが通じなかった。ってそんなこと言ってる場合ではなくて!
私が慌てすぎている間に、ニーズは近づき咆哮の後、火を吐いた。
キメラのライオンの顔が歪んでいたから、もしやと思ったらやはりブレスをアーロンたちに吐こうとしていて、それをニーズが止めたのだ。
だが、ぶつかる炎の威力は大きく、アーロンたちの方まで及んだ。
私は腰のポーションを取り出し、急ぎ封を開けると一番被害が大きいはずのアーロンに飛ばし浴びせる。剣を抜き、詠唱するのは上級魔法。
「凍て、貫け! 【
「凍て、貫け! 【
私の後に続くのはクレト。
だが、私の攻撃はウルフの顔にかすり傷を付けただけ。クレトの【氷針】はヤギの体部分をかなり傷つけた。
私はクレトを狙う毒蛇に向かって飛び降り、その胴体を薙ぎ払う。薙ぎ払うためにバランスを取れなかった体は地面をゴロゴロと転がり、手をつき片足を立てて上体を起こした。私に続きクレトも飛び降りたのは視界に入ってはいた。
クレトは半分以上切れかけた尻尾を完全に断ち切ろうとしたようだが、彼の剣では歯が立たず、魔力を込めて力任せに上から叩き切った。フェンたちも爪や牙で迎撃している。
ウルフが「グゥォオオオオオ」と苦し気に叫ぶ。ライオンの方は私を捉えようと足を向け動き始めたが、マルガリータたちの上級魔法攻撃を受けた。
「燃え尽せ! 【
「凍て、貫け! 【
私の矢が通じなかったのも、上級魔法が傷を付けるのも見た仲間の立ち直りは早かったようだ。横に回りこみ、ヤギの体部分を集中攻撃している。
アーロンも召喚獣も無事なようで、魔法を放っていてホッとする。
ニーズは顔に火を吐き注意を逸らし、フェンは爪と牙で後ろ足を狙う。フェンの爪と牙は確実に後ろ脚にダメージを与えていた。
毒蛇が動かないのを確認してからクレトと共に後ろ脚を狙う。だが、私の剣技も動きもいまいちで刃が一歩届かない。俊足を使うのに、体力のほうが足りないようだ。
一度少し距離を置いて、呼吸を整えている間にルカが来て言う。
「シャインが黒飛猫に乗ってくれ。俺にその剣を貸してくれるか?」
「分かった! お願い! ルカならきっとこの剣が役立つよ」
私はすぐにミス……名前はどうでもいい。ミスリルで覆った剣をルカに渡し、交代してルカの召喚獣に飛び乗った。体力もないから助かった。体力を補えるポーションが必須だとこの時強く思った。
仲間もだいぶ弾かれたり、かなりの攻撃を受けているが、魔導服を着ているアンブル領のメンバーと、魔導具のアクセサリーを付けた召喚獣は何とかそのダメージを繰り抜けている。
ルカが俊足で立ち回りながら次々と切り付けて腱を断ち切る。ズザザァと斜めに若干倒れ、「いいぞ!」とアーロンが言う。これで戦いが楽になる、そう思ったのだが――
キメラが「グゥガアアアアアア」と咆哮したと思ったら、体から薄い黒の煙幕のようなものが立ち上がり、キメラの体が再生し始めた。
せっかく切り落とした毒蛇の頭が顔を出し、傷つけた脚の腱や体中の傷たちも治っていく――
再生した……
呆然とするのは全員同じだ。ニーズとフェンだけは変わらず攻撃を続け、そのおかげで正気に戻る。毒蛇がゆっくりではあるが、ルカを視界に捉えていることに冷汗が出る。
「ルカ! 早くこちらにっ!」
私はルカの黒飛猫で飛翔した。
ヒュッと音を立てて、毒蛇が空を切る。
ふぅ。ギリギリ間に合った。
「お、おいっ! 早く降ろしてくれ!」
ルカがクロちゃんに食べられていた……。違う、咥えられていた。
黒飛猫はルカを咥えて助けたから、私が伸ばした手も役立たなかったけれど、ルカのように召喚獣に咥えられなかっただけ、いいとしよう。
キメラからは距離を取り、地面に降りる。
「あんな怪物、どうやって倒せっていうんだ! 心臓を狙うしかないのか!」
ルカは解放され、悔しそうに言いながらもすぐに黒に乗る。私は前を譲り、ニーズまで送ってもらう。ルカの言葉にマルガリータが反応してきた。
『ルカ、無事で良かったわ! 頭が二つあるけど、心臓らしき部分を狙ってみるのはいい考えかも』
『よし! 左だとライオンの頭の方だな。みんな、俺に合わせて一つに狙いを定めて攻撃だ!』
『はい、リーダー!』
私はニーズを呼び、乗り移りながらも、キメラの心臓と魔心臓の場所を探る。ライオン側に感じる魔心臓。あれ、隣にも同じようなものが……見える……。
二つある? ……ううん、違う! 三つだ!
「リーダー! 怪物には心臓が三つあるようです!」
『はぁ?』
『ええ??! 三つ? どこを狙えばいいって言うのよ!』
私の言葉にアーロンと癇癪を起しそうなマルガリータの声がした。
確かに、三つもあるなんて。いや、三つもあるからこそ、キメラなのかもしれない。あれ?三つだっけ?
私はキメラの尻尾を見て、ため息をついた。
「すみません、間違えました。あの毒蛇の尻尾にも心臓、ありますね」
『ちょ、っちょと! それは反則よっ! ありえないでしょう!? さっき、落ちたのに、再生したのよ?』
『一つずつ心臓を狙っても、再生してしまえば復活するってことですか!?』
マルガリータたちが雷の魔法を放って感電させ、体の動きを少し奪い、さぁ、攻撃だと言っていたところに水を刺し邪魔をしてしまった。
「すみません、そう見えます」
『くっそうっ! それでも、攻撃だ! 痺れてよく動けない今しかない!ライオン側の心臓を集中して狙えーっ』
心臓への攻撃は、体の自由を奪われたキメラによくきいた。心臓部分は壊され、ライオンの首が下がった。
だが、今度は喜びの声を上げる間もくれずに再生が始まる――。
くっそうといいながらも、土壁でキメラの周りを覆い、指示を飛ばすのはアーロンリーダー。
四か所に分かれて心臓部分を狙い、三人は三つの頭の気をひく。残り四人で私が伝えた心臓部分を同時に狙う、という作戦だ。
『上級魔法を数人で撃ってようやく倒せるのに、それぞれ一人ずつの威力でできるかしら』
「ニーズがブレスを、私が【灼熱】を使ってみます! 焦げて動きが鈍っている間に攻撃をお願いします」
私が威力の強い灼熱を使う。
すでに土壁は壁の形を留めていない。キメラは攻撃をしようと最初の跳躍を見せた時と同じ姿勢を取ったのが分かった。
「ニーズ、ブレスをお願い!」
『うん』
ニーズは答えざま火をはき、続いて私は詠唱に魔力を最大限にのせる。
ごぉぉおおおおおおおお!
「燃え上れ! 【
やった! そう思える程には灼熱の威力は大きかったと思う。苦しみ呻くキメラ。だが、感じる魔心臓はその動きになんら変化がない。
『攻撃開始だ!』
リーダーの声でそれぞれの役割を果たしていく。
私はみんなに任せて、ポーションの補給をする。魔力をごっそり使ってしまい、一本では足りなかった。他のメンバーにも渡したい。
息を整え、攻撃に加わろうとしたが、またキメラの再生が始まる。キメラは再生を阻止しようと近づいたヒラリオとアーロンの二人を突き飛ばし、飛躍し距離を置かれる。
「先輩っ!!」
ルカが叫び、ニーズは心得ているかのように、二人のそばに飛ぶ。私はちょうど出したポーションを二本開けつつニーズから飛び降りた。内臓を強打したと見えた仰向けのアーロンの口に突っ込む。脈をとり、無事なことを確認し、ヒラリオに駆け寄り、処置をする。
召喚獣は一体消えた。たぶん、死んではいない。急きょ元の世界に戻ったのだと思う。先ほどもアーロンとアーロンの召喚獣はダメージを負っていたから、さすがにきつかったのだろう。ヒラリオの召喚獣にポーションをかけ、口からも流し込む。
リーダーの召喚獣がいなくなり、回復するだろうが、負傷者が二人。複合魔法【灼熱】と全員の攻撃すら通じなかった。
絶体絶命……。震えそうになる。
彼らの命の無事を通信機で伝えるが、マルガリータが他のメンバーが立ちすくんでいる姿を叱咤していて、届いたかは分からなかった。
マルガリータも一度飛ばされて壁に激突していたが、魔導服のおかげか、ダメージが少なかったようだった。彼女はすぐに立ち上がり、魔導具を付けて攻撃をまぬがれていた召喚獣に飛び乗っていたから。ダメージがそこまでないものと、アーロンたちの打撃が危ないものであったと気づかなかったのかもしれない、と思って違うことに気付く。
マルガリータもまた、リーダーの器なのだろうと。召喚獣が消えたのを気付いていないわけがない。そんな中で他のメンバーを励ますことができるマルガリータはすごい。
『あんなトサカ付の間抜けな怪物に負けていいとでも思っていてっ!!?』
そこ? 負けて悔しいのは、トサカ付だから? 確かに、トサカが付いているウルフの顔が変だとは思うけど……。
……トサカ……はコカトリスのモノで……炎を吐いたライオンはたぶん
「誰か、押さえられるなら、お願いします! ちょっとやってみたいことがあります!」
叫ぶ私に早速雷魔法をぶっ放すのは、クレト。
私はその間にニーズに飛び乗り、詠唱する。魔力が足りるかは分からないが、動きが鈍っているキメラに全力でぶつける。
「崩れ落ちろ! 本来の姿へ!【――】」
キメラが消え、四体の魔物が現れる。
コカトリス、ビックウルフ、
『どういうこと?』
『今だ! 攻撃をっ!』
マルガリータの問いには答えず、もう一人の三年生の言葉で、打撃を受けてない四人が攻撃を仕掛ける。
ノロノロとポーションを口にようやく運び、それでも、ニーズに寄りかかってしまった。ニーズはヤギの魔物に飛びかかって、動きを封じ、爪と牙で攻撃していて、私は落ちないようにしがみ付くだけで精一杯だった。
ようやく、もう一本を取り出して飲み干し、顔をあげる。
魔物の姿は、どこにもない。
『…………』
『……やった……やったぞ!』
おおおおおおおおおおと雄叫びがうるさい。なのに、心地いい。
安心して、涙が出て来る。これでダメなら、私にできるのは、何だろ、そう思っていた。間違って使った詠唱がここで役立つとは、間違いもたまにはいいものかもしれない。
えぐえぐっと泣いていたら「鼻水出てる」とクレトがハンカチで拭いてくれた。ハンカチ持参? 三角巾なら、薬師だから私も持っているけれど、奇麗なその布はどうみてもハンカチだった。それも超高級なシルクのもの。
それにしても、クレトは余裕そうだ。
「クレトって死線を乗り越えた戦いをしていたようには見えない。じゅるい」
あ、咬んだ。
「シャインが体力落ちてるだけだよ。それなのに、よく頑張ったな」
優しい笑顔で顔だけでなく、汚れた手も拭いてくれるから、それ以上言えなくなった。やっぱりなんかずるい。
私は鼻水を垂らしていたこととか色々恥ずかしくなって、ぷいっと横を向いて気付く。「ニーズ、大丈夫?」と問いかけ、平気だと言う言葉にホッとしつつも、急ぎ傷ついた召喚獣たちに先にポーションをかけたり、飲ませたり奔走した。
アーロンたちも、すっかり元気になっていて、お礼を言われた。怪物が四体の魔物に変化したことについて聞かれたけれど、先にダンジョンから出たい。
「アーロン先輩、こちらへどうぞ。ご一緒します」
「助かるよ、クレト」
アーロンが言うには、召喚獣は無事だと感じるとのことだった。先にポーションを飲ませてあげれなかったことが気になっていたけれど、無事なら良かった。
私たちはようやく外に出ることができ、すでに茜色に染まる空を見上げながら今日この景色を見れて嬉しいと、じんわりその温かい色が心にも染みてくれた気がした。
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