第121話

「黒幕は王族関係者……?」

「うーん、それはどうでしょう。黒幕本人が闇魔法遣いとは限らないと思いますよ。白状させない状態というのも、ただ単に組織の秘密を守るために掛けてほしいと頼んだと言うような可能性もゼロではありませんからね。黒幕も個人とは限りませんし」


 私の疑問にキンダリー先生が王族ではない可能性を提示した。確かにその組織が犯罪と関係していると知らないで手伝うこともあるかもしれない。大部分の要員は知らずに犯罪に手を貸している方が大きいだろうし。先生の友人のように。新薬の完成に大金を出されると言われたら、それが病気を治すものならそれこそ頑張って作るだろう。違和感があっても、その感情には蓋をしやすい。

 だが、私は希望的観測を述べる。


「そうだとしても、闇魔法が使われたのなら、人物特定は絞られるのでは?」

「子供は無理だとしても、年寄りまで入れると結構な数になります。おまけに、国内の人とは限りませんから」


 闇魔法遣いは早死にしたりすると本にあったことだけを鵜呑みにしたが、実際には長生きしている人もいるようだ。それに、何といっても国外を失念していた……。


「そういえば、国外でも闇魔法を扱える人は王族関係者となるのですか?」

「王族はね、色々規制が多いのです。光を強く持ちながらも闇魔法を使う者が長くその血統内に入らないと王族でなくなると言われています。闇魔法遣いもなぜか弱い光魔法の使い手の間には生まれ難いようですし。ですから光魔法を遣える平民でも闇魔法遣いとの間の子供には闇魔法遣いは生まれないと言われます。これは国外でも同じです」


 王族ではない者が統治する国は帝国など他の名称を使うと授業で習ったなと思い出す。

 平民の光魔法遣いが光魔法自体があまり強い魔法を遣えないのは、魔力量の問題だけではないということだろうか。


「それでも、先ずは国内の闇魔法遣いを当たるべきではないですか?」

「していると思いますよ。今、近い人にいるのを思い出したのですが……」

「私たちも知っている人ですか?」

「ええ……、いえ、無闇に名前を出すのは止めましょう。疑心暗鬼になってもいけませんね」


 先生は困ったように苦笑していた。誰か思いつく人がいるのだろう。

 思ったより王族関係者というのは近いところにいるらしいから。

 私も紫の瞳の人物を二人思い出していた。


「王族関係者というのは、王族と学園で呼ばれる血縁関係とは違うのですね」

「本来の王族は知っていることですが、故意の情報操作でしょうね」

「故意、ですか?」

「私は王族ではないですし詳しいことは知りませんが、叔母が紫の瞳だったので、そこから少し聞いたことがあるだけです。国から王族関係者には手当が支給されていたりと、あまり大々的にしたくないこともあるのでしょうね」


 王族も秘密が多いという。自分自身も秘密が多いことで、性格に影を落としている気がする。確か家族間での秘密の共有は親密さを生んだとしても性格形成には歪みをもたらしやすいはず、とまで思って、秘密の内容と規模も違うし一概には言えないかと考える。


「先ほどの奴隷というのも、無差別に菌をばら撒くというのも、まだどこか別の世界の話のように感じます」

「昔は奴隷制度があったのは習いましたよね。それがいいとは私も思わないけれど、一部の神話を信じる人は信仰のために、一部の金を稼ぎたい人は儲けるために、それぞれの思惑で動いているのでしょうね」

「あまり深入りするな。知らないでいいこともある」


 私が先生を質問攻めにしていると思ったのか、見守っていたクレトが口を開く。


「クレトは色んなこと知っているじゃない。ずるい。私も知りたい」

「子供か。……守れきれなかったことは悪いと思ってる」

「え? いやいや、守ってとは言ってないし、十分守ってもらってるよ? 私は情報があれば、未然に防げたのかなと思っただけ」

 

 慌てて言う。

 盗賊の時だってそう。今回だって冷静なクレトがいてくれたから気持ち的にも助かったし。


「それはクレトさんでも難しかったでしょう。なにせクレトさんがなぜまだ狙われているのかも分からないですし。いち生徒を狙う理由が分からない」

「私を襲撃したのも同じ組織だと思われますか?」

「シャインさんの場合はご家族ごとでしょうが、それにしては犯行に甘さが残る。組織としてではなく、個人的な感情からの独断などがあったのかもしれませんね」

「個人の感情ですか?」

「例えば、シャインさんのご家族がいることで儲けが出ない、とかね。抗生物質を作ってそれを高値で売ろうと思い機会を見計らっていたのに、ゼータポーションが出た。神経毒の件からあなたとご家族は目を付けられていたのですから、またあなたのご家族が、と犯行に走った者がいてもおかしくはないと思いますが」


 捕まったコンラドの言葉からもそれはあり得ると思う。

 確かに、私のせいで計画は流れたことだろう。私は実験が好きで、かつ今年は預言が怖くて頑張ってしまっただけなのだが。それも願ったものとは違う物ができた、だが、かえって組織の邪魔をした形になった。そういえば、ペストなどは自然発生の厄災だと思っていたが、人災だったのなら預言は関係ないのだろうか。思考が飛びそうになったがキンダリー先生の言葉に現実に引き戻される。


「黒幕が捕まえられたら全容が分かるだろう。すでに何名も捕まっているんだ。もう奴らはギリギリのところに立たされている」

「そうですね。後がないからこそ誘拐なんてことを仕出かしたのかもしれませんね」


 そうか。追い詰められての誘拐だったのか。道理で門での記録が残る学園にまで来たわけだ。

 そこまで話をして、また先生たちは呼ばれて行ってしまった。

 次に顔を合わせたのは夕食前だった。そして、待ち人もきたり。

 


「お待たせしたかな」

「いえ、私たちも今着いたところです」


 私は明るい菫色バイオレットの瞳を見上げて微笑み答えた。

 そう、フェルマー隊長も紫系の瞳なのよね。ということは、王族関係者。でも、もちろん闇魔法遣いではない。だって、治療魔法をあれだけ使える光魔法の担い手だもの。

 フェルマー隊長の魔心臓は三つ活性している。確か爵位は伯爵だったはずで、王族関係者と言っても、血縁関係としては遠いのかもしれない。十代離れていても紫の瞳が出ることがあるそうで、先祖返りということもあるだろう。


 もう一人思い出したのは、留学生のアイェレット・メゾ・ラッシュ嬢。蝗害こうがいのときに、話をした薄い褐色肌にぱっちりおメメの彼女は、肌の色が濃いからか目の色も紫紺に近かったはず。と言っても、クレトのは青に近い紫紺。彼女の瞳は赤みの強い暗めの紫。外国の民族によっては王族でなくても光の具合により紫ぽく見える瞳の人たちもいると言うし、彼女も王族とは限らないが。


 夕食を一緒に、とは言っても、私たちはまだ解放してはもらえないらしいので、騎士団で一緒にとるだけだ。それでも隊長が一緒なのはとても嬉しい。

 続々と情報は入っているし、数名追加で連行されてはいるが、まだ全体ではない。私はおまけのようなものだが、キンダリー先生たちは前々から情報提供などしている間柄だから、手伝うことも多いようだ。私一人だけ少し話が分からないことが多くて、若干ボッチ気味ではある。かと言って、屋敷に私だけ返すのも、一度は襲撃された身。せめて明日までは滞在してほしいと言われたら、断れなかった。

 騎士団と言っても、王宮内にあり、貴族用の建物もあったりして、快適ではある。侍女兼護衛の女騎士も付けてもらえて、個室も用意してもらえて我侭は言えない。


 騎士たちの中にも組織の仲間がいたので、念のため食堂ではなく個室に持ってきてもらっていた。

 ワンプレートの食事だけれど、食事内容は悪くないと思う。パンとスープ、サラダ、メインディッシュのお肉はバーベキュー。フルーツも付く。サラダだけは冬の寒さが急に到来したことでポテトサラダが続いているらしく、女騎士がまただとため息を吐いたので、お肉半分と交換してもらった。


「すでに野菜の値段が沸騰しているそうだよ」

「温室栽培の物はどうしても高くなりますし、これから先はもっと大変ですね」


 隊長と先生が話をしている。私はポテトサラダが口いっぱいで話に入り込めなかった。隠し味にコンソメを使っているようだ。ポテトも水分を飛ばして作ったのだろう。とても美味しい。料理スキル持ちが作ったのだと思う。もきゅもきゅと口を動かす。隊長たちは騎士だからか所作は奇麗なのに食べるのが速いのだ。


「誘拐犯は組織絡みだったようだが、組織まで一網打尽できるのだろうか?」

「そこまでは分かりませんし、知っていたとしても私たちからお話ししても良いかが分かりかねます。救出していただいたのに申し訳ないですが」

「いや、当たり前のことだよ。心配で思わず尋ねてしまっただけだから気にしないでほしい」


 心配してくれるなんて、やっぱりフェルマー隊長は優しい。

 次々と平らげ、私たちは他愛無い話題と食後のお茶を楽しんだ。

 ただ、フェルマー隊長は奴隷制度自体には反対ではないということに少し驚いた。貴族らしいと言えばそうなのかもしれない。


「町のよりも貴族街との城壁の方が高い理由は元々貴族と奴隷とで分けられてたので、その名残もあるのですよ。自由農民は広い畑が必要ですし村に住む。一方、奴隷は貴族に仕えることもしていたのでね」


 町の城壁が低いのは攻めて来られたときに逃げ出しやすく、獣は超えられない高さなのだとばかり思っていた。貴族街は敵に狙われるのは貴族だから当たり前に頑丈な高さもある城壁なのだろうと。


 貴族と奴隷の間にも子供が生まれ、その子供たちが増えて平民となる。奴隷の子は奴隷でしかなかったが、親としては奴隷以外の身分を求めたのだろう。その結果、平民という身分が生まれたという。

 裏の歴史は学園では学べない。

 神は貴族含む王族・自由農民・奴隷の三つしか作らなかったが、親の愛で平民が生まれた。そう考えたら魔力量の違いや身分制度があるこの不公平な世界が、愛おしく思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る