第120話

 玄関の扉が開かれた。息を止めて緊張で見守る扉から現れたのは騎士の姿――


 銀色の頭髪の下にあるすっきりとした切れ長の眼と目があう。


「フェルマー隊長!」


 私は嬉しさのあまり駆け出し、ぽふっと胸元に飛び込んだ。「おいっ」と後ろでクレトの声が聞こえたけれど、駆け出した後だったし、隊長に頭をポンポンとされて、満面の笑みが浮かんでしまう。


「連絡を受けて駆け付けました、フェルマーと言います。キンダリー教授で合っていらっしゃいますか?」


 フェルマー隊長が私を飛び越えて先生に話しかける。

 私は、急ぎ隊長から離れて先生の横で淑女の礼をとった。今更感が半端ないが、緊張の中で見知った人を見かけたのだ。私的には問題ない。小躍りしなかっただけ、良しとしてほしい。


「連絡したキンダリーで合っています。出動が早いですね」

「ちょうどこちらにいた我々の隊が連絡を受けたのです。元々ここは騎士団も使う保管庫ですから。彼女が一緒ならケガはないと思いますが、ご無事で何よりです。捕らえた者たちは地下ですね?」


 隊長は部下たちに地下へ行くように指示を出し、隊員数名が地下への廊下を走っていく。

 隊長が医療班から騎士団に復帰したとは聞いていたけれど、その姿を見たのは初めてでまじまじと見入ってしまう。うん、騎士服姿も恰好いい。

 隣のクレトから「まだ気を抜くには早いよ」と小声で注意されるけど、フェルマー隊長がいるのなら、もう解決も間近だろう。私の勘がそう告げている。

 と、そこで気づく。これだけ大々的に騎士団が来てしまったら、黒幕はもちろん、他の協力者も逃げ出すだろうと……。

 失敗? まさかの大失敗? 


「シャイン、大丈夫だ。捕まえた者たちを白状させればいい」


 クレトが言うのだけど、なぜに分かったし? あなたはエスパーですか? まさかの闇魔法?  

 耳元で続けた「考えは読めないよ? 闇魔法でも難しいから」の言葉に思わず一歩足が引けてしまった。こんな状況でにっこり口元だけ笑って答えるクレトを見て背筋もぴきんっと伸びる。白状させるって確か闇魔法だもの。考えを読めることすら難しいのであってできないとは言わない処も気になるよ? できないと言ってほしい。できたら断言をば求む!


「精神への魔法はする側にも負荷がかかりますし、騎士団の方に任せて下さい。騎士姿の者たちに誘拐されかけたが、かえって相手を拘束した、で間違いありませんか?」

「そうです。彼らは私を囮に使い、こちらのクレトさんを誘拐しようとしたようです。彼女は巻き込まれたようで、すぐに殺すと言っていました」


 キンダリー先生の答えにそういえばなぜクレトは狙われるのだろうと、これこそ今更ながらに思う。触れてほしくないかもと聞かなかったけれど、ここまで来たら聞いてもいいのではないだろうか。

 

「キンダリー教授はお手数ですが、事の詳細を彼にお願いします。ボニファシオ頼んだぞ」

「はっ」


 ボニファシオと呼ばれた騎士が返事をして、先生を玄関横に誘う。

 隊長の言葉にタブレットを持つ騎士二人と話をし始める先生。コンラドのこともすぐに話が通っていた。捕まるのは時間の問題だろう。


 隊長と部下一人、私とクレトの四人が玄関前に残された。


「隊長、お二人には安全のためにも、一度騎士団へ来ていただいた方がいいのではありませんか?」

「そうだな。ボニファシオ、先に騎士団に戻っている。拘束した者たちと一緒に後で騎士団の方へ戻ってくれ」


 副隊長はボニファシオなのだろう。彼に指示を出し外に出る。

 びゅぅと吹く風に身をすくめる。


「寒いだろう。シャインはこちらへ。君は彼と乗ってくれたまえ」


 外にいた召喚獣を呼び寄せると一緒に乗る。騎士団に行くまでにも話を軽く聞くらしい。私はいそいそと隊長の召喚獣に跨った。

 コートとワンピース姿だが、中にはたくさん着込んでいるし、ブーツだから跨っても全然問題はない。後ろに隊長が乗ると大きな体にすっぽり収まる形になり、後ろからの風も来ないし暖かい。

 飛び立つモフモフをなでなでするだけでぬくぬくした暖かさが伝わってくる。


「誘拐されるなんて、びっくりしただろう」

「先生たちも一緒でしたから、どこか緊張感に欠けてはいましたけれど、怖かったのは確かですね」

「それはそうだろう。可哀想なことをしたね。でも、こうして無事で良かったよ」


 思い出すと怖かったなと思いつつもキンダリー先生のどこか飄々とした普段通りの姿に救われていたなと思う。隊長の声が若干力なく聞こえたから、振り返って「はい、無事で良かったです」と笑って答える。 

 救出に颯爽と現れる隊長はこれが物語なら王子様の役どころよねぇ。ということは、ヒロインはやっぱり私? えへへへへ。いや~、照れるなぁ。

 火照るほっぺを両手で押さえていたら、「手を離すと危ないよ」の声に我に返る。いけないいけない。


 歩いても行ける距離だから、目と鼻の先の騎士団にはすぐ到着した。私たちの誘拐問題を扱うのは部署が違うらしく、隊長とはここでお別れなのがとても寂しい。

 眉毛も肩も気分もダダ下がりだよ。お礼はきちんと言うけど。

 

「フェルマー隊長、ありがとうございました」

「夜までいるのなら夕食は一緒にとろうか」

「はい! ぜひ!!」


 飛び上がって喜んでしまった。

 隊長たちは颯爽とマントを翻して空に駆けて行った。くぅ。最後まで恰好いいとか反則ですわっ。


 隊長を見送り、クレトに引きずられるようにして小さな応接室のような個室へと入る。簡単に説明をした。簡素な取り調べ室もあるらしいが、ソファのある場所でお茶も出してもらって一息つく。

 馬車が見つかれば収納カバンも戻ってくるだろうとのこと。……私、何か変な物入れてなかったよね?

 お菓子とかお菓子とかお菓子とか、しか浮かばないから大丈夫とは思う。

 先生が説明してくれているため、すぐに聞き取りは終わった。

 聞き取りの騎士が出て行ったのを見計らい、クレトに問う。


「どうしてクレトが今も狙われているのか知りたい。聞いてもいい? 大丈夫だと思った残党でもいたの?」

「聞いてるし。……残党というかまた新しいメンバーで構成されている不和分子たち、かな。図書委員長ならそのうち目にするかもしれないから先に言っておく。俺は関係ないけど一応王族関係者だ」

「関係ないけど……ええええええ!? 王族ぅぅぅうう?? クレトが??」

「だから、関係ないんだ。侯爵家だし母方のそのまた母方だから本来は関係ないと言ってもいんだよ。ただ、闇魔法を使えるのは一応王族関係者になる。結界が使えるから」


 うっそぉおおおと頬を押さえていたら変顔なってると言われた。たまに酷いよね、クレト。いや、だって魔心臓三つしか活性化してなかったし、まさか近くに王族がいたなんて思わないよ

 特管庫には、王族の資料として動画や写真付のものが結構あるらしい。その中にクレトの小さい頃の動画も父母と共に載っている本がきっとあるはずだとか。知らなかった。王族の顔写真なんて見ても知っている人がいないと、そこらへんパスしていたからなぁ。

 確かに六歳からの付き合いだから、子供の頃の動画を見ればあれ? ってなるだろう。


「紫の瞳は王族の証だ。その中でも紫紺だと闇魔法遣いが多い」

「え? 私も少し紫入っているよ? ま、まさか私捨て――」

「違うだろ」


 速攻で否定された。

 ですよねー。

 自分で捨て子言いかけてすぐに違うなと気づいたけど、クレトの突っ込みのほうが早かった。父母と半分ずつあれだけ似ていて捨て子はないな。


「シャインの瞳は髪の色と同じでアースの色なんだ。アースの色と元のたぶん青が混ざって紫に見えるんだろう」 

「アースの色って何か分かる?」

「この星のエネルギーを強く受けているってことらしい。大昔は火魔法を得意とすると赤い髪で生まれやすかったとか昔話であるだろう?」

「ただの昔話かと思っていたよ」

「名残を持つ民族も外国にはいるらしい。ただの作り話ではないはずだ」


クレトはそう言って私の髪を一房とって漉く。そういえば、髪につけていた魔導具をとられた時に髪が解けていたのだった。「奇麗な髪だよな」そう呟く手つきが大事なものに触るかのように触れるから居たたまれなくなる。


「あ、あの――」

「お待たせしました。あ、お邪魔でしたか?」


 キンダリー先生が扉を開けて入ってきた。個室に男女二人きりだったから、少し扉は開いていたのだけど、足音にも気づかなかった。


「キンダリー先生! な、何言っているんですか。先生の取調べは終わりましたか?」

「取調べってまるで私が悪者のような……。えぇ、まぁ終わりましたがね」

「先生、結局なぜ私たちが狙われたのか分かったのでしょうか?」

「薬品やポーション関係ですね」


 ?マークが飛び交う頭の私に先生が説明してくれた所によると、相手の組織はかなり薬品、薬剤関係に精通した組織だったようだ。そこに騎士たちが加わる。


「私は大したことはないのですが、シャインさんはイナゴの時もペストの時もポーションで活躍されましたよね? もちろんお婆さまが開発されたそうですが、手伝いはしている。その前はサソリ魔物の毒にも効くポーションを作った。あれらは彼らが開発したもしくは既存の菌をばら撒いたりしたものもあったようです」

「なぜ、そんなことを……。人が死んでしまうじゃないですか! それも騎士も! 無差別ですよ?」

「そこが彼らのすごいところですよ。彼らはポーションとは別の抗生物質などを開発していたのですから。動物実験をかなり行っていたようです」


 唖然とする私に先生は悲しそうに自分の親友が手を貸したのだと話してくれた。天才だった彼はいいライバルだったらしいのだが、家庭環境の違いなどもありいつの頃からかだんだん人が変わっていったそうだ。

魔物や獣の狂暴化の原因を突き止めたりと裏で暗躍したのも、その親友が組織で何かしていると知り、彼を何とか助けたいと思ったからだという。そんな素振り全然見せなかったし、気づかなかった。大人って大変なのだと思う。


「クレトさんには落ち込んでいる時にもお世話になりましたよね。クラス代表でもありましたから色々な面で手伝ってもらいましたよ」


 あ、ここに優秀な方がいたらしい。そんなに前から情報共有ができていたようだ。私にも教えてくれたらいいのに。


「そういえば私がポーションを作れるとなぜご存知なのですか?」

「シャインさん、去年サソリの魔物のポーションをその場でつくりましたよね? それで彼らは目を付けたようですね。この話は以前捕まえた者から聞きだしました。夏には襲撃もされたと。大変でしたね」

「襲撃までご存じだったのですね! でも、去年の件は材料を持っていて、たまたま作れただけですが。そういえば、あの時誰かに鑑定されているような感じを受けたのですが、コンラドさんが私のことを鑑定したのでしょうか?」

「後で彼が鑑定のスキルを持っているか、尋ねてみましょう」


 私たちの家への襲撃はまだ同じ組織によるものかはまだ不明。


 組織というのはやはり過激派と呼ばれる貴族第一主義の人たちのことらしい。

 ここ数年は神話にあるように奴隷を国が認めるようにと活動していたそうだ。

 神話というのは光の神ヘイムダルが人間の三つの階級を作ったとされるものだ。

 貴族含む王族・自由農民・奴隷の三つ。


 邪神ロキと最後に戦って相打ちになったヘイムダルは「地獄耳」と「魔眼」を持つと言われている。

 過激派は神話に沿った国造りをと訴えていたらしい。とうの昔に廃止された奴隷制度の復活だなんて、と思うが彼らにとっては奴隷がいることもまた神の教えなのかもしれない。受け入れられはしないけれど。ましてやその為に多くの人を犠牲にするのも厭わないなんて悲しすぎる。


 感傷に浸りそうになったけれど、コンラドは鑑定能力をもっていないと聞いて不安になった。他にもコンラドの仲間があの場にいたのかもしれない。小さなことだけれど、なぜか引っかかり引き続き調べてもらうことになった。


 そして、捕まえた者たちを白状させようとしたが、肝心な部分は白状できない状態になっていたという。闇魔法での精神作用によるものらしいと聞いて私たちは顔を見合わせた。


 黒幕は闇魔法を使う王族なのだろうか? と―― 

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