第119話

 馬車は途中何度か停まったが、かなりの時間を走ったようだった。ようだったというのは、途中うとうとと眠ってしまったから、どれくらいの時間走ったのか分からない。

 だが、完全に停まり馬車の扉が開く。目的地に到着したらしい。


 キンダリー先生はまだぐっすり眠っていて、「そのまま転がしておけ」と言われていた。強い眠り薬をがぶ飲みしていたからあと数時間は起きないだろと。

 袋を被せられた。視界は足元だけで歩かされる。

 ヨタヨタと前を歩くクレトに付いて行くと、「階段だ」と言われ、三段上がったところで、建物の中に入った。少し歩くと今度は「階段を下りろ」と言われて、地下への階段を下りる。広いから屋敷なのだろうけれど、王都ではないと思う。隣町の貴族街だろうか。でも、袋を被せられた貴族の子供を昼に数歩とはいえ、歩かせたのだから、違うのかもしれない。

 残された護衛も気になるが、地下への道がとても恐ろしく感じて自然と体が震えてくる。


「シャイン、もうすぐ階段が終わる」


 気遣ってくれるクレトの声に「うん」と返すのが精一杯だけど、恐怖が少しなくなった。

 地下に降りたら、袋はとってもらえたけれど、地下は薄暗く、たくさんの扉がある。一般によくある食糧庫や物置のようだ。一番奥の部屋へ連れて行かれて「ここに入っていろ」と背中を押された。

 バタンと扉を閉じられると、真っ暗になってしまった。


「シャイン、大丈夫か」

「うん。もう平気。さっきはありがとう。クレトどうやって逃げようか?」

「まぁ、少し待ったら大丈夫だと思うし、黒幕も知りたいんだけどな」 

「ええ? クレト余裕だねぇ」


 私は呆れてしまった。


「余裕じゃないな。シャインを巻き込んだのは後悔している。ただ、相手も焦っているからかだいぶ抜けている部分はある」

「そうなの? どうせ殺すとか言ってたし、相手は騎士もいるよ? あのコンラドは本当に去年騎士で、ローサ夫人の息子と同じ騎士団小隊に所属していたの」

「騎士なのは本当だろうな。だが、所属はバラバラだな。胸元のマークや色が微妙に違っていた。借り物かもしれないが」


 よくそんなところまで見ていたな、と思ってハッとする。


「え? じゃあ、おかしいと最初から気づいていた?」

「声を少し抑えて。いや、合体魔物の調査をしているとのことだったから、精鋭部隊の可能性もあるかと、所属が違うこともあり得るだろうと思った」


 私はようやく目が慣れて、奥の方へと移動する。

 扉の前からは去っていく足音がしていたけれど、誰かが聞いているかもしれない。この部屋には仕掛けがないか見渡すが、ガランとしていて、何もない。その分寒いが、体温維持機能の服のおかげで顔や手が少し冷たいくらいだ。

 私たちは隅に陣取って座る。私は後ろ手に拘束されているクレトを手伝おうとしたが体が柔らかいのか、足をくぐらせていた。


「この拘束道具に穴があれば。穴もないってことはあの領地対抗戦で使うものと同じなのかな。誰かが魔力を流してくれたら外れると思う?」

「魔力が完全に封じられる拘束道具という点では違うものかもしれないね」

「そう……。護衛が心配なの。ケガをしていなければ、体温維持機能の服を着ているだろうから夜を越せれるとは思うのだけど」


 そう言うと、クレトが眉を下げた。この表情はまた自分のせいだと思ってる。

 私は手を伸ばして彼の一年でまた白く大きくなった手を取ってぎゅっと握った。


「クレトのせいじゃないから。家に誘ったのも、魔物を見たいと言ったのも私だから……って、あの魔物の薬品ってそこから嘘だったの!!? きぃーーー! 許せん!」


 ようやく薬品云々からして嘘だったのじゃないかと気づき、怒りがこみ上げる。

 あんなにキンダリー先生も喜んで実験していたのに!

 と、そこでおかしいいくつかのことにも思い当たる。


「あれ? でも、なぜわざわざキンダリー先生を巻き込んだのかな? いや、その前にクレトを呼ぶのに私を使ったって、私とクレトが一緒にいるとどうやって分かった??」 

「誰がどこまで関与しているかは分からないが、学園にも仲間がいるのなら俺がシャインと帰省する予定だってのは調べれば分かる。キンダリー先生は裏で活躍している部分も多いから目障りだったのかもな」

「キンダリー先生って何者?」

「私はただの学園の先生ですよ」


 にっこり笑顔でドアを開けて答えたのはキンダリーその人だった。

 は?

 そこ鍵かかってなかったんかい?


「いやいやいや、鍵かかっていたよ? えええ? キンダリー先生、どうやって? それにいつ起きたのですか? どうやって自由に??」

「ふふふ。逃げながら話しますか? それとも黒幕を確かめてから――はやめましょう。あなた達は大事な学園の生徒ですからね。何かあったら私が怒られます」


 さぁ、どうぞと扉を大きく開けてくれる。ええっと、キンダリー先生が起きるまでに数時間かかると言っていたけれど、まだ一時間も経っていないよね。

 クレトが「シャインは怒っていたから。鍵を開ける音も、灯が差し込んだのも気づかなかったのか」と呟いたので、恥ずかしくなった。そこまで私鈍感? 敵陣の中で、のんきに一人いたようだ。周りにももう少し気を付けよう……。

 ドアの外で拘束道具を外してくれる。魔力を流すだけでいいらしい。学園のと基本は同じかぁ。

 クレトの手首も自由にしている先生に私は声を潜めて聞く。


「敵は? ここはどこですか?」

「ここは王宮の北にある保管庫ですよ。敵もいるのですが、彼らの仲間が守衛の時間を過ぎたらしくさっといなくなりましたよ。まぁ、数名はいるとは思いますが、保管庫自体あまり人が近寄る場所ではないのでしょうね」


 私たちは廊下を警戒しながら進む。王宮の保管庫だからどこかの貴族の屋敷かと思う程広かったのかと思う。


「先ほどの問いですが、お茶をもらったときにね、ほのかな香りで眠り薬だと気づいたのですよ。あれは私にはあまり効きませんし、喉も乾いていたので飲ませていただきましたよ。さすがにうとうとはしましたけど、あなた方が捕まった時には起きたのですがね。拘束道具がちらっと見えたので眠ったふりを続け、拘束される前から自分で魔力を流して後で自由に外せるようにしておいたのです。コツはあるのですが、うまくいってよかったですよ」


 魔力を流して相手が気づいたらどうするつもりだったのだろう。うん、普通は気づくと思う。と思ったら「クレトさんは気づいたようですけどね」と言っていた。クレト、何気にすごい。それで大丈夫だと言ったのか。

 あまり効かない眠り薬って、どうしてそうなったのか気になる。知りたくはないけど。

 その時、人が階段を下りてくる足音に気づく。はっと立ち止まる私たちにクレトが手でここにいろと指図したかと思うと、音もなく駆け出して行った。


 「うわっ」、「うっ」という音がした後は静かになったので、急ぎ駆け寄ると階段の途中に二人の騎士姿の者が倒れている。顔を見ると先ほどみた騎士だ。私たちは捨てずに持っていた拘束道具を急ぎ彼らの手にはめた。


「どうやって倒したの?」

「先にこいつらをどっかに隠そう」

「あぁ、そうだね。浮遊を使えばいいかな」

「シャインさんはいいですよ。私たちでしますからね」


 私が浮遊と言うと先生が私をとめる。浮遊くらい私もできるのに。もしかして前等部一年の時、浮遊を使ってたくさんの薬品の瓶を壊してしまったことをまだ根に持っているのだろうか。釈然としないが、私は自分がか弱い女の子だから重いものは持たせられないのだ、ということにしておいた。


 階段下で見張りをしていたが、程なくして二人が戻ってきた。近くの扉の鍵は開いていたのだろうか?と思って、先ほども難なく開錠していたなと思いだす。


「護衛は助けるように連絡しましたから安心してください」

「え? いつの間に、というよりタブレット盗られなかったのですか?」

「クレトさんに借りました」


 クレトに? 「先生っ」「いいじゃないですか」というやり取りの二人。なんだか仲がいい? 首をかしげていると、先生が笑いながら言う。


「個人的にも知りあいでして。クレトさんは収納カバンを独自にお持ちなんですよ。異空間ボックスをね。二人を倒したのも空間から武器を出していたでしょう?」


 武器を出していたのも知らない。異空間ボックスというと――


「闇魔法?」

「武器は見えないように気を付けたんだけどな」


 うん、見えてなかったよ?

 きまり悪そうに答えるクレト。


「闇魔法持ちなら王族にもどこかで繋がっているかも。貴重な魔法なんだよね」


 クレトを励まそうとしたら、「ぶほっ」って先生が吹いた。へ?


「し、失礼……くくく。シャインさんは図書委員長になったと聞いてましたから、ご存知かと思ったのですが、本はあまり読んではいないのですね」

「ええ? よ、読んでますよー。でも、量が多いですし、あ! 盗られた収納カバンの中にも一冊本が入ってました。彼らは持っていませんでしたか?」

「なかった。先生、シャインは王族や貴族がどうとかはあまり関心がないんですよ」 


 うーん、何の話なのか全然見えない。本は弁償するしかないかな。一般の本で良かったけど。

 誘拐されたのに、こんなにのんびりなのは、きっともう連絡を入れたからだよね? と思うが、とりあえず逃げたい。


「先に外に出ませんか? 召喚獣を呼べば逃げれますし」

「王宮では召喚獣をむやみに呼ぶのは禁止ですが、緊急事態ですからね」


 私たちは人がいないのを確認しながら、一階の玄関口に進んだ。

 玄関の扉が見えて、ホッとするも、その扉が開かれた――

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