第122話 クレトsaid

 今年に入り、至上過激派の考えを受け継いでいると思われる組織の動きが活発になっている。過激派に狙われたこともあるので、警戒はしていたが、主張や流れも変わっているらしいし、自分の周りにそこまで危険はないものと思っていた。


 だが、夏にシャインが襲撃されたと聞き、自分の考えが甘かったことを知った。シャインは知らないが、今の組織は薬品に詳しい専門家を揃えたりしているのだから、もう少しシャインのことを気に掛けるべきだった。と言っても自分に何が出来たかは分からない。彼女の父親が護衛を付けていることを知っていたし、怖がりだから夜などもあまり出歩かないはずだった。まさか、家に火をつけるとは、自分の時と同じ状況に衝撃を受けるも、シャインの家族も無事だと聞いて安堵した。



 魔物討伐の遠征に騎士コースでない俺とシャインが駆り出されることになり、シャインと一緒なのが嬉しかった。シャインは俺が守る、そう思ったのだが――。

 召喚獣も一緒だから、全然心配はいらないと思っていた。おかしいと思ったのは、七階までの穴の大きさなどを実際に見てからだ。


 キンダリー先生も騎士団の犯罪担当部隊を手伝っていたこともあり、俺とはそのことでも話をしていた。親戚に王族関係者がいたことから俺が王族に連なる者だと最初から知っていて、俺をクラス代表に押した経緯がある。たまたま叔母の手当てを知ってしまい、本来の王族に連なる者とは紫の瞳を持つことを知ったのだそうだ。

キンダリー先生からの情報で魔物の集団暴走が人為的な薬品を使ったものだろうとは知っていた。実際、抑える薬品などを作ったのはキンダリー先生だ。

 前等部一年の時のウルフ襲撃はキンダリー先生にとっても担当の生徒が襲われるというショックな事件だったし、彼は実験になると目の色が変わる程の実験好きだ。お陰で高位貴族にも関わらず未だに独身。


 ダンジョンではニーズやフェンがいい働きをしてくれた。

 巨大な合体魔物が出てきたときには、さすがにもうダメかと思い、せめて女性を逃がしたいと思ったが、そのシャインが【粒子分解】で魔物を解体した。「キメラ?」と呟いたのを聞いたので、何か知っていたのかもしれないが、お陰で討伐することができた。

 


 舞踏会では今年も最初のパートナーをシャインにもちろん申し込んだ。

 領主の娘マルガリータと話をした次の日の放課後のことだ。 着替えをして 寄宿舎のホールで護衛をかねてシャインを待っていた。簡単なドレスに着替えて踊るはず。遅いなと思っているとシャインが降りて来て、俺は目が点になった。

 胸に入れているのは何だ??

 不自然に盛り上がった二つの塊は俺たちが女装した時より酷かった。何かの果物でも入れたのか、すでに一つは落ちかかっている。おまけに胸を盛ることに時間がかかったのか、いつも一緒にいるリタがいない。ローサ夫人もいないのはどうしてだ?


「シャイン、どうした?」

「何が?」

「その姿でダンスに行かないよな?」

「行くわよ? なぜ?」


 なぜだと? 俺は少し踊るだけで落ちそうだなと思う。


「じゃぁ、ここで一緒に少し練習してくれないか?」

「遅くなるわ。行けば音楽もあるのに……。分かったわ、一曲だけだよ?」 

 

 ぶつくさ言っていたが踊ることにしたらしい。タブレットにあるワルツを流した。

俺は彼女の腰をホールドして足を踏み出した。一分もしないうちに、胸は落っこちて、ぽっこりお腹が二つできている。

俺は動きを止め、シャインをくるっと回転させて背中を押した。顔をあげて踊るとはいえ、違和感あるだろ。気づかないはずはないのだが。


「きゃぁああああ!!」


 悲鳴の後、ダダダッと走り去っていった。

 はぁぁ。他の奴らに見せれない、見られなくて良かった。俺はため息を吐いて、顔を手で覆った。

 これ以上はこっちが赤面するからやめてほしい。

 おかしな胸ができたからと言って、ダンスの申し込みが増えるとも思えないが。


 シャインは自分がもてないと思っていると思うが、それは俺が隣でけん制しているのもあると思う。同級生に王族がいないのは助かるが、王族に連なる者は俺を見て踵を返す。 彼女の周りが男子ばかりなのに、いらっとしたりもしたが当の本人は何とも感じてないようだ。男子もシャインの性格を知ると友達として接するようになっていく。最初のころ、剣も上手く俊足も使えたからか、女友達というより、男友達という感じで。


 前等部の時、ルカが面白半分でシャインの失敗談を男子たちに話してもそれを止めなかったのは、シャインを見て頬を染めている男子が多かったからというのもある。 シャインには悪いと思うが「失敗してあげてるのは、笑いをとるためなのよ」とか言っているから気にしないだろうと思っている。実際、ルカを睨んだり、追いかけて叩いたりすることもあるが、それすらも楽しんでじゃれているようにしか俺には見えないし。ローサ夫人が来てからは、ルカのそういった言動が少し減ってはいるからきっと注意は受けているのだろうけど、シャインはかまって欲しそうな感じだ。シャインは面白いことには首を突っ込みたがるから。



 預言書が更新され、厳冬が訪れると聞かされた。ノルンに連なる者が預言したのはちょうどシャインの家が襲撃にあった日だったらしい。

 さすがに厳冬に過激派組織が関与できるはずはないだろうが、冬休みは王都に残り調査を手伝いたいと思っていた。

 そして起こった誘拐。まさか、まだ俺を狙うとは思わなかったが、精神に作用する闇魔法を使って捜査の手伝いもしていたから当たり前だったのだろうか。一緒にキンダリー先生も攫われたのだから。

 ただシャインを巻き込んですまないと思う。

 

 調査をしにきたという騎士たちの中に、俺が知っている者たちがいないことで少し警戒はしていたのに。

 薬品がみつかったと言う説明に、別の所属部隊が動いていることもあり得ると思った。騎士の所属がバラバラなのは変だと思ったが。学園にまで入ってきていたし、キンダリー先生は平常と変わらないので馬車に乗った。拘束道具を掛けられてしまったが、何とか薄目を開けていたキンダリー先生に闇魔法を飛ばして彼が魔力を使うのを覚られないようにした。

 お陰で脱出はでき、一部犯人の捕獲もできたが、黒幕はお出ましにならなかった。怪しい人物が王宮保管庫や騎士団にいないか探ったようだが、見つからなかったようだ。今日来る予定ではなかったのだろうか。


 救出に来てくれた騎士が、これまたシャインの知り合いで、かつシャインはその隊長とやらを見て飛び出した。思わず「おいっ」と止めようとしたが、フェルマーという隊長を見て微妙な気分になった。俺と似た色味に顔立ちと、姿はルカの父ニコラスを彷彿とさせた。遠いのだろうが、親戚筋だと分かる風貌。ルカの父よりも年上だろうけれど、シャインが妙に懐いているのがあまり気に食わなかった。だいたいなぜ抱きつく。それでも令嬢なんだぞ。途中でしまったと気づいたのか淑女の礼をとっていたが、みんなに見られた後だし。


「シャインさんですからね。たぶんあなた方に似ているからこそ懐いたんですよ」


 先生、小声で助言しなくても、分かっている。俺はため息を返答とした。

 図書委員長になったと聞いたときには、自分が王族に連なる者であることを本で知られる前に伝えたほうがいいのか悩んだのだが、やはりというか王族に関心のないシャインは俺が王族に連なる者だと気づいていなかった。王族に連なる者は紫系統の瞳だと伝えたので、あの隊長も王族に連なる者だとシャインも気づいただろう。


 シャインに距離を置かれたくなかったから、王族とは関係ない、遠いんだと説明した。俺にもフェルマー隊長にも変わらない対応をするシャインに、取り越し苦労だったとホッとした。だが、もう少し隊長には距離を置いてもいいのに。俺たちを救出してくれたのは有難いが、キンダリー先生はまだ信頼していないような感じを受けた。夕食後の談話をしている時に俺も呼ばれたが、自分だけで行ってくると、その場に俺を残したことでそう感じた。女性騎士もいるし、ここは騎士団。調査をしてもらっていることで遅くなっている俺の護衛も、もうすぐ到着するだろうし大丈夫だろう。

 

 その考えが甘かったのを知るのはすぐだった。


 宿舎まで送って行ってくれるというフェルマー隊長にエスコートされながら、シャインが前を行く。ぐでっと隊長にもたれ掛かるシャインを見て傍に駆け寄ると、短剣を喉元に突きつけられた。女性騎士はボニファシオに気絶させられた。肩に担がれ、傍にある部屋へ入れられた。曲がり角のここで襲うことは前もって打ち合わせしてあったのだろう。


「大人しく付いて来て頂けますよね? ヘンリー様。シャインを運ばないといけないのでね」

「俺はクレトだ」

「どちらでも構いませんよ。クレトさん。怪しい動きをしたらその場でこの子の命はないと思ってください」


 俺の本当の名前を知っている、どころか俺の弱点も知っているというわけか。

 俺は黙って頷き、隊長に続く。後ろにはボニファシオが見張っているが、隊長の手の中にシャインがいる以上、下手なことはできない。


 外に出るとボニファシオの黒飛猫に乗せられて不入の森へと向かった。

 どうして、不入の森へ? 不入の森はダンジョンと似ていて、召喚獣たちも入るのを嫌がる。隊長の召喚獣は嫌がらずに飛んでいるが。

 黒幕もしくはその側近がフェルマー達だったからこそ、怪しい人物を見つけることは出来なかったのだろう。だが、彼らが何を考えて俺とシャインを森へ連れて行くのか皆目検討も付かずに俺はシャインを逃がす機会だけを窺っていた。

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