第123話

 夢を見ていた。

 儚い夢の中でこれは夢だと気づいているの。

 

 おかしい? そうね。

 でも、眩い色彩のその光景は次々と姿を変えていくのだもの。

 宇宙をバックステージに織りなす様はあまりにも美しく壮大で胸を締め付けられるような感動を覚えていたから。

 様々な音の重なりはオーケストラをバックに奏でられ、煌めく色の洪水で彩られたかのようで、音や色が楽しくはしゃいでいるさまは、まるで神々の遊戯のような……。いえ、たぶんそう。

 中世的な姿の人々が話をしているの。

 その中である二人の会話だけが鮮明に聞こえる。


「今回の物語では僕が悪役を演じるよ。そうだなトリックスターとして世界に混乱をもたらす役がいいな。それこそ滅亡までを演じるんだ。もっと深い闇を観たいから」

「では、君の一番の親友の僕が、君の滅亡のお相手をしよう」


 そうして始まった物語のうつし世で、彼らはあまりにも一生懸命に取り組んでいた。親友だったことは忘れているのに、約束だけは果たそうと、そのうつし世でもがいていた。

 私は、あなた達は親友なのに、そう思ってハラハラと心のどこかで涙を流していた。

 そして、最後の最後まで気づかない二人だったけれど、トリックスターになると言っていた美しい男性は『こんな世界はもう嫌だ。彼の兄弟を殺さなければ良かったのだろうか。娘のお願いを聞いておけば何か変わっただろうか』と思いながら空に上がり瞬くひかりの中に紛れた。その彼から魔力にも似た何かが一部どこかへ飛んでいくのが観えた。


 彼の親友もまた最後まで気づかずに『死んでなおアイツだけは阻止したい』そう願った。そしてその思いはまた彼の飛んで行った魔力のようなものを追いかけて行ってしまった。彼もまたひかりになってはいたけれど。

 私はその光景を見ながら、舞台を降りたら元の親友に戻りますようにと、次に演技するときは、それでも歩み寄れますようにと流れていく魔力の先を追いかける景色を観ながら思っていた。


 ………………

 …………

 ……



 意識が覚醒する。

 何か大事な夢を見ていたような気がするが、頭が若干重い。

 ゆっくりと目を開けていく。

 満月に霧がかかり朧月になっている……。ここはどこ?


「目が覚めたようだね」


 優しい声色の元を見上げる。目が覚めた時にフェルマー隊長の顔を見れるなんて幸せだと思いつつ応える。


「はい、フェルマー隊長。あの、ここは――」

「シャイン、大丈夫か!? 気を付けろ!」


 クレトの声に焦燥を感じ、そちらに視線を移す。

 ボニファテスによって首にサーベルの切先を突き付けられているクレト。眉を寄せて、私はフェルマー隊長の腕の中から降りるが、腕をとられた。

 首を傾げて問う。


「フェルマー隊長、これは何でしょう?」


 そう口にしながらも、分かってしまっていた。だから隊長が話す前に尋ねる。


「フェルマー隊長が過激派組織の黒幕ですか?」

「直球だね。君らしい。当たりだよ」


 微笑む姿も大人の魅力に溢れていて、素敵だなと思っている自分を別な自分が呆れている。いや、でも恰好いいんだもの。

 

「奴隷制度を復活させたいのですか? それだけではないようですが」

「シャイン、あなたは半分平民だ。もちろん貴族の身分ではあるが、身分の差とは辛いだろう? だから私もね、こんな世界無くなってもいいと思っている。だが、生きないといけないならば、神話の通り奴隷制度は必要だ。そうは思わないかい?」


 こんな世界無くなってもいいって、生きたくないの?

 ううん、たぶん生に縋りついているからこその言葉。


「私はこの世界、好きです」


 なぜか目を見開く隊長。

 隊長が次に口にした言葉は低音で冷たく響いた。


「……では君が好きという、この世界をクレト君と一緒に救ってもらおうか」 

「どういうことだ!」


 隊長の言葉にクレトが叫ぶ。


「王族に連なる者たちが何をしているのか、特に闇魔法を遣える者たちが何をしているのか知らないのか? 人柱になってこの世界を支えているんだよ」


 人柱?

 怖い単語が出てきて息を飲む。


「次の人物は数年前に選ばれているはずだ」

「だが、代わりができないわけでもない。幸い、クレト君はその素質がある」

「待ってください! 私がこの世界を好きなのであって、クレトは関係ありません」


 私はクレトと隊長の会話に口を挟んだ。


「光と闇の魔法遣いが必要なんだよ。それも、シャインならもしかすると他の人柱が必要ないかもしれない、と期待しているんだ。もしかするとラグナロクさえ超えれるかもしれないとね」


 隊長の私に対する期待が大きすぎる気がする。王族でも何でもないのに。

 否定しようとしたが、それよりもクレトの方が早かった。


「それならなぜ、殺そうとした!?」

「私ではないよ。突っ走る者はいつでもいる。シャインを殺そうとした者はすでに始末してある。それに、君たちが必要になったのは新しい預言が発表されたからであって、本来、後百年近くは次の人柱が必要なかったのだよ」


 隊長が私にも理解できるように説明してくれた。

 闇魔法遣いだけは預言により決定される。一緒に入る相手を決めるのはその選ばれた人物だという。

 入るというのは、不入とも不可侵の森とも言われている森の奥にある、大木へと繋がる道のこと。大木の中は、不眠不休不食に不排泄で過ごせるらしい。

 最初のころ、そこに入った二人は夫婦として過ごした。そして彼らの子供ができるとその子供たちもまた人柱として過ごさないといけないことを知った。


 一方、中に縦のひつぎのような木の洞がある。その中に入ると永遠の眠りにつくかのように植物人間となってしまうものの、長く三百年以上は次の人柱を必要としないことが段々と分かってきた。長い時には千年人柱が必要なかった。

 不眠不休で過ごせると言っても、感情も意思もある彼らは親として、自分の直系も人柱となることを望まなかったし、長いこと次の人柱が選ばれないのならと何の娯楽もない時間が過ぎるだけの生殺し状態よりは、自ら人柱となった者たちがいたという。

 だから、その後も人柱に選ばれた男女二人は自ら、完全な人柱と呼ばれる木の洞の棺へと入ることになった。

 ただ、資格あるものでないと、入ることはできないと言う。


「一人息子の代わりになりたくても、入ることすらできないのですよ」

「一人息子?……もしかして、次の候補者はフェルマー隊長の息子さんですか?」


 静かにほんの少し頷く隊長。

 去年結婚して、初孫も春に生まれたと幸せそうに語っていた。


「最低でもまだ百年以上は間が空くはずだった。それに――シャインが襲われて回避したことがラグナロクの到来を速めたように思えて仕方ないのだがね」

「そんなこと、分からない! それに、百年以上先だなんて誰も言っていないのに、勝手に思っていたのは隊長だ。息子が選ばれた当時の学生の時に人柱とならずに家を継げる子供を残せただけでも良かったとは思えないのか!?」


 私が回避したことが? と首を傾げる間もなくクレトが叫んでいた。

 クレトの言葉に一人息子が候補者になったのは、生まれてすぐではないことを知る。


「万が一があるとは思っても、こんなに早くその時が来るとは青天の霹靂でしかなかったよ。それにね、候補者は五十年近く選出されなかったから、選ばれる可能性のある息子を見ながらいつも怯えていたんだ。だが、九歳を超えて次の選ばれる可能性のある君たちが生まれてくれてほっとしていた矢先に、なぜか息子が選ばれた。今回のこともそうだ。人の心情を弄んでいるとしか思えない天の采配だとは思わないかね?」

「だからって、なぜシャインを巻き込んだ!? 隊長はシャインのことを可愛がっているように見えたのに!」

「そうだな。シャインは最初から家族のような気がしていた。だが、知れば知るほど裏切られたような感情を芽生えさせてくれる相手でもあった。あいつの娘だと知ったときは特にな。鑑定して分かったのだが、エプシロンポーションなどを作ったのはシャインだろう?」


 あいつの娘? あいつとは父のことだろうか。

 それに私の方に視線を移して尋ねる隊長に、自分が作ったと肯定すべきか迷う。

 鑑定したと言うことは、エプシロンポーションを作ったあの場で感じたのは、隊長が鑑定したからだったのだと気づきはしたけれど。


「隠さなくても、私の鑑定は【魔眼】という特別なものだからね。誰がいつ作ったのかまで分かるのだよ。さすがに成分までは一部しかわからないが。耳も良くてね、シャインがポーションを作る間耳を澄ませてはいたんだよ。ただ、声を掛けてくる隊員が多くて全ての音を感知できなかったが、シャインの呟きは聞えていた」


 私は神経毒のポーションを作るとき、「お願い! これでできて!」とか気づかないうちに声に出していたらしい。


「耳が良かったり、【魔眼】をお持ちだなんて、神話のヘイムダルのようですね」


 とりあえず、肯定はせずに話題を変えた。

 ヘイムダルが奴隷を作ったのだ。奴隷制度が当然必要だなんて、ヘイムダルのようでもあると揶揄を込めたが、光の神だからか、称賛として取られる。


「膝をやられるまではそう言われていたよ。光の戦士ヘイムダルの再来とね。膝を治したのがシャインだというのは奇妙な因縁を感じるが、膝を壊した原因はクレト君を火事から助けようとした折に負傷したものだったんだよ」

「俺を助けただと?」

「当時は組織の一員でしかなかったが、情報は入る立場ではあった。クレト君を助けたのは万が一の保険になってもらいたいという下心がなかったとは言わないが、あれも組織の一部が勝手な恨みを抱いて犯行に及んだ後事件でもあったのでね」

「近くにたまたまいた騎士団が駆けつけて来てくれたと聞いてはいたが、隊長だったのか……」


 クレトは衝撃を受けたようだった。

 よくは分からないが、隊長はクレトの命を救ったことがあるらしい。 

 私はその時の傷を治したが、どうやら隊長の嫌いな人の娘でもあるようだ。全くもって変な因果の巡り合いだなと二人と自分を他人事のように見ながら思っていた。


 だが、隊長がなぜ私がラグナロクを超えるかもしれないと言ったのか、彼なりのその理由を聞き、考え込んでしまうことになるのだった。

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